第16話 臭かったNSX
「ホンダNSX(AT)」
1999年7の月じゃあなかった11月のことでした。あこがれのシルバーのNSX(AT)が夜遅く我が家にやってきたのは。
なしてこんなことになったのかというと、大阪のスポーツカー○西という業者から、よりにもよって現車を見もせずに、中古車雑誌で見つけて、購入したからであります。
納車は午後5時とくどいほど言っていたのにも係わらず21時過ぎにやってきました。朝大阪を出て、松江の陸自によって名義変更済ませてから、延々160Kmを自走してきて迷いに迷ってやっとたどり着いたようでした。
その兄ちゃんは、車から降りるなり、
「帰りの電車はありますか。」
とかしゃあしゃあと聞く始末で、車の中は兄ちゃんの私物や飲み物等が散乱しており、当然ガソリンなんか空っぽに近くて大阪から延々自走してきた痕跡がありありと残っておりました。
兄ちゃんは、頭金を受け取るととっとと最終の汽車に乗ってとっとと帰って行きましたので、車体の傷やら不具合やらを一緒に確認する暇なんぞ1秒もありませんでした。
それでも我が家の駐車場に収まった街灯に照らされたシルバーのNSXを見ると
「なんちゅうかっこええんじゃろう。」
と思わず見とれてしまうほど、低くて平べったくて精悍でそえはそれで嬉しかったのを記憶しています。よく考えたらNSXの現車を見るのはそれが初めてのことでしたので、他の車とは一線を画すスタイルの良さに思わず見とれていました。だからね。だからこそ大事なことに何一つ気づかんかったのです。もう一生の不覚もええところです。
次の日は日曜日で秋晴れのいい天気だったのでチェックを兼ねて早速試乗に出かけました。もうルンルン気分で嬉しくて、こんなに幸せでいいのかしらと、ドアを開けてよっこらしょと低いシートに乗り込んだ瞬間に、その喜びというか幸せ気分は一瞬で音を立てて崩れていきました。
まず室内が臭い。たばこ臭い。エアコンかえるともっもっとすごくて何か異臭が漂って気分が悪くなりそうでした。そいでもってよく見たら本革シートの数カ所にたばこの焦げあとがたくさんありました。ガーン。さらにラジオかけてみたら、左側のドアにビルトインされているメインスピーカーがまったく鳴らんのです。タイヤの山はあるけ、どがちがちに固くてはっきり言って程度最悪のような気がしてきました。
早速車買ったスポーツカー○西にクレームの電話をいれました。だってあの兄ちゃん、自分の納車計画のミスを棚に上げてとっとと帰ってしまうし、買う前に電話で確認したときは、たばこやシートの焦げやスピーカーのことなんか何にも教えてくれんかったぞ。
「もしもし、ワシはNSX買ったものですけど・・・。」
「はい何でしょう。(大阪弁)。」
ワシはは必死で、この大阪弁のヤツに詳しく詳しく不具合の内容を説明しました。疲れるほどに。そしたらその大阪弁のヤツは
「そりゃあどうもすみませんでしたね。」
とごくあっさりと謝ってきました。
「それで直してほしいんですが。」
「そりゃあ無理です。ノークレームですので。」
「はっ?」
「だからノークレームですから。」
「半年保証がついているでしょうが。」
「そこは保証の対象にはならへんのですよ。」
それから何やらかんやら無駄な論争があってそのあまりの不誠実な対応に頭に来て、というかかけなしのお金を集めてやっと買ったのにこんなボロをつかませやがってというか、いろいろなことがもうあきまへんでした。
それからファックスを送ったり手紙を出したりしてみたのですが、ケンもほろろに「ノークレーム」をインコのように繰り返すスポーツカー○西のおっちゃん。そういうやりとりが続いて、ついに疲れてあきらめてやめてしまいました。
恐るべしスポーツカー○西とそのおっちゃん。恐るべし大阪人。元をただせば、現車を見もしないで調子に乗って買ったワシが悪かったんだと、本当にそう思いました。そう思うしかありませんでした。高い高い授業料じゃったと思います。
ワシはもう、関西人とのそんなやりとりに疲れたので、「もうええわ。自分で何とかしよう。」と思いました。商売では関西人に絶対に勝てないと思いました。
さらにチェックしたところ、不幸中の幸いと申しますか、運が少しは良かったと申しますか、このNSX、エンジンやミッションや、それからボディなど重要な部分についてはまともなようでした。VTECもきちんと作動するみたいだし、錆もないし(アルミボディだからか)傾いてもいないし、大きな傷やへこみもないし、とりあえずオイルや水漏れもありませんでした。臭くて本革シートに焦げ跡があって、スピーカーが鳴らなくてタイヤがボロなこと以外はまあまあ大丈夫かなと思いました。
それからが大騒ぎでした。わが市には、ホンダベルノ店がなかったので、隣の市のベルの店に持ち込みました。その店も、NSXを持ち込まれたのも見たのも初めての様子でいろいろと大変な迷惑をおかけするようでしたが、それでも快く引き受けてくださり、一週間ぐらい預かって点検をしてくれることになりました。あずけてしばらくして、電話が入りました。
「まず右のスピーカーですが、NSXのは、アンプ内蔵ですのでユニット交換で8万円ぐらいかかります。 室内の臭いとたばこのヤニについては、一応ルームクリーニングをかけてみますが、完全には取れないと思います。それからエンジンオイル等すべてのオイルを交換して ブレーキパッドとタイヤも交換した方がいいですよ。もちろんバッテリーも。それから・・・。」
ガビーン。ワシは目の前が真っ暗になってきました。頭の中ではチーンチーンとレジスターが足し算をしています。
「しかしですね、ボディの状態も悪くないし、もちろん事故もやっていないようです。 エンジンやATミッションや足回りは特に異常はないようです。走行距離も4万ちょっとでメーターを巻いた形跡もないみたいですね。これで400万なら、状態的にはまあまあだと思いますよ。」
ワシは厚い雲の隙間から、一筋の光が差してきたように感じました。ワシはさっそく修理や整備をお願いしました。タイヤ、バッテリー、スピーカー等すべて交換て、40万円ぐらいかかったと記憶しています。お金はもちろんありませんでしたが、思ったよりも安かったことと、もうすぐもらえるボーナスをすべてあてがえば何とかなりそうだったので、それからもう乗りかかった船で、後戻りはできない状況だったので、お願いすることにしました。
それから2週間後の冬の良く晴れた日に、点検整備が終わったとの連絡が入ったので、汽車の乗ってNSXを取りに行きました。ベルノ店に駅から15分ぐらい歩いてやっと着いたら、ワシのNSXが丁寧に工場に置いてありました。タイヤも新しくなって、これがこの前のアレかいのうと思うくらいにシャキッとしたNSXに対面することができました。
それから2年間、NSXと過ごしました。もちろん日頃の足として使うことなんか、貧乏性のワシにはとてもできませんでしたので、日頃はガレージに入れて、休日を利用して少し遠出をしたり、自分であちこち手を入れたりしながらわりと楽しく過ごすことができました。
「匂い」じゃあなくて「臭い」ですが、エアコンを掃除したり、脱臭剤を使ったり、天井、ピラー、シートなど自分で薬剤使って徹底的に掃除をしたら、完全にではありませんが、まあ我慢できるくらいにはなりました。今だったらエアコンのフィルター変えてバッチリだと思いますが、当時のクルマのエアコンにはそんなものはついていなかったので、これが精いっぱいでした。
外装は微粒子のコンパウンドをタオルに着けて、少しずつ丁寧に磨いたら、見違えるくらいにきれいになりました。それから本革シートは、通販でみつけた「プロガード」という乳液みたいなケミカルがものすごく良かったのを憶えています。
それから、ちょうどよく出物があったので、タイヤ、ホイールをインチアップしてみたのですが、確かに見た目はかっこよくなったのですが、操縦性や乗り心地が最悪になってしまったので、すぐ元に戻しました。純正が一番バランスがいいと思いました。
あとは特に手を入れるわけでもなく、6か月ごとにベルノに持っていって、点検してもらって、純正のオイルや部品を使い続けました。暇さえあればコツコツ磨いて、少しでも新車の状態に近づけてやろうと、それだけを考えて接していました。
そいでもって「結局NSXはどうじゃったのか。」ということですが。
う~ん。なんちゅうかATだったこともあると思いますが、極端に背の低いことを除けば、ごく普通のホンダ車だったような気がしています。乗りやすい。楽で燃費がものすごく良い。しかも速い。でも速いのは速いのですが、GTRと違って、盛り上がりに欠けるというか、普通の乗用車っぽいというか、底力が無いというか軽いというか、いつの間にかスピードが出ているというか、ようするに感動するほどの要素があまりなくて、ふーんみたいな感じであったと記憶しています。
それから人生最初で最後のリトラクタブルライトですが、4灯式で高級感があって、ライトを上げた姿もそれなりに様になっていました。埋め込み式のフォグもカッコええし、エアコンもよく効きました。VTECは2速で固定して加速すると、そのすごさを体感することができました。ミッドシップはスピンしやすいと聞きましたが、そんなに飛ばす腕も根性もお金も?なかったので、体験できませんでした。ただ、上り坂の直線を全開加速中に、アクセルがマットに引っかかって戻らなくなるというアクシデントに遭遇したことがあります。びっくりしましたが、ギアを落としてオーバーレブさせるとエンジンが壊れて高くつくという貧乏性が功を奏したおかげで、ブレーキをメインに使って事なきを得ることができたのはとてもラッキーだったと自分でも思います。
NSX、確かにええクルマでした。特にクルマをあまり知らん人達にとっては本当にスーパーカーに見えるし、当時はどこにもなかったし、乗ってフラフラ走っているだけで注目の的でした。シルバーでキャノピーの部分だけが黒くて、その後ろをぱかっと開けて、さらにカバーを開ければ、3LV6のエンジンが横向きにチョコンと乗っているのが印象的でした。ものすごく低いフロントノーズ、その中に納まっているスペアタイヤ、長い後ろの部分には、ちゃんとトランクルームもあって、それから一体化したリアスポイラーが付いていて、何もかも斬新で、この辺を走っている自動車というものの常識を覆すのに十分な要素をたくさん持っていたと思います。
でもワシは、なぜか燃えなかったのです。なしてでしょうか。
ワシは、Zの方がはるかに燃えるのです。
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