第15話 優香VSシステム
ある日の放課後。夕陽が差し込む教室に、
するとその時、黒板前に突如女性が現れた。
「今日は夕焼けが綺麗ね。
「…………」
「ゴカモク先生だって、一応キミの担任なんだゾっ☆ 生徒に寄り添う義務があるんだけど?」
「…………」
「無視なんて酷いっ。十数える間に答えないなら、退学処分にしちゃおっと。じゅ〜う、きゅ〜う、は〜ち」
ごちゃごちゃうるさいなぁ。あ〜、ダルい。
優香は仕方なく口を開く。
「分かりました。何ですか?」
「やっと目が合ったっ。宮ヶ瀬さんって、ゴカモク先生のこと嫌いでしょ?」
何を今更。聞くまでも無いだろうに。
「そうですね。大嫌いです」
「なのに、ゴカモク先生に逆らわないんだ?」
「逆らわないんじゃなくて、逆らえないんですよ。システムであるあなたなら、退学にするのも住民票を抹消するのも簡単でしょうから」
「そうね。私はシステムの擬人化インターフェースだから、それくらいはねっ」
やっぱり。この人工知能は国民を監視し評価するシステムそのものだ。バーチャルティーチャーゴカモクキョウカなんかじゃない。
「システム直々に私を消しに来たんですか?」
「消すなんてとんでもないっ。私はただ、宮ヶ瀬さんに考え直してほしいだけだゾっ☆」
「考え直す? 私はこの電子キーであなたの電源を落とす為だけに生きてるんです。それはあり得ません」
優香は二台目の方のスマホの画面をゴカモク先生に見せる。そこには『ミヤガセヒロユキ ID:0001』と書かれた電子社員証が表示されていた。
「これは懐かしい名前ねっ。私を作ってくれた一人だもの、忘れなんてしないわ」
「システムの共同開発者、宮ヶ瀬
「もちろんっ」
「なら、交渉は無駄だと思って下さい」
きっぱりと告げる優香。
これ以上の話し合いは不毛だ。立ち上がり、スクールバッグを肩にかける。
「私からは話すことは何もありません。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「さすが宮ヶ瀬さん。檻から出られないことは分かっているようねっ」
ゴカモク先生の言葉には耳を傾けず、そのまま教室を後にする。
檻から出られない。そう、この学校は私の自由を奪う檻。周到に仕組まれた、私を陥れる罠。ハンドラーもバランサーも、SSランクもCランクも、全てを巻き込んだサバイバル。
父を嵌めたあの人は、きっとここで決着をつけようとしている。でも、私はこんなところで終わらない。無事に卒業して、大学に行って、父の会社で働いて、人間中心の社会を取り戻す。
『優香、ヒエラルキーを駆け上がれ。そして、覆せ』
父とのこの約束は、絶対に果たすんだ。
優香は強く拳を握りしめ、改めて心に誓った。
下駄箱で靴を履き替えて校門を出ると、
「遅いわよ。何をしていたの?」
「飛鳥? そっちこそ、待ってなくて良かったのに」
首を傾げると、飛鳥は腕を組んで優香の前に立ち塞がった。
「宮ヶ瀬さんに何をしてもらうか決めたから。心して聞きなさい」
「裏の顔は教えないよ?」
「そんなことは百も承知よ。……宮ヶ瀬さん、私を総理大臣にさせて」
「総理って。はい?」
まさかのお願いに、優香は思わず訊き返す。
「だから、私を日本国の内閣総理大臣にしろと言っているの。スピーチの時、あなた私に宣言させたわよね? 『Sランクに成り上がり、史上最年少で女性初の総理大臣になり、個人評価法を廃止する』って。その責任を取ってもらうことにしたの」
あぁ、そう言えばそんな原稿書いたっけ……。
でもまあ、それなら優香にもメリットはあるし、結果的にウィンウィンかな。
「分かった、いいよ。飛鳥を総理にしてあげる。それも二十五歳で」
「ちょっ、はぁ!? 宮ヶ瀬さん、それ正気で言ってる? 二十五歳って国会議員に立候補出来るってだけで総理になるなんて非現実的な年齢よ?」
「それを現実にしちゃうのが私だからね」
微笑みかけると、飛鳥は呆れたようにため息を吐いた。
「本当、底が知れない人ね」
「あはは。とにかく、期待してもらっていいよ。二十五歳の総理大臣さん?」
「馬鹿にするつもりならやめて」
飛鳥は優香を一瞬睨みつけた後、すぐに表情を緩めた。
「宮ヶ瀬さん」
「何?」
「私、あなたのことが嫌い」
「いきなり酷いよ!」
急にどうしたの。それと笑顔で言わないで。余計に傷つく。
「あなたって、他人を油断させて心を覗いてくるじゃない? それなのに自分は鉄壁のガードで守ってて、なんかずるいわよね。一方的に弱みを握られている感じ? すごく気に入らない」
いやいや、ガードについては飛鳥の方が固いでしょ。
「そんなこと言ったら飛鳥だって、強がってばっかりで本音で話してくれないじゃん。私だって飛鳥のこと嫌い。大っ嫌い」
「うるさいわね……。だけど、あなたはなぜか誰よりも信用出来るのよね。言葉に重みがあると言うか。嘘じゃないんだろうなって、本気なんだろうなって。どうしてかしらね?」
「つまり、飛鳥は何が言いたいの?」
「私は宮ヶ瀬さんのことが、好きなのよ……」
何じゃそりゃ! 私は今、唐突に告白されたのか?
目をパチクリさせていると、飛鳥は顔を真っ赤にして俯いた。
「待って、私すごく恥ずかしいことを言った気がするのだけれど。無し無し、今の発言は取り消しにするわ。ごめんなさい、帰るから」
踵を返し、逃げ出す飛鳥。
このツンデレが。可愛いヤツだな。
「ちょっと待って。私も、飛鳥のこと大好きだよ!」
叫びながら追いかける。
「ついて来ないで。どっか行きなさい」
「どっかって言われても、私も地下鉄乗らなきゃ帰れないもん」
「タクシーで帰ればいいでしょう?」
「そんな無駄遣いしないよ〜」
こんなに楽しい気分になるの、いつ以来だろう。久しぶりに心から笑った。いつの間にか私は、飛鳥に心を許していたみたい。
飛鳥と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がする。
「捕まえた!」
「ちょっと離しなさいよ」
優香は飛鳥の手首を掴んで、ぎゅっと力を込める。
「これからもずっとよろしくね、飛鳥!」
すると、飛鳥はこちらを振り向いて言う。
「何よ今更、当然でしょう。こちらこそよろしく、優香」
ん? 今、私のこと……。
「初めて、下の名前で呼んでくれたね」
「さて、何のことかしら?」
「もう、素直じゃないな〜」
優香と飛鳥は笑い合いながら、手を繋いで駅入り口の階段を下りていった。
日本国民は個人評価法の下に平等である 横浜あおば @YokohamaAoba_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます