第5話 クロスビー
「クロスビー」
二年前のことですが、妻のクルマを買い替えることになりました。
妻のクルマは、カワセミブルーの三菱のRVRでした。この3年間、津和野までの長い道のりを、雨の日も風の日も雪の日も、それから凍結した早朝の国道9号線を、それこそそんな悪天候をものともせずに安全に走ってくれました。三菱の誇る4WDシステムの性能はたいしたもので、ブリヂストンのブリザックとのコンビは最高でした。おかげで事故もなく毎日安全に妻を職場に送り届けてくれました。
そんな妻が、市内の勤務になってから、RVRの大きさを持て余すようになってきたと訴えるのです。確かに市内の道は狭くて駐車場もそれなりなので、その気持ちはよく分かったのですが、歳のせいじゃあないかと少し思ってしまいました。妻は若い頃は、S13のシルビアに乗っていて、あのごちゃごちゃした下関の街を平然と運転していたので、そんなに運転が苦手ではないはずです。
というわけで、妻のクルマを買い替えることになったのでした。どんなクルマがいいかと聞いたら、とにかく「小さいクルマ」がいいというので、さっそく動き始めることにしました。
ワシはクルマを買うのが三度のメシより大好きです。新車でも中古車でも、家族のでも友達のでも、なぜかワクワクして一緒にディーラー巡りをするのが大好きです。ワシはさっそく検討してみることにしました。
妻の希望は、車幅の小さくて、運転席からの見晴らしがよくて、バックモニターとシートヒーターとオートライトがついている普通車で、できれば青系の色のクルマというものでした。ワシは、安全面を考えると4WDで自動ブレーキと飛び出し抑制の機能が付いた安全支援システムがあった方がええなあと思っていました。それからパドルシフト、UVカットガラス等も必要じゃなあと考えました。
そうやって考えていくと、結構条件が多くて、おのずと車種がしぼられてきました。なしてかというと、最近は小型車でさえ、車幅が1700ミリを超えているものが多くて、実際に乗ってみるとやっぱり幅が気になって使い勝手がわるいなあと感じてしまうのです。そして最後に残ったのが、スズキの「クロスビー」でした。
ワシは、こちらに帰ってからは、スズキのクルマを新車で買ったことがなかったので、ディーラーを知りませんでした。それでも近所のディーラーを回ってみたのですが、人気車種で、発売されたばかりということで、下取りや納期を考えるとあきらめざるを得ない状況でした。そこで、以前「走行5000kmの3年落ちの5MTのアルト」を買ったときにお世話になった、隣の県のスズキのセールスさんに相談してみることにしました。
「お久しぶりです。」
「お久しぶりです。アルトの調子はいかがですか。」
「おかげさまで。気に入ってアルトばかりに乗っていますよ。」
「それは良かったですね。」
「ところで、出たばかりのクロスビーのことでご相談したいのですが、ちょっと伺っ
てもいいでしょうか。」
「もちろんいいですよ。お待ちしています。」
ワシは次の日曜日に妻を連れて、RVRでそのお店に向かいました。はるばる70Kmを走って、やっぱり遠いなと思いました。この時点で、スズキのクロスビーは候補から消えそうでした。
しかし、なぜかそこには出たばかりのクロスビーがあって、妻が運転してワシが助手席に乗って、試乗に出かけることになっていました。その時初めて実物を見たのですが、小さくて背が高くてかわいいクルマだと思いました。それから中が広くて運転席が高くて視界が良くて、運転しやすそうだなと思いました。驚いたのは走行性能で、ちょっとアクセルを踏んだだけで、見かけによらずビューっと加速して速い速い。無駄に太くないタイヤで乗り心地も良くて、妻はクロスビーがすっかり気に入ったようでした。ワシも価格がとても高いこと以外は、乗りやすくてええクルマじゃなあと思いました。それからこのクルマがあったら楽しいじゃろうなあと思いました。
試乗から戻ると、セールスさんがいきなり
「今なら純正のナビをサービスできます。」
とおっしゃったのでびっくりしました。それから、コーヒー出してもらって、カタログとオプションパーツカタログを見ながら、欲しいものを上げていきました。
結局、青黒ツートンのMZの4WDのいう一番高い方のグレードを選び、サイドバイザー、マッドガード、フロアマット等をつけて見積もりを出してくれました。RVRは、予想以上の値段で下取りしてくれたので、予想よりもはるかに安く買うことができそうでした。
妻は、すっかりクロスビーが気に入っていました。だからワシは、無理してでもクロスビーを買うことにしました。そしていつものように、「縁があったんだなあ。」と思いました。
ワシはクルマを買うときだけは運が良くて、いつも満足する条件で買わせていただいています。なぜかセールスさんががんばって、満足する条件を出してくれるからです。たまに満足できないこともあるのですが、そのときは「縁がなかったんだ。」と思ってあきらめることにしています。
ワシはセールスさんと話をするのが大好きです。ワシはセールスさんのことを尊敬しているので、とにかく相談するようにしています。「値引き」がいくらかとか聞いたことは、ほとんどありません。黙っていたら親切に値引きしてくれます。でも若い頃はそんなことはなくて、雑誌を読んで知った知識をひけらかしながら値引き交渉をするような軽薄で嫌なヤツでした。でもあることがきっかけで、セールスさんを尊敬するようになってから、セールスさんをプロだと認めるようになりました。そんなことは恥ずかしいと思うようになりました。ワシは謙虚になっりました。こんなワシのようなヤツにでも親切に丁寧に対応していただくことに感謝するようになりました。ワシはセールスさんを信頼して、細かいことは言わないようにしています。そうこうしているうちに、無事に契約も終わって、ワシと妻は、すぐに契約してしまったことに自分たちでも驚きながら家に帰りました。
クロスビーは思ったよりもずっと早くやってきました。2月の下旬のよう晴れた日に、ワシは妻を連れて、またはるばるクロスビーを取りにいきました。
あれから妻は、クロスビーをすっかり気に入ってしまい、毎日の通勤や買い物やたまの遠出に使っています。どちらかというと出かけることよりも家にいることが好きな妻でしたが、クロスビーに乗り始めてから、自分で運転して出かけることが増えたように思います。心配していた雪の日も、ブリヂストンのVRX2とクロスビーの4WDシステムは思ったより安心して走うことができました。あまり凝った4WDのシステムではないので気になってはいたのですが、車重が軽くて、制御が優れているせいか、RVR同様とまではいかないまでも、近い感覚で走らせることができると実感しました。
ワシも半年ごとの点検や給油の際に、クロスビーに乗る機会があるのですが、とても乗りやすくていいクルマだと満足しています。それでも不満があるにはあって、一つはガソリンタンクが30Lと少ないのので、頻繁に給油する必要があることです。もう一つは、ハンドル剛性が低いのか、低速でハンドル操作をしたときに、少しグニャグニャした感じがすることです。
先日、もう一つの候補に挙げていたダイハツの「ロッキー」を運転する機会があったのですが、そしてサイズは、ほぼ同じくらいのはずなのですが、ずいぶん大きくて立派に見えました。でも中身がスカスカな感じがして、やはりこれはトヨタの息がかかったクルマだなあと思いました。なぜかそのときに、はま寿司の100円マグロを想像しました。そしてクロスビーは、みっちり中身の詰まった手間暇かけた巻きずしのような存在だと思いました。また、使い勝手についても雲泥の差を感じました。やっぱりクロスビーにして良かったと改めて実感することができました。
それから、下取りに出したRVRですが、大きさ以外は本当に良いクルマだったと思います。どんな天候でもどんな道でも不安なく運転することができました。新しいオーナーの下で大切にされていればいいなと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます