宇奈月麗華の回想

 あれはまだ、わたくしが十一歳だった時のこと。

 生まれつき目が不自由だったわたくしは、年上の男子にいじめられていました。足を引っ掛けられたり、目の前で急に大声を出されたり。もっと悪質なものもありましたが、思い出したくないのでほとんど忘れてしまいました。

 でも、そんな苦痛の日々は、ある一人の少女によって終わりを迎えたのです。

「ちょっとあなた、弱いものイジメはやめなさい。Sランクだから許されると思ったら大間違いよ」

 その声を聞いた時、最初は年上、もしくはSランクの方だと思いました。

 しかし、年上男子の「お前誰だよ?」との問いかけに、彼女はこう答えたのです。

「私は五年二組の黒部くろべ飛鳥あすかよ。ちなみにAランクだけど、文句あるかしら?」

 わたくしは感動しました。年齢もランクも下なのに、臆せず立ち向かう彼女の姿勢に。

 その後、黒部飛鳥は年上男子を殴り飛ばしてわたくしを助けてくれました。

「ねえ、立てる?」

 彼女はわたくしの手を掴んで立ち上がらせると、感謝を伝える間もなく黙ってどこかへと行ってしまいました。

 彼女とは明日、改めてお話ししましょう。

 そう思ってわたくしは家に帰ったのですが、翌日になると彼女の人生は大きく狂ってしまっていたのでした。

 なんと、黒部飛鳥は一夜にしてCランクに降格していたのです。もちろんイジメ行為をしていた年上男子もSランクからBランクに降格していましたが、一度殴っただけの彼女がどうして降格処分を受けなければならなかったのか。わたくしには理解出来ませんでした。

 その後何度か話しかけてみたものの、彼女はすっかり落ちぶれてしまい全く口を聞いてくれませんでした。

 それから月日が経ち、進学した高校で、わたくしは再び黒部飛鳥と出会いました。これは運命だと直感しました。どのタイミングで声を掛けようかと迷っていると、彼女の方から話しかけてきてくれました。

宇奈月うなづきさん! 私、黒部飛鳥。覚えてない?」

 とても懐かしい声。わたくしは嬉しくて、急いでそちらへ振り向きました。

 そして、未だCランクのままだと言う彼女に、Sランクに上がっていたわたくしはある提案を持ちかけたのです。

「わたくしの指示通りにすれば、Sランクに上がらせてあげる」と。


 ここまでは全てシナリオ通り。今回の筋書きは完璧でした。

 このエピソードは、わたくしの目が不自由なこと以外は嘘。完全なるフィクションです。

 十一歳の時の出来事も、黒部飛鳥をCランクに落とす為の作戦。年上男子はずっとSランクのまま、今でものうのうと暮らしています。

 では、なぜわたくしがそんなことをしたのか。それは、わたくしがハンドラーだからです。

 ハンドラー。それは密かに国民をコントロールする政府の暗部組織。自らのランクを偽り、国民のランクを上下させる。それが主な任務です。

 国民のランクを決めるのは当然システムですが、それではBランクやAランクの人数が多くなりすぎてしまいます。上位の人間が増えるほどベーシックインカムの支給額が増加するので、財政健全化の為には意図的な国民のランク操作が必要なのです。

 そしてわたくしは、そのハンドラーに史上最年少の十歳で任命されました。小学生のランクを操作するには、従来は教師や保護者として接触するしかなかったので、わたくしは貴重な戦力として各地を飛び回りました。

 その任務の中で出会った一人が、黒部飛鳥だったのです。わたくしにとっては特に思い入れのない過去のターゲット。しかし、彼女は高校生になった今、再び上に上がろうとしています。二度も同じ人物を相手にするなんて前代未聞のこと。これもきっと、憎き宮ヶ瀬みやがせ優香ゆうかの存在が影響しているのでしょう。

 宮ヶ瀬優香はとても厄介な人間です。システムに最も近い敵。もしシステムを止める人間が現れたなら、それは彼女である可能性が高いでしょう。

 わたくしはとっくの昔にハンドラーであると見抜かれているので、宮ヶ瀬優香について今回は後継者である土師はじ八千代やちよに任せることにしました。ハンドラーとしての心得や知識、技術は惜しみなく教え込んだつもりなので、土師八千代は必ずや宮ヶ瀬優香の抹消をやり遂げてくれると信じています。

 黒部飛鳥、宮ヶ瀬優香。あなた達は、かつて天才ハンドラーと呼ばれたわたくしに勝てるでしょうか?

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