第十三話:Re:始まりの日 前編

 ──今日は遂に始業式だ。

 これから始まる三年間の高校生活、桜の舞うのどかな外景がいけいを前に、期待を膨らませる。


「いってきまーす」

「いってらっしゃ〜い」


 家の中に残る母へそう言い残し、俺は荷物を背負っていつもより軽い扉を開けた。

 その途端にまぶしい日差しが迎えてくれ、休まった眼の前でそれはおもむきがあると思える。


 徐々にはっきりしてくる視界に、続けて映ったのは亜麻色の髪をなびかせる幼馴染の姿。

 制服のブレザーとスカートに身を包み、俺を見るなり美しい微笑みを浮かべている。


「……えっ、二乃にの?」


 思わずそれに見入ってしまったが、すぐにその姿を前に俺は疑問符を浮かべた。

 いつもは支度準備の関係で、俺より家を出るのが遅いはずなのだが……


 そんな俺に気づいたのか、二乃は朝からジェスチャーで訳を表現してくれた。

 とは言っても理由は単純で、いつもより早起きしたかららしい。


「な、なるほど……とりあえず、おはよう」


 朝に弱い二乃が珍しい、と思いつつ、俺は先程二乃がしてきた挨拶を返す。

 会った時の微笑みは、声が出せない彼女なりの挨拶なのである。


 すると二乃は健気に頷き、未だ段差の上にいる俺の方に近づいてきた。


「っ!?」


 そして、早速とばかりに、三日前と同様俺の手をぎゅっ、と握ってくる。

 やっぱり小さくて、柔らかくて。手触りも良く、なんだか気持ち良い手だ。


 何をするよりも先にしてきたその不意打ちに、俺の心臓はドクンッ、と跳ねた。

 この短期間に結構手を握られたが、この感触は未だに慣れそうな様子はない。


「………」


 そんな俺の事など露知つゆしらず、二乃は握った俺の手をくいっくいっ、と引っ張ってくる。

 上目遣いであるその透けるような瞳を見る限りは、出発を促しているのだろうか。


「……そうだな、行こうか」


 その上目遣いを見て心臓が早鐘はやがねを打ち始めるも、俺はなんとかそう返して足を踏み出す。

 二乃は健気に頷いていた。



 □



 ──視線がすごい。


 電車に乗る時から抱いていた感情が、駅から出るとさらに膨れ上がる。

 年代やその容姿に限らず、数々の視線がそこら中からこちらに注がれているのだ。


 理由というのは……確実に三日前から近くなっている、二乃の距離感だろう。


 具体的にその塩梅を表すと、手を繋ないでる現状は腕を組んでいると言える程に近い。

 手以外の温もりも感じるし、柑橘類の匂いも鼻腔に隙間なく占めてくる。


 そんな日々感じることの無い様々な状況から、俺は居心地悪く感じていた。


「………♪」


 しかし、二乃はこの視線を気にした様子がないことは見て取れる。

 むしろ、そんな人々に見せつけるかのように、更に身体を寄せてきた。


 その表情は、心の底から今の状況に幸せを感じているかのようにふやけていて……

 今日も俺は、二乃からのスキンシップに黙って受け入れるのだった。



 □



一樹かずき氏一樹氏〜。この三日の間、二乃氏となにかあったでござるな?」

「なんでまたその口調?」


 ──あのまま教室に入ると、二乃と別れて席に座るなり三助さんすけが近づいてきた。


 口調は意味不明だが……入学式より明らかに近くなった距離を見ての質問だろう。

 入学式の日、三助は俺たちより早く来ていたのだ。


「……どうなんだろうな。正直、俺もよくわかっていない状態なんだよ」

「ふむふむ」


 二乃の方を横目に見て、少し首を傾げながら俺はそう返す。

 スキンシップが多くなったのは事実だが、そのきっかけがまだ分かっていないのだ。


 そんな俺の返答に、三助は顎に手を添えて二乃の方を眺めている。


 二乃の方には様々な人達が集まり、挨拶を交わしているようだ。

 その目立ちやすい美貌びぼうのおかげか、もうすっかり人気者になっているみたいである。


「もしかして……」


 やがて、三助がふと呟いた。

 どうしたのかと俺が尋ねようとすると、その前に三助が口を開く。


「変わった二乃ちゃんの対応、今のところどうしようか決めているの?」


 いつもの口調でそう尋ねてくる三助。

 よく分からない質問に疑問を浮かべるが、それについてはもう決まっている。


「黙って受け入れるつもりだよ。理由はわからないが、別に嫌なことではないからな」

「な〜るほどねえ〜?」


 迷わずにそう答えると、三助はニマニマとした表情になって何度も頷く。

 何故かは分からないが、それを見ると乃々華さんを思い出して背筋がこごえてくる。


「まあ、僕もそれでいいと思うよ〜。これから見守ってあげよう」


 三助はそれだけ聞きたかったのか、それだけ言い残すと、この場から離れた。

 ただ、『見守ってあげる』という言葉の意味がわからず、俺は首を傾げる。


「ちょつと早いけど、始業式が始まるからみんな廊下に並んで〜」


 しかし、教室の扉からそう指示を出す担任の言葉に寄って、答えを聞き出すことは叶わなかったのだった。



 □



 彼と同じクラスになれましたし、友達も早速作れましたし、今のところはいい感じです。


 彼も三助くんを含めた3人のクラスメイトと仲良くなったようで、少し安心しました。


 昔は私のせいで友達が少なかったので心配していましたが、杞憂きゆうだったようですね。


 本格的には明日からですが……今からでもかずくんとの高校生活に、胸が踊ります。

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