第21話 アル〇ァード

「アル〇ァード」


「トヨタのクルマはなぜぶっちぎりで売れているのか」前回の宿題でした。

「安くていいクルマだから」というのが市場原理から考えられる理由だという結論に達したワシですが、どうしても「いいクルマ」ということが引っかかっています。「いいクルマ」とはなんぞや?ということが考えれば考えるほどわからなくなってきて、最近じゃあ滅多にものを考えなくなったワシの脳みそがオーバーヒートしそうです。

 そこでワシはあんまり乗ったことがないトヨタのクルマに乗ってみることにしました。どうせ乗ってみるなら、トヨタのフラッグシップのアルファードなんかいいと思いました。乗ってみたいのう。

 アル〇ァードねえ。確か平成15年の春に、発売されたばかりのアル〇ァードに、職場にいたカマノキリオさんが乗って来てみんなびっくりこいて乗せてもらったことがありました。もろに日産エルグランドのパクリで大きな図体で走りがふにゃふにゃで大したクルマではなかったという印象でしたが、その後改良に改良を重ねて独自の地位というか雰囲気を築き上げることに成功し、今では本家のエルグランドの市場をすっかり食ってしまった非常にトヨタらしいクルマです。今では存在感が半端ないほどのイケイケのミニバンに成長しました。

 ワシは他にあてがないので、退職金で真っ黒いアル〇ァードを買っていい歳こいてブーブー言わせているちょい悪親父である親友に電話をしました。ラインじゃあないんかって?。ラインじゃあありません。ワシたちの世代は常に電話で連絡するのです。

 ワシは電話で「お前のええアル〇ァードをちょっと運転させてくれんか。」と頼みました。返事は1秒で「ノー」でしたが、そのかわりといっちゃあなんですが、「一緒にドライブに連れて行ってやるからそん時に運転させてやるけえ。」というお返事でした。持つべきものは親友じゃのう。それから「今度若い娘とドライブに行くときに、お前のZを貸してくれえ。」というものでした。

 どうせあいつはマニュアルミッションのクルマなど近年運転したことないので、10分もせんうちにZの運転に根を上げて戻ってくると踏んだワシは快くOKしました。また「どうせこいつには若い娘とドライブに行くことなんて絶対にないじゃろう。」という確信もありました。さらにドライブ先で瓦そばをおごってくれるということで話がめでたくまとまりましたので、さっそくワシたちはおっさん二人で、自粛ムードが微塵も残っていない三連休に出かけることになりました。

 ところで「こいつらあは、出かけるっちゃあ瓦そばじゃなあ」と思った方はその通りです。ワシたちの住んでいる街から国道191号線を西に向かい、萩から美祢北JCTから高速に入り、小月インターで降りて山道を川棚温泉に向かいます。そこで瓦そばを食べて、今度は191号線を北上し、萩経由で帰って来るというコースがワシたちの定番だからです。高速ありワインディングあり、山道あり海岸通りありで、いろいろな走行パターンが試せます。それからお金もあんまりかからないし、瓦そばは美味しいし景色はいいしコロナは流行っていないしで、ワシたちおっさんにとっては定番のコースになっています。

 ワシたちは三連休の中日に、めいっぱい若作りの格好をして出張ってきた腹の肉をごまかし、二人そろってレイバンのサングラスをかけて、「さらば危ない刑事」のような格好で西に向かって出発しました。ちょっと楽しみでした。

 次の道の駅ですぐに運転を代わってくれたので、ワシはさっそくアルの運転席によっこらせと乗り込んで、シートを調整してシートベルトをかけました。ボタン押してエンジン始動してさあ出発です。いくつになっても楽しいのう。

 さて、初アルです。運転席はなんかゴージャスでスイッチがいっぱいついていて、運転席というよりもマジンガーZのコクピットのようじゃのうと思いました。アクセルをそっと踏み込むと、驚いたことにあの巨体がすうっと動きます。それからすぐに制限速度まですうっと何のストレスなく加速します。ええのう。こりゃあ思ったよりええクルマじゃのうというのがワシの感想です。静かだしエアコンはよく効くしナビも立派だし、とにかく隅々までゴージャス感にあふれていて、自分が無敵で偉くなったような気分になりました。一言でいうと運転している感覚が希薄で快適なのです。それから戦車にぶつかっても勝てそうな気分になりました。

 しばらく行くと前のクルマに追いついて、ワシはこんなことあまり思ったことがないのですが、前のクルマがジャマだと思ってしまいました。「いけん、いけん。」そんなこと思ったらいけんのんです。でも思ってしまう。なんか庶民を見下しているような気分になってきました。それからそんなつもりは全くなかったのですが、前のクルマが道を譲ってくれたときに「快感」をちょっと憶えてしまいました。ワシはどうかなってしまったようです。ワシはあおったつもりなんか毛頭なかったのですが、前のクルマは、この顔いかつい顔で黒くて大きなクルマが迫って来るように見えたのかもしれません。

 高速に入ったので、ちょっと飛ばしてみましょう。あれ?

「のうのう。なんか曲がらんような気がするんじゃけど。パワーもないのう。高速に入ったら急にパワー不足を感じるのう。」

 そこは高速道路にしては珍しく、けっこう楽しいアップダウンの激しいワインディング区間です。もちろん事故も多いところでもあります。

「お前もそう思うか。街乗りなんかのときは、素直に動くしけっこう力強く感じるけ 

 ど、速度を上げたらなんかガラッと腰砕けになるんよ。」

「確かに。というかブレーキングしても前にタイヤに荷重がかからんのう。」

「そうなんよ。荷重がかからんからすっと曲がらん。タイヤが無理しとる。」

「なんで?」

「たぶんサスペンションが素直に動かんような気がする。」

 ワシは、ちょっとスピードを上げて、いつものようにコーナーの手前でポンとブレーキを踏んでフロントタイヤに荷重をかけて、それからすっとハンドルを切ってみました。うーん。

「これは・・。たぶんサスペンションを含めてフロントタイヤがいっぱいいっぱい

 で、これ以上荷重が乗らんのんじゃあないかのう。」

「たしかにのう。じゃからついこじって曲げてしまうから気持ちよくないんじゃの

 う。タイヤもちびそうじゃし。」

「フロントタイヤに負担がかかりすぎとるんよ。じゃったら扁平タイヤなんかにせず

 に、もっと空気の多いタイヤをつけんといけんけどのう。銘柄は?」

「TOYOのトランパスじゃったと思う。」

「こんなに高級車なのにBS(ブリヂストン)じゃあないんか。」

そいでもって、おっさん二人であーじゃこうじゃと、まるで中谷明彦のように理論的な分析を試みました。無い知恵をしぼって。詳しいことはようわかりませんでしたが、

「トヨタらしいのう。」

という結論になりました。つまり一般の人にとっては銘柄よりも太い扁平タイヤ。カッコええしか意識しませんので、高価なBSなんて絶対に採用しない。そういうことかいな。

 確かに普通の人が普通に走るという状況では何の不満も出ないというか気づかないでしょう。でもワシたちはちょい悪親父は、チコちゃんよりも知っているのです。タイヤがどれだけ大切か。そして、こんな絶対空気量の少ない扁平タイヤなら、最低でも月イチの空気圧のチェックは不可欠なのだと。そういえばトヨタに乗ってる人って、そういうことに無頓着な傾向があるのだと。結論から言うと危ないです。

 また、ブレーキをぎゅっと掛けるとクルマが安定しない。重いからか。いいや違う。これはバランスが悪いからだ。ワシはスキーの滑降で、思ったよりも急斜面だったため、止まれるかどうかものすごく不安になって顔が引きつったことを思い出しました。これじゃあ安心して飛ばせんなあと確信しました。それでもこのクルマでかっ飛んでいる人は、絶対にそういうことに気づきもしないからだと確信しました。結局そういうことが分かるかどうか、事前に気づけるかどうかということが運転の上手い下手につながってくるのだと思っています。ワシたちおっさんは、昔からとんでもなく不安定なクルマに乗ってかっ飛んでいたので、またABSやトラクションコントロールなどこの世になかったので、すべて自分の感と技術で何とかするしかなかったので、自然にそういうことが身についているのだと思います。ただ口うるさいだけじゃあないんだぞ。だからこの前の寒波の冬に、パジェロミニを4駆に切り替えるのを忘れて(←ボケ)凍結した橋の右カーブに飛び込んでしまって、後ろがずるっときて焦ったときも、なぜか身体が覚えとって無意識に逆ハン切って何事もなかったように切り抜けることなんて朝飯前にできるんだぞ。昔取った杵柄じゃのう。(←自慢)

そいでもってアル〇ァード。申し訳ないんですけど、トヨタのクルマに違わず、ちょっと飛ばすとダメでした。飛ばせば飛ばすほど、ちょっと激しく攻めれば攻めるほど、なんかしっくりこないというか、不安というか、そういうトヨタの血筋をしっかり受け継いでいるのうと思いました。普通のときはすごくいいんですけどね。具体的にはクルマが重くてアンバランスでしたも重いなりにバランスというものが取れていればいいと思うのですが、なんかアンバランスというか思い通りに動かんというか、そういう視点では、エルグランドの方がずっと安心して飛ばせるのうというのがワシの正直な感想です。

 でもええんですよね。アルを買う人は、そんなことは微塵も求めていないのですから。ゴージャスで偉そうに見えて、自分を満足させてくれればええんですから。武器がついていなくても、ぱっと見モビルスーツっぽくあればいいのですから。戦わんし。戦うとぼろが出るとういうか、そこまで走りにこだわっても仕方ないし、誰もそんなことをこのクルマに求めていないのですから。


 それでは整理してみましょう。

 ワシはアル〇ァードを始めて運転して、さっき言ったことと矛盾しますけど、なしてこのクルマが売れているのか分かったような気がしました。それは自分が偉そうに見えるからです。無敵だ感じることがとできるからです。前のクルマが避けてくれるからです。ええのう。アル〇ァード。ワシもお金があったら欲しいのう・・・とは思いませんでしたが、なんかドライバーの心理を微妙に突いているというか庶民の憧れにドンピシャというか、そんなうまい作りのクルマでした。これに乗っていたらいけんことですけど「あおり運転」をしたくなるというか、しても罪悪感が希薄というか、そんな現代人の需要にピッタリドンピシャのクルマだからだと思います。しかしついでに言わせてもらうと、クルマを運転している感覚も希薄というか、無駄に太くて薄いタイヤが乗り心地やハンドリングを悪化させていても見た目の方が大切というか、出だしの勢いの割に速度が乗ると遅くて鈍重というか、ハイブリッドがうざいというか、見た目はゴージャスなシートなのに正しい運転姿勢が取りにくいというか、なんかワシたちちょい悪親父にとっては「見た目はええんじゃけどなんかのう。」というクルマでありました。ワシの悪友も「思ったより乗りにくい。」とか「疲れる。」とか自虐ネタでブーブー言っていたので、その気持ちがよくわかりました。

「トヨタのクルマはいいクルマ。」たしかにワシもそうだと思いますが、なんか的外れな部分が多いのうと思います。でもえかった。ワシたちはおっさん二人で高速降りて海沿いを走って、瓦そばを食べて帰ろうと思ったのですが、人が多くて多くて、予防接種二回目が終わっているとはいえ、感染したらシャレにならないので、コンビニで買ったハンバーガーとカステラを、アル〇ァードの豪勢な二列目のシートに並んで座って、粉をこぼさんように気を遣いながら仲良く食べました。

そんときに気づいたのですが、このクルマ、走っていなかったらものすごくいいと思いました。特に二列目のシート。広くてゴージャスでこのまま仕事部屋になりそうでした。すごいのうアル〇ァード。ワシのZじゃあ絶対こんなことはできませんからね。

 というわけで初アル〇ァードの試乗記を終わります。どう?そうですね。タダでやると言われたらありがたく頂戴するに決まっています。たぶん妻も喜ぶと思うし、家族や仲間でどっか行くならすごくいいです。運転者以外にとってはとてもええクルマなんだと思います。でもお金出して買うかと聞かれたら、うーん。そんなお金がないというのもありますが、なんかワシたち昔の走り屋が求めているクルマとは根本的に違うような気がしてなりません。でも売れている、人気もある。なしてか。それはきっとワシたち還暦元走り屋クルマ好き親父たちの感覚が古いに違いありません(泣)

まあええですよ。クルマなんて所詮自己主張ですから。自己主張するにはもってこいのクルマ、それがアルファードなんだと思います。しかも手頃だし、一番安いのを買ってもバレないし。

だから売れに売れている。トヨタって本当に消費者のツボをつくのが上手だと思いました。


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