第13話 楽しい休日
「八千代ちゃんはゲーセン初めてにゃんだよね?」
「はい。ボクとしては怖いイメージがありまして……」
「へーきへーき。ちひろちゃんみたいな癒し系女子も遊ぶような安心安全の空間だから〜」
「癒し系って自分で言っちゃうんだ……」
三人の独特な雰囲気の掛け合いを一歩後ろから眺めつつ、ゲームを物色する。
湾岸エリア最大規模のゲームセンターとだけあって、クレーンゲームからアーケードゲームまで多種多様なゲームが揃っている。どれも楽しそうで、つい散財してしまいそうだ。
一通り店舗内を見て回った後、クレーンゲームコーナーでちひろが立ち止まった。
「ちひろちゃんプレゼンツ、クレーンゲーム虎の巻〜。パチパチパチ〜」
なんか急に謎企画が始まったんですけど。
「八千代ちゃん、欲しい景品はあるかにゃ?」
首を傾げる澪奈に、八千代は少し考えてから一つの台を指差す。
「あれがいいです」
「ほうほう、ぐでっとしたカピバラですな?」
ちひろは『ぐでカピ』と言うらしいキャラクターのぬいぐるみの台に百円を投入し、レバーを動かし始める。
「ぬいぐるみを狙う時は、横向きのがオススメだよ〜。アームの肘が頭とお尻のちょうど真上に来るように調整して、これでどうだ〜!」
すると、ぐでカピはアームにガシッと挟まれて、そのまま獲得口に落っこちた。
「やった〜! これぞちひろちゃんの秘技、横四方取りだよ〜。ほい」
ぐでカピを八千代に手渡すちひろ。
「すごい、ボクでは絶対に取れませんでした」
「私もクレーンゲームはたまにやるけど、百円でゲットするのはさすがに無理だにゃ〜」
確かにこの技術はすごい。テレビで見る達人レベルだ。
「ちひろって、手先が器用なんだね?」
「いやいや、それほど器用って訳でもないけどね〜。ちなみに優香っちの腕前は?」
優香も八千代と同じくほぼ初心者だ。小さい頃に一度だけお父さんとやったことはあるけど。
「うーん、人並みくらいだと思うよ」
「優香ちゃんも好きにゃやつ挑戦したら?」
澪奈にそう促されたので、とりあえず『ほわほわクラゲ』なるキャラクターぬいぐるみに挑んでみる。百円を投入し、レバーを動かす。
「えーと、これをこうして、この辺かなぁ……?」
狙いを定め、ボタンを押す。しかし、アームはクラゲの頭に突き刺さっただけで掴める気配は全く無かった。
「ありゃりゃ、残念だったにゃ」
「優香っちならきっとすぐに上達すると思うよ〜」
励ましてくれる澪奈とちひろに、優香は「ありがとう」と頷いた。
「ボクも試しにやってみていいですか?」
「もちろん! どれをやるのかにゃ?」
「優香さんが今挑戦したのを」
続いては初心者の八千代がクラゲに挑むようだ。
「これで少し動かして、ここでいいですかね?」
アームがゆっくりとぬいぐるみへと降下していく。
「おおっ、これは行けるかもですぞ!」
ちひろの興奮気味の声に、優香も台を覗き込む。
すると、ほわほわクラゲがアームに持ち上げられ、獲得口へと運ばれていた。
「行ける行ける。さあ穴に落ちるにゃ!」
ガタン。クラゲは見事に獲得口に落ち、八千代の手元にやって来た。
「すごい、すごいよ八千代! 一発だよ!」
優香も思わずテンションが上がり、飛び跳ねて喜ぶ。
「すみません、初めてのボクが取れてしまって……」
「ううん、気にしないで。ビギナーズラックみたいなものだと思うし」
「そうですかね……。でも、ボクはいらないので、これは優香さんにあげます」
微笑みながらクラゲを差し出す八千代。
「いいよ、そんなに気を遣わないで。それは八千代のだよ」
手を水平に動かして断るが、八千代はクラゲを押し付けてきた。
「いえ、本当にボクには必要ないので。それに、こういうのは優香さんの方が似合います」
このクラゲが私とお似合い? それはどういう意味だろう。
「じゃあ、私が貰ってもいいかな?」
「はい。優香さんにも今日は楽しんでほしいので」
八千代には楽しんでないように見えてたのか。一歩引いてはいるけどちゃんと楽しんでるよ。
ゲームセンターで遊び尽くした後は洋服やアクセサリーのショッピングをした。
澪奈にコーデしてもらったり、ちひろの帽子をイジったり。幸せな時間はあっという間に過ぎていった。
お昼過ぎ。優香たちは食事のためにフードコートに向かった。
テーブルにつき、何を食べようか店を眺める。
「私はラーメンにしよっかにゃ」
「ちひろちゃんはとんかつで〜」
澪奈とちひろ、決めるの早いな。
優香が何にしようか迷っていると、隣の八千代が囁きかけてきた。
「焦らなくていいですよ。ボクもまだ決まってないので」
「ありがとう。八千代は優しいね」
八千代はマイペースな二人のブレーキのような役割なのだろうか。常識人がいてくれて助かる。
「私はうどんにしようかな」
「では、ボクもうどんにします」
全員決まったので、それぞれ注文しに行こうと立ち上がる。
その時、八千代が肩をトントンと叩いてきた。
「優香さんとは同じ店なので、ボクが代表して行ってきます。優香さんはテーブルを取られないように、ここで待っていてください」
テーブルの見張りを理由にされてはこちらも言葉を返せない。
「じゃあ、お願いするね」
「了解です」
一人残された優香は椅子に座り、何となしにスマホを取り出す。
すると、LINEに一件のメッセージが届いていた。
「あっ、
未読スルーも悪いのでチャットルームを開くと、今夜優香の家に泊まってもいいかという質問だった。
別に予定は無いけど、また寝かせてくれないんだろうなぁ。
面倒だし断ってしまおうかとも考えたが、断ってしまったら
それから数秒、既読が付くと同時にメッセージが届いた。
【優香大好き愛してる】
私は好きでもないし愛してもない。菜月に愛されてもただ困るだけだ。
優香はため息を吐いて適当な無料スタンプを送った。
待つことおよそ三分。戻ってきた八千代が優香の前にうどんを置く。
「優香さん、お待たせしました」
「ありがとう」
優香はスマホをしまい、おしぼりで手を拭く。
「それと自販機でお茶を買ってきたので、これもどうぞ」
ペットボトルを差し出す八千代に、何だか申し訳無くなってきた優香。
「色々と気遣ってくれてごめんね。お金は後で送るから」
「いえいえ、ボクが勝手にやったことですし」
「さすがに飲み物奢ってもらうのは悪いよ」
思いやりのラリーを何度か繰り返した後、最終的には八千代が折れて優香がお茶代を送金することで合意した。
「醤油ラーメンだにゃ〜」
「とんかつとんかつ〜」
澪奈とちひろも戻ってきたので、割り箸をパキッと割って手を合わせる。
「いただきます!」
まずはうどんをちゅるっと啜る。
うん、しっかりとコシがあって美味しい。
「麺がモチモチですね」
八千代が話しかけてきたので、優香はこくりと頷く。
「そうだね。八千代はうどん好きなの?」
「はい。ボクは特に讃岐うどんが好きですね」
出たなうどん県。
「讃岐も美味しいけどさ、弾力ありすぎて顎が疲れちゃわない? 私はどっちかと言うと博多うどんみたいな柔らかい方が好きだなぁ」
「東京で博多うどんを知っているなんて、優香さんは相当うどんがお好きなんですね?」
「いや、前に食べたことあるってだけでそこまで好きじゃないよ」
そんなうどん談義に花を咲かせていると、澪奈が羨ましそうにこちらを見ていることに気付いた。
「ん? どうしたの澪奈?」
優香はうどんを啜りつつ首を傾げる。
「いやぁ、優香ちゃんと八千代ちゃん仲良いにゃって思って。共通の話題で盛り上がってるし」
確かに八千代とは話が合う。だけど、それは澪奈たちがマイペースすぎるだけで、優香と八千代が特段相性が良いという訳ではない気がする。
「私もうどんにすれば良かったかにゃ?」
と言いつつもチャーシューを頬張る澪奈。
そのマイペースさには呆れるが、フードコートなんだし食べたい物を食べるのが一番だと思う。
全部食べ終えて満足した優香たちは、八千代が買ってきてくれたお茶で喉を潤す。
「そうだ。お金、今アプリで送るね」
「私もそうするにゃ」
「じゃあちひろちゃんも〜」
優香と澪奈、ちひろはスマホのアプリを立ち上げ、金額を入力して八千代のアカウントに送金する。
日本円は完全にデジタル化しているので、昔のように小銭を探したりお釣りを計算する必要は一切無くなった。便利ではあるが、国に取引データを収集されてしまうのは怖くもある。
「はい、受け取りました。ありがとうございます」
無事に八千代への送金が完了したようだ。
「さて、この後はどうするかにゃ?」
「折角だし、もうちょっと遊びたいよね〜」
顔を見合わせる澪奈とちひろ。夕方くらいまで遊び尽くすつもりなのだろうか。
「それでは、映画でも観ますか?」
八千代の提案に、「いいねぇ」と澪奈が賛意を示す。
続けて、ちひろも首を縦に振る。
「ちひろちゃんアレが観たいな〜。ハリウッドのやつ」
洋画は大体ハリウッドでしょ。その中のどれだよ。
「もしかして、外科医ヒーローの続編ですか?」
「それそれ〜」
八千代は超能力者か。何でノーヒントで分かるんだ。
「優香ちゃん、アメコミは興味あるかにゃ?」
珍しく澪奈が心配りをしてくれた。
「別に嫌いじゃないよ」
「なら良かった」
そもそもアメコミってそんなに観たことないんだよね。ざっくりとしたイメージはあるけど。
こうして考えてみると私って意外と知らないことだらけだな。
チケットとポップコーンを購入し、ロビーで上映時間を待つ。
「優香さん、疲れてないですか?」
優香の隣に座った八千代が問いかける。
歩き疲れはあるが、映画を観るくらいの体力は残っている。
「うん、大丈夫だよ」
「それは良かったです。ちなみに優香さん、ホラー要素は平気な人ですか?」
「ホラー?」
今から観るのってアメコミヒーロー作品だよね? 何でそんなこと訊くんだろう。
「実はこれ、一作目と違って今回はホラー的な要素が強いんですよ。澪奈さんやちひろさんも分かっていないかもしれませんが」
「あっ、そうなんだ。私は割と平気な人だよ」
「では安心ですね。となると、問題はあの二人です……」
売店でグッズやパンフレットを眺めている澪奈とちひろ。
澪奈は乗っかっただけなので何とも言えないが、ちひろに関しては自分が観たいと言い出したんだ。さすがに平気な人だと信じたい。
二時間後、上映終了。
「はわわぁ……。怖かったぁ〜」
ちひろはダメな人だった。
「楽しかったにゃ〜。一作目はレンタルで観よっと」
「結構面白かったですね」
その一方、澪奈と八千代は普通に楽しめたようだ。
「やっぱりアメリカの映画は予算規模が違うだけあって映像の迫力がすごいよね」
優香自身もそれなりに満足出来た。全体的な雰囲気で楽しんでいたので感想は少しずれているかもだけど。
「一作目の映像表現も映画史に残るようなものなので、お暇があれば観てみてください」
「どうせなら私の家で一緒に観るのはどうかにゃ?」
「あはは、それは遠慮しておくよ……」
鑑賞会は澪奈に振り回されそうなので却下だが、八千代がそこまでオススメするならどこかのタイミングで観てみようと思う。
時刻はもうすぐ夕方の四時。優香たちは新有明駅に向かった。
「今日は楽しかったにゃ。優香ちゃん、また遊ぼうね」
「ではでは〜。また月曜日に〜」
手をひらひらと動かす澪奈とちひろに、優香も手を振り返す。
「澪奈、ちひろ、じゃあね」
二人が改札を通過するのを見届けると、八千代がぺこりと頭を下げた。
「ボクもそろそろ帰ります。今日はありがとうございました」
「うん、気を遣ってくれたおかげで今日は私も楽めた」
「さようなら、失礼します」
「じゃあね、八千代」
八千代とも別れ、一人になった優香は帰路につく。
いつも歩いている駅から家までの道。何てことのない日常の光景のはずなのに、どこかおかしい。でも、何がおかしいんだろう。
「あれ? こんなに上り坂だったっけ……?」
何故だか足が重い。前に踏み出そうとしても、一歩がなかなか出ない。
いや、違う。道が変なんじゃない、私の身体が変なんだ。
くらくらと目眩がする。上手く力が入らない。震えが止まらない。
「私、どうしちゃったんだろう……」
クラゲのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、意識を保とうと試みる。しかし、時間や空間の感覚がどんどんと失われていく。
やられた。飛鳥から聞いた通り、やっぱりあの子はハンドラーだったんだ。
地面に膝をつき、ガードレールに身体を預ける。
するとそこへ、先ほど帰ったはずの八千代が現れた。
「苦しそうですね、優香さん?」
「や、八千代……。まだ、帰ってなかったんだ……」
「はい。心配だったので」
「しん、ぱい……?」
息が苦しい。でも、ここで倒れる訳にはいかない。
「ボクが病院まで送ります。背中にどうぞ」
「そう言って、拉致するつもりでしょ……?」
「何のことです?」
「分かってるよ、八千代がハンドラーだってこと。麗華と、繋がってるってこと……」
無理やり顔を動かし、八千代の顔を見る。
「それは、黒部飛鳥から聞いたんですか?」
「さぁ、どうだろうね?」
「まあいいです。ボクがお茶に毒を盛りました。それは認めます。しかし、宮ヶ瀬優香は致死量の毒を摂取しています。もう助からないですよ?」
原因はお茶だったのか。
意識を奪われる回数も増えてきた。これはちょっと、限界かもしれないな……。
「優香さん、最後に言い残したことはありますか? もしくは伝言でも構いませんよ」
「じゃあ、飛鳥に伝言……」
「
「ごめんね、大好きだよって。言っておいて……」
何言ってるんだろう私。いよいよ思考回路も壊れたみたいだ。
「それは告白ですか?」
「そう受け取ったなら、それでいい……」
どうせ死ぬんだ。もう何でもいいや。
目を閉じると、私は深く暗い闇に飲み込まれた。寒くて冷たい、虚無の世界に落ちていく。
お父さん、何て言うかな? 約束守れなかったこと、怒るかな?
その時、遠くから優香を呼ぶ声が響いてきた。
「優香ちゃん、優香ちゃん……!」
この声は、澪奈?
優香はゆっくりと目を開ける。
「優香ちゃん! 良かった、意識戻った……!」
「どうして……?」
「すぐ救急車来るから、ここで待っててにゃ」
何で澪奈がここに? 理解が追いつかなかったが、その理由はすぐに明らかになった。
八千代と対峙した澪奈が口を開く。
「毒殺とは感心しないにゃぁ」
「澪奈さん? 何の話です?」
「しらばっくれても無駄だよ。八千代ちゃんがハンドラーにゃのは知ってるから」
「
「私? 私はバランサーだよ」
バランサー。AランクやSランクに上がる資格を持ちながら、そのままBランクで居続ける存在。その目的はハンドラーによる不当な降格処分を減らすこと。自分に本来支給されるはずの差額を取引材料に、降格を取り消しにさせる言わば正義の味方。
「まさか、こんな傍にバランサーがいるなんて思わなかったです」
「それがバランサーって人間だからにゃ」
「ボクは穏健派に手出しするほど愚かではありません。今回は見逃します」
「そうしてくれると助かるにゃ」
八千代は踵を返し、駅の方へと去っていく。
程なくして、救急車のサイレンが聞こえてきた。
「優香ちゃんが死んじゃったら困るよ。そう簡単に諦めないでほしいにゃ」
「ごめん、澪奈がバランサーだなんて思わなかったから……」
頭を撫でてくれる澪奈に、優香は微笑みを浮かべた。
その後病院に搬送された優香は、治療のため数日間入院することになった。
医者曰く、あのお茶を全て飲み切っていたら助からなかったらしい。警戒心を持てたのも飛鳥が忠告してくれたおかげだ。学校で会ったらちゃんとお礼言わないと。
「優香! 急に倒れたって聞いたけど、大丈夫?」
突然、菜月が病室に駆け込んできた。そう言えば今夜家に泊まる約束だったっけ。
「大丈夫、心配しないで。ちょっと入院するかもだけど、全然平気だから」
「もう、優香がいなくなったら私どうしたらいいか分からないよ」
「あはは、いなくならないって」
まあ、常に命を狙われてはいるけどね。
夜八時を回ると、面会時間の終わりを告げるアナウンスが流れた。
「本当は一晩ここで過ごしたいけど、さすがに帰るね」
「ねえ菜月、私が動けない間に花音を襲っちゃダメだからね?」
「分かってる。優香に嫌われるようなことはしない」
「じゃあね、菜月」
「バイバイ、優香」
手を振りながら扉を閉める菜月。
菜月は本当に私のこと好きなんだろうなぁ。その気持ちには応えてあげられないけど。
消灯後。暗い病室のベッドで、優香は今日の出来事を思い浮かべていた。
クレーンゲームで遊んで、ショッピングをして、ランチを食べて、映画を観て。久しぶりに青春を満喫した気がする。休日に友達と外出なんていつぶりだろう。
「ハンドラーとかバランサーとか、どうしてこんな世の中になっちゃったんだろうね……」
呟いた優香は、窓際に置かれたクラゲのぬいぐるみをツンツンとつついた。
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