第三話:Re:幼馴染と入学式 前編

「おはよう、二乃」


 ──此花二乃このはなにの。扉が開く音と共に現れた、超絶美少女の名前だ。

 今日から通うことになる高校の制服に身を包み、ブロンズのように輝く亜麻あま色の髪を美しくなびかせている。


 珍しい髪色の持ち主だが、元々の体質上、彼女の様々な部位の色素が薄いのだ。

 俗に言うアルビノ、という病気ではなく、ただ単純に遺伝である。


 だがそのおかげで肌は雪のように白く、瞳は透き通るようなグレーと、まるで人形のような容貌ようぼうに彼女は生まれることが出来た。

 おまけに顔の配置も体格も絶妙なバランスで、中学の頃には【学校一の美少女】とうやまわれていたのも、仕方がないのかもしれない。


 そんな彼女に挨拶しているのは、俺、如月一樹きさらぎかずきだ。

 ゲームやラノベ好きの陰キャオタクだが、二乃とは隣人、生まれた頃からの幼馴染にあたる。


 これだけ聞くと不釣り合いなことこの上ないが、まあこれも神様のイタズラなのだろう。


「………」


 片手を挙げる俺を見るなり、二乃はニコッと微笑ほほえんでくれた。

 その眼差しは慈愛じあいに満ちており、見慣れた俺からしてもその表情はとても眩しく見える。


 ……しかし、肝心の挨拶は返してはくれない。

 いや……正しく言えば、返すことができない。


 ──此花二乃は、



 □



 原因は、小学二年生の頃にステージ3……つまり、かなり後期で見つかった喉頭こうとうがんだった。

 その頃まで彼女が持っていた声は、鈴のように聴き心地が良いもので、当時の俺は好きだったのを今でも覚えている。


 しかし癌を治療するに当たり、医者から声帯が切れるかもしれない、と伝えられた。

 逆に、声帯が切れることを抜きにすれば、僅かにも癌が治る可能性があるということだ。


 二乃の両親と……それ以上に、俺は叫んだ。


『二乃が死ぬのは嫌だ!』


 今と同じように、当時の俺と二乃はとても仲が良かった。

 そのため、声を聞けなくなることより二乃が居なくなる方が俺は嫌だった。


 結果、善処ぜんしょを尽くす方向で手術が失われることとなった。

 そして、奇跡的にも癌の手術は成功し、二乃は無事に目覚め──声を、失った。


 それでも俺は、二乃が無事目覚めたことに喜びと安心を感じていた。

 あの頃抱きしめた時の温もりも、鮮明に思い出すことができる。


 ──しかし、通常生活に戻っての二乃はとても大変であった。


 元々異質な見た目で孤立気味だった二乃は、声を失ったことで更に一人ぼっちになった。

 それどころか、複数人からのいじめにもあってしまっていた。


 そのせいで心を閉ざしてしまった二乃を、俺はただひたすらに元気づけた。

 見た目が普通じゃなくても、声が出なくても……二乃は、二乃だ。



 □



 今となってはその美貌びぼうに皆が気づき、前述の通り彼女は大の人気者となった。


 ラノベみたいな頻度では無いものの、様々な人から告白されたとは聞いている。

 ……まあ、全て断っているらしいが。


 そんな彼女だが、何故今でもこんな俺なんかと一緒に居るのかはなはだ疑問ではある。


 まあ、これから二乃も友達をいっぱい作って、立派な恋をしていくのだろう。

 だから俺は、今の境遇に甘えながら彼女を支えていくつもりだ。

 

「行こうぜ」


 今ではもう懐かしい8年前のことを思い出しつつ、俺は荷物を背負い直して促した。

 そんな俺の言葉に、二乃は健気に頷いて俺の隣に立った。柑橘類の匂いが鼻腔びくうくすぐる。


 俺たちの高校は、家から徒歩5分にある駅で準急に乗り、30分程先のところにある。

 特に何か特化している訳では無いが、設備が整っておりとても過ごしやすそうなのだ。


 早速歩き出そうと俺が一歩を踏み出すと、右手がひんやりとしたものに包まれた。

 振り返ると、二乃が俺の右手を彼女の左手でぎゅっ、と握っている。


「……二乃、どうしたんだ?」


 あまりしてこない行動だが、進行を止める合図だと認識した俺は、首を傾げて二乃の様子を伺う。

 二乃の手は小さくて、柔らかくて。手触りも良く、なんだか気持ちが良い。


 しかし二乃は、俺の質問に首を横に振る。

 そしてそのまま、彼女は俺の手を引いて駅までの道を歩き出してしまう。


「えちょ、二乃?」


 突然の行動に、俺は驚いて二乃を呼びかける。


「………」


 すると二乃は振り返るも、首を傾げながら上目遣いで俺を見返してくる。

 その瞳は心做しか潤んでおり、まるで……ダメ?とでも言いたそうな様子だった。


「……いいよ」


 あまりにも仕草が可愛いし、それに嫌でもないので、俺は頬を熱くしながら頷く。


 すると二乃はパアッ、と顔に美しい花を咲かせるかのように、満面の笑みを浮かべた。

 そして、るんるんと軽い足取りになりながら俺の手を引いていく。


 ……急に可愛すぎでは?俺の幼馴染。



 □ (此花二乃 視点)



 好きになるな、という方が無理な話です。


 あなただけなのです。こんな見た目の私が声を失ったにも関わらず、ずっと接してくれたのは。


 もうそろそろ、我慢がなりません。


 あのアドバイスを活かして、いずれ必ず、あなたを惚れさせてみせます。


 とりあえず私は、僅かに緊張する心にかつを入れて、彼の手を握りました。


 ……温かいです。まるで、あの時のように。


 ──抱きしめてくれた時の温もり、今でも感じていますよ……かずくん。

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