第十五話:Re:始まりの日 後編

「あれは……つい三日前のことだ」

「無駄に壮大に言うんだな……入学式か」


 周りにいたクラスメイトが驚いている中、それに構わず六太ろくたはそう切り出した。

 俺も思わずツッコんでしまったが、理解は全くできていなかったりする。


 そんな俺たちの事など気にもとめず、六太は続きを語り出す。

 その表情は、どこかうっとりとしていて更に困惑が脳内を押し寄せてくる。


「あの日、下校する時の人のなだれで俺は階段の上から落ちてしまったんだ」

「大丈夫だったのか……?」

「今のところはね。ありがとう」


 説明の間に、思わずツッコミやねぎらいの言葉を口にする俺にもちゃんと応対する六太。

 俺が言うのもなんだとは思うが、器がとても広いことで……


「今のところ、ってことは……怪我はしてしまったんだな」

「まあね。で、その怪我を手当してくれたのが保健医の先生ってことだよ」


 ……ふむ、なるほど。

 半分理解はできていないが、とりあえず助けてくれた保健医にれ込んだ、と。


「……えっと、まあ、応援してるよ」


 ……確かに、現在の保健医は新任の女性のため若く、かなりの美貌びぼうの持ち主だ。

 思春期真っ盛りな高校生の男としては、惚れ込んでしまうのはわからなくもない。


 ……どっちにしろ、今の時代誰もが分かるだろうがそれは夢物語ではあるが。

 そう思って少し視線を逸らすが、六太は気にした様子もなくと笑い返してきた。


「うん、ありがとう。というわけだから、ぜひ安心してくれよ」

「……え?なにがだ?」


 だが、お礼と共に付け加えられた言葉に、俺は理解出来ず首を傾げる。

 『勘違いされちゃ困る』とも言っていたと思うが、一体どういう意味だろうか……


「………!?」


 しかし、そんな六太の言葉に、二乃にのは大変驚いた様子であった。

 あわあわと両手を振って、見る限りだと六太にその口をふさがせたいらしい。


 そんな二乃と俺の反応に、六太はきょとんとした顔でぱちぱち、と瞬きをする。

 直に何かを理解したのか、口角を釣り上げて半目で見つめてきた。

 途端、背中にぞわりと悪寒を感じた。


「確かにこれは面白そうだ……改めて、三助さんすけくんと情報交換する必要があるね♪」

「本当になんの話なんだ……というか、三助がどうかしたのか?」

「いやいや、なんでもないさ。ちょっと新学期から最高なROM対象が……ね?」


 もはや話が噛み合っていないような気がして、俺は益々ますます疑問符を頭に浮かべる。

 二乃は先程よりも慌てた様子で、もう完全に俺は置いてけぼりであった。


「………!」

「ん?」


 混乱で頭がいっぱいになりそうになっていたその刹那せつな、突然二乃が手を握ってきた。

 先程まで筆談していた様子だったからか、その手はいつもと違って最初から温かい。


 突然のことに疑問符が浮かびながらも、二乃は立ち上がって荷物をまとめ始めている。

 片手だけなのに、なんとも器用なものだ、と呑気のんきに思ってしまった。


 その表情を見ると、口を一文字に引き結んでどうやら難しそうな顔をしている。

 くいくい、と荷物を持って手を引っ張ってくるあたり、帰宅したいのだろうか。


「もう帰るのか?」

「………」


 念の為に確認すると、二乃は結構な勢いでコクコクと頷いた。

 何か急ぎの用を思い出したのだろうか……まあ、そういうことならば仕方が無い。


「急に申し訳ないが、俺たちはそろそろ帰ることにするよ」

「別に大丈夫さ。お幸せにね〜」


 いや、見送りの言葉おかしくないか?

 一人心の中でツッコみつつ、俺は少しズレていた荷物を背負い直した。


「ばいば〜い」


 六太はとても人懐っこい笑顔で、小さく片手を振ってくれている。

 周りに集まった人達も同様であった。


 六太は癖が強すぎるやつだが……もう二乃の友がこんなにできて、俺は嬉しい限りだ。



 □



「──結構話し込んでいたからか、早い時間に終わったのにもう昼時だな」


 学校から最寄り駅までの帰り道。腕時計に示された時刻見て、俺はそう呟いた。


 帰りのHRが終えたのは10時半頃過ぎだったのだが、今は11時半前になっている。

 そして情けないことに、腹の虫は静かに鳴き始めてきていた。


「……せっかくだし二乃、帰る前にどこかで昼食にしないか?」


 『せっかく』というよりは我儘に近いが、俺は隣を歩く二乃にそう提案した。

 なおも手を固く繋いでおり、気にしないようにしているが周囲からの視線は多い。


 ちなみに、先程確認したところ特に急ぎの用事はないみたいだ。


 二乃はまだ難しい顔をしていたようだが、俺の提案にきょとんと首を傾げた。

 すると直に、その顔がみるみると輝いてきているではないか。


 やはり肯定的だったようで、二乃はそのままコクコクと頷いた。

 結構必死である。口には出さないが、二乃も俺と同様に空腹なのだろうか?


「じゃあ、どこで食べる?」


 次に肝心な場所を尋ねると、二乃は立ち止まってスマホを取り出した。

 やろうとしてることを察して、俺も二乃と同様に道中で立ち止まる。


 生まれた頃からの幼馴染といえど、俺たちもジェスチャーだけで会話は不可能だ。

 難しい説明、場所などの詳細しょうさいなことは、さすがに言葉にしないと分からない。


 だからこそ、六太たちと同様に俺たちもこうして筆談を活用する。

 もっとも、今は無駄に厳しい校則のせいで高校内の使用禁止だったスマホで、だ。


 かなりの素早さで二乃はスマホを操作すると、こちらにディスプレイを見せてきた。

 どうやら書き終えたらしく、スマホのメモ機能に記されていたのは──



 □



 学校帰りにすると、あの人と計画を練っていた彼とのデート……


 どう誘おうか悩んでいましたが、まさか彼からくるだなんて、これ以上ない僥倖ぎょうこうです!


 まあ、その理由は見る限りどうやら彼の空腹らしいのですが……


 でも、このまま昼食だけでは終わらせません!かずくん、いざデートです!

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