第6話 花音に迫る危険
二〇二二年四月十日。今日は日曜日。二人分の作業に追われ寝るのが遅くなってしまった
「ん、んんっ……」
せっかく気持ちよく寝てたのに。
手を伸ばし、発信相手を確認する。
「もしもし、
「すみません朝早くに。優香さんまだ寝てました?」
「ううん大丈夫。何かあった?」
花音からの電話で、ばっちりと目が冴えた。身体を起こし、ベッドに隣接した壁に背中を預ける。
「はい。あっ、いえ。スピーチのことで聞きたいことがあるんですけど」
「スピーチ? うんいいよ」
良かった。
「本番って、作った原稿を読むんですよね? そしたら、句読点は文章としてと言うより、話す時の区切りとして入れるべきなんでしょうか?」
「あー、なるほどね。私は読みながら適当に区切っちゃうからあれだけど、不安なら読点の数が多くなってもそれを区切りにしちゃった方がいいかもしれないね」
「分かりました。ありがとうございます」
果たして、今ので花音の疑問を解消出来たのだろうか?
「私、ちゃんと答えになってた? もしコイツ何言ってんだって思ったら、すぐ言ってくれていいからね」
「そんなっ。優香さんはいつも優しくて、困ったこともしっかりと解決してくれてます」
電話の向こうから、あわあわとした声が返ってくる。
「そっか。それならいいんだけど」
とりあえず疑問は解消したようだ。
数秒の沈黙の後、花音が深刻な様子で話を切り出した。
「それと、なんですけど。実は昨日、菜月さんから何度も電話がかかってきまして」
「菜月から? うん、それで?」
優香にも緊張が走る。
「内容自体は『作業は順調か?』とか『困ってない?』とかそんな感じなんですけど、声の雰囲気が気味悪くて。『直接教えてあげるから部屋行こうか?』って言われた時は、ゾッとして電話を切っちゃいました」
「確かに、それは怖いね……。でも、電話を切るって判断は間違ってなかったと思うよ」
花音を安心させるべく、優香は同調と肯定の言葉をかける。
「でも、同じ寮に住んでいる以上、いつか部屋を訪ねてくるんじゃないかと思って怖いんです」
花音も菜月も高校の寮に住んでいる。お互いの部屋の行き来は簡単という訳か。
「そっか。そしたら……」
その時、電話の向こうからピンポーンと音が聞こえた。まさか。
「ど、どうしましょう! 菜月さんです!」
直後、花音が焦りと不安でパニックに陥る。
「花音、まずは一旦落ち着いて。深呼吸」
すーはーと息を整え、冷静さを取り戻す花音。
「すみません。私はどうしたらいいんですか?」
「怖いかもしれないけど、花音には普通に出てもらう。でも、この電話は切らないでそのままにしておいて。通話がバレないように念のため画面を伏せて置いておくこと。私も手立てを講じるから、出来るだけ時間を稼いで」
その間にも、何度もインターホンが鳴っている。
「大丈夫。私を信じて」
「や、やってみます……!」
カタンとスマホを置く音がした後、玄関を開ける音と共に菜月の声が聞こえてきた。
「花音、やっぱり困ってるんでしょ? だったら私が教えてあげるよ」
「いえ、平気です。もう解決しましたから」
「遠慮しなくていいって。それに、一人じゃ寂しいでしょ? お邪魔します」
「あ、あのっ!」
どうやら菜月が勝手に部屋に上がり込んだらしい。
「やっぱり可愛い部屋だよね。それに、花音の匂いがする」
「お茶でも入れますか?」
「いつも花音が使ってるコップがいい」
冗談でも笑えないし、嫌な予感しかしない。
優香は通話状態の官製スマホとは別の、二台目のスマホを手に取った。そして素早く番号を入力する。
「もしもし、
「は? 朝から何よ騒々しい。家にいるけれど?」
海の森から
「急いで学校の寮に行ってほしいの。花音が危ないかもしれない」
「ちょっと何を言っているのか分からない」
当然の反応だ。優香は出来る限り簡潔に花音の状況を伝えた。もしこれで飛鳥が動いてくれなければ絶対に間に合わない。
「なるほど。それで私を頼ったと?」
「お願い、クラスメイトのピンチなの。それに菜月が退学処分になっても大変でしょ?」
四組から退学者が出たとなれば、Cランクの我々は一層厳しい目で見られることだろう。飛鳥にもデメリットがあると伝えれば、きっと行動してくれるはず。
「分かったわ。止められる保証も無いけど、それでいい?」
「いいから。とにかくお願い!」
電話が切れると、優香はノートパソコンを開いて地図を表示させた。そこには飛鳥の現在地が表示されていた。スマホのGPSやWiFiスポット、携帯基地局などの情報を基に割り出した位置だ。他にも地下鉄やバス、タクシーの走行位置も表示されているが、こちらは誰でも見られる情報なので違法性は無い。
飛鳥はすでに家を出て、駅に向かっている様子。
花音の状況も気にしつつ、優香は再び電話をかける。
「もしもし、
電話の相手は東京シティトランスレールウェイ社長、鳴子
「全く、優香ちゃんは無茶を言うね。
鳴子社長は秘書に指示を出し、司令室のオペレーターと回線を繋ぐ。
『こちら総合司令室。緊急の要請のようですが、何かありましたか?』
「ああ。羽田線のオペレーターに頼みがある。海の森に停車中の快速を足止めしてくれ」
『了解しました。羽田線、B1024SRに停車命令』
羽田線は無人自動運転なので、オペレーターのボタン操作一つで全車両のコントロールが可能になっている。
『命令を実行しました。しかし、後続との距離を考えると二分が限界です』
「優香ちゃん、二分で大丈夫かい?」
「はい、助かります」
ノートパソコンを見遣ると、飛鳥はもう駅に着いているようだった。全力疾走したのだろうか、予想よりかなり早い。
地図を閉じ、駅の監視カメラの映像に切り替える。すると、飛鳥の姿が映ったのはホームへと続く階段の踊り場だった。
「もうそんな場所に……。オペレーターさん、発車命令を出してください」
『えっ? あ、了解です』
優香は焦りから思わずオペレーターに直接指示を出してしまった。ちょっと強権を発動しすぎた。
『二番線、ドアが閉まります』
発車サイン音と同時に、飛鳥が電車に駆け込んだ。
ひとまずこれでミッションはクリア。
「すみません、ご迷惑おかけしました」
「いやいや。優香ちゃんの頼みとあっては、僕は断れないからね」
鳴子社長とオペレーター、そして地下鉄の利用客に感謝。
「ではまた。今度はゆっくりとお話しさせて下さい」
「ああ、また会える日を楽しみにしてるよ」
電話を切り、一度花音の現況に耳を澄ませる。
「花音、どうして私を怖がるの? 一緒に楽しいことしようよ」
「や、やめてください……! 何なんですか?」
まずい。これでは飛鳥が間に合うかどうかも微妙なところだ。
優香はささっと着替えを済ませ、二台のスマホを手に部屋を飛び出した。
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