第13話 オメガ・スピードマスター

「オメガ・スピードマスター」


 ワシは「オメガ・スピードマスター」という時計をもう30年以上も使っています。機械式の自動巻きで、使わないとゼンマイが切れて止まってしまうので、この期に及んで「ワインディングマシン」という機械に入れて回しています。時間はまあまあ正確です。でも一日に30秒ぐらい進むし、数年に一度はオーバーホールが必要で手間もお金もかかります。ワシはインスタントラーメンを食べながら、この時計とクルマたちを「しょうがないのう。」と言いながら身を削りながら維持しています。

 単純に時計としての機能なら、ワシの持っている「Gショック・ガルフマスター」の方がはるかに優れていると思います。電波ソーラーという機能で、光さえ適度に当てておけば1秒も狂わずに動き続けます。おまけにアラーム機能、防水機能、干潮、月齢、ストップウッチ機能、防水防汚機能、方位、気温、気圧に高度表示機能まで揃っていて、価格はオメガの1/4以下でした。だから旅に出るとき、特にJRなどの公共機関を利用するときはとても重宝しています。

 「オメガ・スピードマスター」を知ってしまったのは、20代の頃でした。こう見えても「走り屋(のつもり)」だったワシは、「カーボーイ」というクルマのプライベートチューナー達が楽しく集う雑誌を愛読していました。そこにこんな記事が載っていました。

「父親の形見のオメガスピードマスター。いつも走りに行くときは身につけていた。クロノグラフ機能で、タイムを計測していた。しかし、あるとき事故ってしまい、クルマは大破したが自分はかすり傷で済んだ。そしてオメガスピードマスターも動かなくなった。父親が自分を守ってくれたのだと確信した。」

 ワシは、なんてカッコええんじゃろうかと思いました。ワシは「オメガ・スピードマスター」を見たことがなかったので、早速本屋に行って立ち読み探しをしました。そしたら、ある雑誌に写真が載っているのを見つけました。今だったらネットで即座に見つけることができるのですが、昭和の当時は雑誌が唯一の情報源ですので、何かあったときは、すかさず本屋にダッシュしたものです。

 重厚そうな銀色のケースとベルト。それからリューズの上下に何かわからんけどボタンがついていました。黒い文字盤はとても小さな数字や目盛りやメーターのようなものが付いていました。真ン中に「Ω」のマークと「OMEGA」の文字、筆記体で「speed master」と書いてあるのが確認できました。要するにワシが今まで使っていたアルバの時計に比べて、ものすごく細かい作りで精密機械のようだと思いました。写真で見ただけでもものすごくカッコいいのです。ワシは本物が見たいのうと切望していました、

 思い込んだらすぐに行動するところがワシの良いところです。ワシはついに「井筒屋」という高級デパートの4階の時計売り場にそれがあるという情報を得ることができました。ワシは週末にさっそく見に行きました。見に行ったのです。あくまで見るだけ・・・のつもりでした。

 ワシは足を踏み入れたこともない井筒屋の高級時計店の前を行ったり来たりしながら、何度も店内をチラ見して「それ」を探しました。「それ」の映像は頭の中にバッチリ入っています。どうやら左側のショーケースの中にありそうです。ワシは意を決して店内に入りました。そしたらすぐに初老の物腰の柔らかそうで、しかも服装とかに高級感漂っている方が

「いらっしゃいませ。」

と丁寧に「お」言葉をかけてくれました。ワシは、場違い感が半端じゃあないのが自分でもわかったので、一瞬帰ろうかと思いましたが、勇気を出して、

「あの。あの、オメガスピードマスターを見せてください。」

と言ってしまいました。

「かしこまりました。どうぞこちらにおかけください。」

「すみません。」

ワシは思わず謝ってしまいました。

「今、現物があるのは、こちらのオートマチックモデルです。」

「オートマチックモデルですか?」

ワシは意味も分からず復唱しました。

「どうぞ、お手に取ってご覧ください。」

ワシの目の前に、雑誌の写真で見た「それ」がオーラを放っていました。ワシはズボンで手を拭いて、お言葉に甘えて「それ」を持ち上げてまじまじと観察しました。

 思ったよりも重くてごつい印象でした。でもすごい。ワシは「これ」が欲しくてたまらなくなりました。ワシはもうダメでした。18万円もしました。

 結局お金がなかったので、JCBカードの2回払いで買うことにしました。ベルトを調整してもらい、そのまま腕に着けて帰ることにしました。ものすごく高級そうな箱(ケース)や説明書や保証書がついていました。高級時計ってすごいもんじゃのうと、ワシは支払いのことなど完全に忘れて感心していました。

 その日から、ワシはオメガを使うようになりました。が、やっぱりというか違和感バリバリでした。慣れるまでひと月。まがりなりにも似合うようになるまでには一年ぐらいかかっと思います。それでも毎日意地になってつけていたおかげで、ワシはオメガをつけることでモチベーションが上がるのを感じるようになりました。

 オメガ以外にも少し浮気をしたこともありますが、やはりしっくりこない。ワシにとってはオメガが一番しっくりくるような感じがするのでずっと使うようになりました。ミネラルガラスは傷がつきやすいので、ものすごく丁寧に使っています。ときどきプラスチッククリーナーで傷消しをします。ベルトのピンが切れたり、リューズが落ちて這いつくばって探したり、動きが悪くなって大枚はたいてオーバーホールを余儀なくされたり、いろいろ手がかかるのですが、ワシにとってはなくてならない宝物です。


(完全なる蛇足)

 もう30年以上付きあっているオメガスピードマスターですが、国産の最新の時計に比べたらいろいろとやはり不便を感じることもあります。でも、Zをドライブするときは、必ず着用しています。自分に気合を入れて、間違っても事故などしなようにするためのジンクスでもあります。時間を合わせたり、ねじを巻いたりで、不便は多少感じますが、やはりこの時計でなければ得られない何かがあることは事実なのです。

 国産最新時計は、やはり優秀です。壊れない、狂わない、電池交換も不要で価格も手ごろでとても便利です。時計にこだわりがなければ、これで十分すぎるほどだと思います。

 はて?「こだわらなければ十分すぎる。」

ワシ、さっきハタと気づいてしまったのですが、まるでこれって、トヨタのクルマのようじゃなと。

 そうですね。こだわらなければ十分。だから売れているのだなあと。クルマにこだわる人って、あんまりおらんのじゃあないんかと。

 ハンドリングとか、味とか、操縦性とか、限界領域の動きとか、はたまた歴史とか伝説とか、そんなものは賢明な一般の方々にとってはどうでもいいことなのです。見かけの割にエンジンが小さくてガサガサいってフィーリングが悪くても、そんなことには誰も気づかない。ボディが大きく高級そうに見えてエアコンがよく効いて、いろいろついて高そうに見えて、壊れなくて安心感があって、しかもライバル車より少し安くてお買い得感満点の方がいいに決まっているんですよね。

 それはよくわかっています。Gショックで十分なのです。何の不便もない。それでもワシは、オメガにこだわりたいのです。理屈じゃあなくて、自分の気分の問題、つまりこだわりだと思います。しかし、こだわりを失くしたら、ワシがワシでなくなっていくような気がして、無理してやせ我慢して頑張っています。

「なんでがんばるのか?」

 それは結局自分のためだと思います。自分のためにこだわりにしがみついてやせ我慢しているのです。

 9万円ずつ2回払いは、ほんまにキツかったけれど、買って良かったと思っています。あの時、オメガに出会って良かったと思っています。ホントよ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る