ネトゲ嫁から恋愛相談された翌日から、声が出せない幼馴染がやけに甘えてくる。

さーど

第一話:Ne:嫁からの恋愛相談 前編

【リアルと現実を、あなたはきちんと区別していますか?】


 ──爛々らんらんと月光を反射する一面の緑。それが天地を分かつ境界線にまで続く、美しい平原。

 ──み渡った深い濃紺のうこんのキャンパス。そこに色とりどりの光を灯らせる、神秘的な夜空。


 少し厨二病ちゅうにびょうチックな言い方だが、視界に映る景色にはこれが適しているだろう。

 緩やかな風の音、子守唄こもりうた彷彿ほうふつとさせるオルゴールの交じったBGMと共に、それを楽しんでいた時だった。


 隣で足を伸ばしているプリーストの青髪美少女が突然、そんな意味のわからない質問を投げてかけてきたのは──





 ──壮大な景色に、BGM。当然、これは現実の話ではない。


 三、四年程前にSNSでブームとなったMMORPG……俗に言う、ネトゲというゲームジャンル。

 それを俺は【セコン】というNAMEなまえでプレイしていた。


 そして、意味が不明瞭ふめいりょうな質問を投げかけてきたプレイヤー……彼女?のNAMEは【ファウ】。

 このネトゲの世界で、俺が初心者だった頃からのフレンド、兼、今ではゲーム上の“嫁”という存在である。


「リアルと現実を、区別……」


 ……うん。言葉を噛み締めても全く意味がわからないな。恐らく、言い間違えているのだろう。

 俺はキーボードに両手を乗せて、カタカタと音を立てながらメッセージを打ち込んでいく。


 すると、俺のユニットの頭上に「・・・」というふきだしが浮かんできた。

 メッセージを入力中、という印だ。戦闘中以外は表示される仕様になっている。


 メッセージを打ち込み終えたため、俺は右手の人差し指でエンターキーを叩いた。

 ピコンッ、とポップな音が鳴り、左下のログに打ち込んだメッセージが表示される。


【区別していると思う?】


【えっ・・・】


 いや返信早いな。返信まで数秒も無かった。いつもの事だが、ファウのタイピング速度に驚いてしまう。

 というか、少し意地悪いじわるながらも至極しごく真っ当な答えを返したはずなのに、何故俺はドン引きされているんだ?


【自身のあやまちに気がついて欲しい】


 かなり早急に返信のメッセージを打ち込んで、ファウに理解をうながす。

 すると、最初はフリーズしたかのように反応を示さないファウだったが、やがて。


【すみませんΣ(゚д゚;)】

【ネットと現実の話です!】


 ようやく理解したのか、まくし立てるかのような速度で返信してくるファウ。

 顔文字を混ぜ込んでのこの速さ。俺じゃなかったら、青髪美少女の頭上に浮かんだふきだしを見逃していたね。


「はは」


 そんなファウの反応に、俺は現実の世界で小さく笑った。

 ネトゲの世界とはいえ、仮にでも青髪美少女からそんなドジが出るのは、少しばかり可愛く感じる。


 もっとも、ファウの本当の性別を俺は知らないため、全く表向きの話なのだが。


【それならちゃんと区別しているよw】


 少し揶揄からかうようにメッセージを送信する。


 だが実際、俺はリアルとネットの区別はしっかりとしているタイプだ。

 つまり、ぼうアニメ化してるラノベのヒロインみたいな、ネトゲ上のパートナー……ファウを、現実でも嫁として見ているわけではない。

 というか前述も言った通り、ファウの性別を俺は知らないため、それ以前な問題の気がする。


 だけど、何の変哲へんてつも無いネットだけの関係、というのも、俺たちを表す言葉としてはいささか不適当だ。


【良かったです。もうセコンさんとは3年の付き合いなので、もしもの事があったら、と思っていましたが、杞憂きゆうみたいですね('ω')】


 そう。お互い丁寧な言葉づかいを心掛こころがけてはいるが、俺とファウは3年もの付き合いだ。

 ほぼ毎晩のように遊んでいるため、かなり打ち解けているし、ネトゲ上といえど伊達だてに結婚しているわけではない。


 まあ、結婚した一番の理由は、実を言うと特典の優遇さゆえだったりするのだが。

 とはいえ、相手がお互いにお互いしか思いいたらなかったのだから、どちらにしろ変わらない。

 別に、断じて俺たちのフレンドが少なかったからではない。いや、実際少ないけども。


 ……でもそれはそれとして、ファウは一体どうしたのだろうか。

 なにがって、彼女?はこれまで、どんな理由であれリアルの話をしたがらなかったのだ。


 例を言うとするなら、先程も述べた通り性別、大まかな世代という基本的な情報さえ、俺はファウの事を知らない。

 無論VCも未経験。そう思い返せば、俺は彼女のことを何一つとして知ってはいない。


 ネトゲ上とはいえ、少しだけ嫁という言葉に自信がなくなってきた。


 ……まあ、リアルとネットを無駄に干渉かんしょうさせて、関係を崩すのが怖いからって理由が大きいのだろう。恐らく、きっと、多分。めいびー。


【突然リアルの話なんて、どうしたの?】


 ──と、これまではそう納得していたが、今回はそんなファウからの話題。

 それに、『もしものこと』とは何のことかも、気になる。


 だから俺は、遠慮を見せずにたずねてみた。


【えっとですね】


 既に話す決心はついていたらしく、数秒もせずにログにはそんな前置きがされた。

 青髪美少女の頭上にも、まだふきだしが浮かんでいる。


【実は私、明日から高校生になるんです】


 ファウは以前のような隠す様子も見せず、正直に自分の身柄みがらを明かしてきた。


 明日から……ということは、同い歳か。

 どこかノリが合うな、と薄々感じていたのだが、同い歳ならば必然なのかもしれない。


 すぐにまた青髪美少女の頭上からふきだしが浮かび、ファウは続ける。


【それで、ですね。ずっと好きだった男の子と一緒の学校に通うことにもなったのです】


 ……ん?ちょっと待てくれ。

 ファウにとってはまだ前置きのつもりなのだろうが、もしかしてこれは……


 困惑し始める俺のことなど露知らず、ファウは更に続ける。


【だから、高校生になったのを機に、その好きな人と親密な関係になりたくてですね】


【要するに、恋愛相談かな?】


 どこかオブラートに包もうとしているようだが、俺は結論をドストレートに尋ねた。

 そのメッセージを打ち込んだ手には、だらだらと冷や汗がにじんできている。


【・・・そういうことです。なんだか、セコンさんにでも話すのは恥ずかしいですね・・・(〇・ω・〇)】


 肯定。その顔文字は、当然浮かぶであろう羞恥しゅうちを誤魔化す為なのだろうか。


「……まじか」


 推測すいそくが当たっていた俺は、現実の世界でそうつぶやいた。


 同い歳だけでなく、その言いぶりからして異性なのも驚きだが、それはまだ良い。

 むしろ、全て知らなかったファウのことが少しでも知れて、嬉しかったりはする。


 ただ……恋愛相談、か。と、俺は狼狽ろうばいする。


「──俺、恋愛経験なんて全くないぞ……」


 非常に苦しくなった事態に、俺は現実の世界でため息を吐いたのだった。 

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