第7話 菜月の本性

 城南島じょうなんじま、湾岸フロンティア女子高校学生寮。花音かのんの部屋。

「ほら、もっと私を見て。花音」

「嫌です。菜月なつきさん、もう帰ってください!」

 花音は菜月に言い寄られ、絶体絶命の危機に陥っていた。

「帰らない。だって、これから花音と気持ちいいことするんだから」

 菜月は花音を壁際まで追いやり、壁にドンと右手をつく。

「私はそんなこと、したくありません」

「花音がしたいかどうかじゃない。私はするの」

 菜月の左手が花音のキャミソールに触れる。ゆっくりと脱がされていき、素肌が露わになる。

「っ…………」

 花音はもう、必死に涙を堪えることしか出来なかった。

 怖い。辛い。恥ずかしい。抵抗もせずにされるがままの、こんな自分が悔しい。

「やっぱり、良い身体してるよね」

 ショートパンツも脱がされ、花音は下着姿にされてしまった。

「私を、どうするつもりですか……?」

「うん、その顔も最高。日曜日の昼間から天国だよ」

 菜月はニヤニヤと笑いながら、花音をベッドに押し倒す。そして、全身を撫でるように触った。

「さて、そろそろ本番に入ろっか」

「まだ、終わりじゃないんですか……」

「当然でしょ」

 ブラジャーが外されていく。その瞬間、花音は悟った。

 ああ、私は汚されてしまうんだ。全部奪われてしまうんだ。

 もう無理だ、諦めてしまおう。その方が楽かもしれない。そんな考えに支配されそうになったが、ふと優香ゆうかの言葉が脳裏を過ぎった。

『大丈夫、私を信じて』

 そうだ。優香さんが助けてくれる。ここで私が諦めちゃいけない。

「た、助けてっ!」

 花音は声を振り絞り、必死に叫んだ。隣の部屋の住人でも、部活中の生徒でも構わない。とにかく誰かに聞こえればいい。

「ちょっ、花音! 黙って」

 口を押さえようと試みる菜月。

 花音は菜月の腕を掴み、力の限り抵抗した。

「誰か、助けてくださいっ!」

「コイツ、余計な真似しやがって。おもちゃは大人しくしてろよ」

 菜月の冷酷な低いトーンの声。

 これが菜月の本性。花音がずっと感じていた怖さだ。

「私は菜月さんの、おもちゃなんかじゃありません!」

 ピンポーン。その時、部屋のインターホンが鳴った。

 もしかして、優香さんが助けに来てくれたのでしょうか?

「チッ、誰だよ。邪魔しやがって」

 菜月はイラついた様子で玄関に向かう。

「はい。どちら様で……って、何であなたが」

 扉の前に立っていたのは、優香ではなく何故か飛鳥あすかだった。

「お邪魔するわ」

「ちょっと、勝手に人の家に上り込まないで」

「とんだブーメラン発言ね」

 飛鳥は靴を脱いで家に上がると、室内を見回してベッドの上の花音に駆け寄った。

「大丈夫、怪我は無い?」

「えっ、あ、はい……」

 花音には一体何が起きたのか理解出来なかった。

 寮暮らしでもない飛鳥さんがどうしてここにいるんでしょうか? 何で優香さんじゃなくて、飛鳥さんが助けに来たのでしょうか? 次々と疑問が湧いてくる。

「とりあえず掛け布団でも羽織ってなさい。後は私が対処するわ」

「あ、ありがとうございます」

 花音は掛け布団に包まり、飛鳥の様子を見守る。

「私の邪魔をして、何が楽しいの?」

 菜月の怒りの籠もった問いかけに、飛鳥が冷静に返す。

「それじゃあ訊くけれど、その子をいじめて何が楽しいのかしら?」

「違う、いじめてるんじゃない。私は花音に愛を教えてあげようと」

「愛? 嘘をつくのはそこまでにしなさい。いくら新生活にストレスが溜まったとしても、同級生で性欲を満たそうとするなんて信じられないわ。あなたは最悪な人間よ」

 言い放つ飛鳥に、菜月は拳を振り上げた。

「黙れ! この泥棒猫!」

 花音は思わず目を閉じる。飛鳥が殴られる瞬間を見たくなかったから。

 しかし、その予想は大きく外れた。

「私が何を盗んだと言うの?」

 飛鳥は華麗な身のこなしで一撃を躱し、反対に菜月の首を絞めたのだ。

 菜月は苦しそうにしながらも言葉を続ける。

「私知ってるから。あなたは優香を奪った。どうして優香はあなたなんかにキスをしたの? 優香は私のものなのに……!」

「あれは……宮ヶ瀬みやがせさんが暴走しただけよ。私には何の感情も無いわ。勘違いね」

「でも、優香があなたに惚れたのは事実でしょ? たぶらかしやがって」

「私は何もしてないわ。それに、好きなら素直に本人に告白すればいいじゃない。少なくともその子を性のはけ口にする必要は無いはずよ」

 より強く首を絞める飛鳥。

 菜月は飛鳥の腕をトントンと叩き、ギブアップを宣言した。

「分かった、許して。お願いだから……!」

「…………」

 飛鳥は少し考えた後、無言で菜月を解放した。

「ゴホッ、ゴホゴホッ。本当に死ぬ……」

 床に手と膝をついて、咳き込む菜月。

 飛鳥はそれを見下し、一言だけ告げる。

「次やったら、警察に突き出すわよ」

 それから程なくして、再び玄関が開いて優香が駆け込んできた。

「ごめん、遅くなっちゃった。花音、大丈夫?」

「はい。飛鳥さんのおかげで」

 花音が答えると、優香は安堵の表情を浮かべた。

「良かった。ギリギリ間に合ったんだね」

「え? どういうことですか?」

 首を傾げる花音に、飛鳥が口を開く。

「私はね、宮ヶ瀬さんに電話をもらってここに来たのよ。クラスメイトのピンチだって」

「なるほど。優香さんが手を講じるって言ったのは、そういうことだったんですね」

 ようやく状況が飲み込めた。

 優香はいくら急いだとしてもあの早さでは来られなかった。だから飛鳥を頼ったんだ。

「それにしても、ちょうど快速に乗れて良かったわ。あれに乗り遅れていたら確実にアウトだったもの」

「おお、ナイスタイミングだったね」

 和やかに談笑する飛鳥と優香。

 その光景を眺めていた花音は、優香に微妙な違和感を覚えた。

「あの、優香さん」

「ん? どうしたの?」

「えっと。いえ、何でもないです……」

「そう。ならいいけど、遠慮はしないでね」

 でも、何が引っかかったのか。その違和感の正体には気付けなかった。

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