第14話 日常と争いの狭間で
二〇二二年四月二十九日、金曜日。
「おはよう」
「おはよ、ってユウカじゃん! マジ心配したんだかんね?」
「優香さん、もう身体は大丈夫なんですか?」
「道路で倒れたって聞いたっすよ?」
暗殺未遂なんて言えるはずもないので体調不良的な説明をしたのだが、思ったよりも心配させてしまったようだ。
「本当にごめんね、もう大丈夫だから」
すると、席に座っていた
「
恩着せがましい人だな。言われなくても分かってるよ。
「うん。ありがとね」
「それだけ?」
他に何が必要だと言うのか。
「それだけ」
優香が席に腰掛けながら答えると、飛鳥は大きなため息を吐いた。
「私があなたの命を救ったのよ? 返しても返しきれない借りがあると思わない?」
ああ、もう面倒だな。
「飛鳥は命の恩人。だから何でもするよ」
「今、何でもするって言ったわね? 何をしてもらうか考えておくから、覚悟しておきなさい」
こんなの完全な誘導尋問じゃないか。ずるいよ飛鳥。
チャイムが鳴り、ゴカモク先生が黒板前に現れる。
「みんな着席っ。朝のホームルームを始めるゾっ☆」
「うわっ! だからいきなり出てきたら怖いですって」
ビクッと身体を震わせる日奈子。もう二週間経っているのに、まだ慣れていないのか。
日奈子ってギャルにしては意外とビビり?
全員が席に着くのを待つと、ゴカモク先生は続けて言う。
「それと、宮ヶ瀬さんおかえりっ。元気になったみたいでゴカモク先生ホッとしたよ」
「はい、ご心配おかけしました」
優香は立ち上がり、軽く頭を下げる。
ゴカモク先生、本当は全部知っている癖に。
「いくら若くて元気な人でも急に倒れることもある。だから油断せず、みんなも健康には注意するんだゾっ☆」
人差し指を立てて忠告するゴカモク先生。
「ゴカモク先生は病気とか関係無さそうっすけどね」
美里がツッコミを入れると、ゴカモク先生は立てていた人差し指を顎に当て、考える仕草をする。
「ゴカモク先生だって、無理したら病気になるよ?」
「えっ、なるの?」
「それは病気と呼べるものですか?」
首を傾げる日奈子と
「熱暴走はゴカモク先生にとっては重病だゾっ。あとは、コンピューターウイルスも怖いわね」
ゴカモク先生がそう答えると、教室はどこか納得したような空気に包まれた。
確かに、熱暴走やウイルスは人工知能にとっての熱中症や風邪のようなものかもしれない。
「さてと、朝のホームルームはお終いっ。今日も一日ガンバろうっ!」
少し目を離した隙にゴカモク先生が姿を消す。
私がいない間に、随分と生徒との距離を縮めたな。
優香はそんなことを考えながら、一時限目の授業の準備を始めた。
お昼休み。黙って教室を出ていく飛鳥の背中を追う。
「飛鳥、一緒にお昼食べよ?」
「好きにすれば」
またまた〜、照れちゃって〜。
「素直にいいよって言えばいいのに」
「誰がいいなんて言ったのよ。勝手にすればって言ってるだけよ」
「はいはい。そうですか」
睨む飛鳥を横目に廊下を歩く。
すると、三組の教室から
「ほっ? 優香ちゃん、ついに退院出来たのかにゃ?」
優香を見つけるなり、澪奈が駆け寄ってくる。
「はい、おかげさまで。というか、澪奈と八千代ってまだ仲良くしてるの?」
バランサーとハンドラーなんて水と油、それどころか塩素系漂白剤と酸性タイプ洗剤のような関係なのに。私の取説には混ぜるな危険と赤い字ではっきり書いてある。
質問に対し、八千代は不機嫌そうに口を開く。
「ボクは距離を取ろうとしました。ですが、澪奈さんがしつこくて……」
「だってさ、そう言うの抜きにすれば普通にクラスメイトで友達にゃんだし。これで関係を断っちゃうのは寂しいにゃって」
澪奈は八千代の肩に手を乗せ、ニコッと微笑みかける。
彼女らしい考え方ではあるが、八千代は相当やりにくいだろうなぁ。
「何? この二人は喧嘩でもしたの?」
隣にいた飛鳥が囁きかけてきた。
そういえば、飛鳥は何も知らないんだったっけ。
「喧嘩じゃないけど、澪奈と八千代の間には絶対に埋まらない溝があるんだよ」
「ふーん、そう」
自分から聞いておいて興味無しか。
だが一応、澪奈の貢献については知っておいてもらおう。
「ねえ飛鳥。澪奈には感謝しておいた方がいいよ。私ほどじゃないけど裏がある人だから」
「感謝って?」
「飛鳥のランク、Bのままでしょ?」
優香の言葉に、飛鳥は一瞬目を見開いた。
こちらのやり取りを聞いていたのか、澪奈は笑いながら言う。
「あはは、気にしにゃいでいいよ。好きでやってるだけだから」
「でも、あなたはBランク。そんな力がある訳……」
理解しきれていない様子の飛鳥。
まあ無理もないだろう。普通に生きていたらバランサーの存在を知る機会なんて無いからね。
その時、廊下の向こうから二人の生徒がやって来た。一人は白杖を持っていて、もう一人は金髪碧眼のハーフ美少女。またややこしいのが増えたよ。
「何やら楽しそうな声が聞こえたので来てみれば、宮ヶ瀬優香に
「そうかにゃぁ? 同級生が仲良しにゃのは変じゃないと思うけど?」
「ちょっとMiss Miina、Sランクの私たちに対してその態度は無礼なんじゃない? apologyを要求するわ」
「どうして私が謝るのかにゃ? 友達同士仲良くしようよ」
澪奈は本当に恐れ知らずな人だ。
「コイツ、全然思い通りにならないわね……」
苛だたしそうに髪を掻きむしるエレナに、麗華は頬を緩める。
「エレナさんが音を上げるなんて、これもまた珍しいですね」
そして、麗華は澪奈の方に向き直ってゆっくりと手を差し出した。
「日吉澪奈。湾岸フロンティア女子高校の同級生として、是非良好な関係を築きましょう」
「こちらこそよろしくにゃ、麗華ちゃん!」
満面の笑みで握手を交わす澪奈。
その光景を眺めていた飛鳥は、優香に顔を近づけて囁く。
「この子、本当に何者なの?」
Sランクに対して一切臆することなく接しているBランクに、かなり動揺している様子だ。
しかし、動揺しているのは優香も同じだった。
「私もちょっとびっくりしちゃった……」
いくら彼女がフレンドリーな性格だと言えど、さすがにこれは人との距離感を分かっていなさすぎる。もしくは、バランサーとして何らかの意図があるのだろうか?
「Miss Reikaに、なんて態度を……!」
まさかのちゃん付けにショックを受けたのか、しばらくの間エレナはあんぐりと口を開けていた。
「では、わたくし達はこれで失礼します。ごきげんよう。行きますよ、エレナさん」
「Oh OK…….」
麗華とエレナが去っていくと、緊張から解放された安心感から全員同時にホッと息を吐いた。
「この学校はまるで地獄ですね」
呟く八千代に、飛鳥が首肯する。
「全くだわ。どうしてこんな新興校で争いが起きているのかしら……」
それについては優香も同じことを思っていた。この湾岸フロンティア女子高校はまだ実績の少ない新興の高校だ。厄介な敵勢力の多くは有名進学校を選ぶので、まさかここまで混沌を極めているとは予想もしなかった。
「きっと台風の目は優香ちゃんだにゃ。関わりのある人は警戒しておくべきだよ。特に君とかにゃ。それじゃ、私たちはもう行くね」
飛鳥の肩をぽんと叩いた澪奈は、八千代を連れて四組の教室に向かって行く。三組に戻らない理由は恐らくゴカモク先生に会う目的か。
「他のクラスの人って、まだゴカモク先生に会えてないの?」
気になって問いかけてみると、飛鳥は肩を竦めた。
「さあ。昼休みは教室にいないから知らないわ」
優香が休んでいる間も、ずっとあの場所でお昼を過ごしていたのか。
「早くクラスに馴染まないと本当に居辛くなっちゃうよ? 飛鳥はそれでもいいの?」
「ええ。私に友達は必要無いもの」
「嘘は良くないなぁ。あの日以来、ずっと友達が欲しかったんでしょ?」
ジト目で飛鳥を見つめる。
直後、飛鳥は鋭い視線をこちらに向けて脇腹を小突いてきた。
「痛いっ!」
「宮ヶ瀬さん、調子に乗りすぎじゃないかしら? もう一度入院させてあげてもいいのよ?」
「それは結構です……」
絶対にこの地雷を踏んではいけない。優香は改めてそう痛感させられた。
屋上に繋がる階段で、優香は飛鳥と共に昼食を食べ始める。
「ねえ?」
飛鳥の声に、優香は首を傾ける。
「うん?」
「さっき、どうして避けなかったの? 脇腹への攻撃くらいあなたなら余裕で回避可能よね?」
ここに来た時から何か考えているとは思ったが、何だそんなことか。
「だってあれはじゃれ合いでしょ? 本気のなら避けるけど、あれくらいなら受けるよ」
友達同士、軽く小突いたりつねったりするのはよくあることだろう。怪我しない程度の力なら避けようとはしない。
「なるほど、良いことを聞いたわ。今後の参考にするわね」
「飛鳥は一体何を企んでおられるのでしょうか……?」
「私が宮ヶ瀬さんに近づく理由なんて一つしか無いわ。あなたの裏の顔を暴いて、私の奴隷にさせることよ」
さらっと怖いことを言う。
誰が飛鳥に隷属なんてするんだ。逆に私が飛鳥を奴隷にしてやるんだから。
「やれるものならやってみれば?」
「また少し、本性を現したわね」
「別に隠してもないけどね」
裏を暴かれるのは困るが、性格悪いところを見られるのは構わない。
「そう言えば。何でもするって約束、忘れてないから。宮ヶ瀬さんはせいぜい楽しみに待っていることね」
朝に交わした約束、悪魔が忘れる訳もなかった。
「裏の顔を教える以外なら何でもいいよ。楽しみにしてる」
「それは契約内容と違うわ。ここぞのタイミングで裏の顔を教えてもらうから」
「私から聞き出せるとでも?」
「その自信、打ち砕いてやるわ」
優香と飛鳥の間にバチバチと火花が散る。しかしそれは、敵対ではなくライバル、仲間という友好的な関係に近いような感じがした。
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