第2話 菜月からの相談

 放課後。教室を出た優香ゆうかの元に、菜月なつきが声を掛けてきた。

「ごめん優香。ちょっとだけ時間いい?」

「うん、何?」

「あのさ、優香って隣のショートカットの子と仲良い?」

「ああ飛鳥あすかのこと? うーん、別に少し話しただけだよ」

 ファーストコンタクトは地下鉄、その時は睨まれただけ。次が校門前、怒られただけ。最後が教室、嫌がられたが名前を知ることには成功。

 菜月と比べれば名前を知っているアドバンテージはあるものの、決して仲が良いとは言えない。それに、飛鳥からすれば優香の存在は嫌いな隣人みたいな認識だと思う。

「そっか……。私ね、四組の七人全員とそれなりの関係は築いておきたいなって考えてて。その、飛鳥? とも友達とはいかなくても普通に話せるようになりたいんだ」

 学級委員だし、そうでなくとも優等生タイプだし、菜月が飛鳥を放っておかないのは理解出来る。しかし、彼女のバリアは硬い。前髪のATフィールドは鉄壁だ。

「気持ちは分かるけど、どうだろう? 飛鳥は人と関わる気が無さそうだからね……」

「でも、そしたら何で優香とは会話するんだろう?」

「それは私に訊かれても……」

 多分だけど仲介業者的な役割をさせるつもりではなかろうか。

「もし優香が良かったらだけど、私と飛鳥を上手く引き合わせてもらえないかな?」

「私が?」

「うん。飛鳥に一番近いのは物理的にも心理的にも優香だと思うから。お願い!」

 まずい、本当に仲介業者になってしまう。

 でも、菜月の考えは全く間違っていない。むしろ正しい。

 ここまで頼み込む相手に対して断るのもどうかと思うので、とりあえず緩く引き受けることにしよう。

「やるだけやってみるよ。だけど期待はしないでね」

「良かった、ありがとう。一応優香の連絡先教えてもらっていい?」

「いいよ。LINEで大丈夫?」

 優香は菜月とLINEを交換し、いつでもやり取り出来る態勢を整えた。

「それじゃあ、進展があったら教えて」

「分かった。じゃあね、菜月」

「うん、また明日」

 手を振って菜月と別れた優香は、駆け足で駅へと向かった。もしかしたら飛鳥と同じ電車に乗れるかもと考えたからだ。

 ホームに着いて左右を見回すと、三号車の乗車位置で待つ飛鳥の姿が見えた。

「飛鳥、また一緒になっちゃったね!」

 優香が後ろから肩に手を乗せて微笑みかける。

 すると、飛鳥はビクッと身体を震わせた後、こちらを振り向いてキッと睨みつけた。

「あなた、本当に何なの? 線路に突き落として殺すつもり?」

 飛鳥、それどんな解釈? しかもホームドアあるから突き落とせないし。

「違うってば。友達同士でよくやるスキンシップだよ」

「私はいつからあなたの友達になったのかしら? それとも友達がいないから擬似体験したかったの? 哀れな人ね」

 どっちがだ。私は友達くらいいるし。全然哀れじゃないもん。

「勝手にぼっち認定しないでよ。飛鳥こそぼっちで寂しくないの?」

 首を傾げる優香。

 飛鳥は鼻で笑い、視線を前に戻す。

「寂しい? 笑わせないで。私は一人で生きていくって決めたの。だから友達なんて不要よ」

「そんな、高校三年間ずっと一人でいるつもり?」

「…………」

 黙り込んでしまった。

 やっぱり飛鳥も本当は友達が欲しいんじゃ……。

『お待たせ致しました。まもなく二番線に、つくばライナー線直通、普通守谷もりや行きが参ります。危ないですのでホームドアから離れてお待ち下さい。途中、晴海はるみ東京とうきょう八重洲やえすで快速電車に連絡します』

 入線アナウンスが流れ、電車がホームに滑り込んでくる。

 ドアが開くと、飛鳥が一人で車両に乗ってしまった。

「ちょっと飛鳥、私も乗るから」

 優香も急いで電車に乗り、飛鳥を追いかける。

 飛鳥が立ち止まってつり革を掴んだので、優香も隣のつり革を掴む。

「何? 付き纏わないでくれる?」

 その目にはもう慣れた。

 優香は怯むことなく話しかける。

「ねえ飛鳥、明日学校終わった後って時間空いてる?」

「空いていないことはないわ」

 遠回しに言っているが、特に予定は無いらしい。

「そしたら、一緒にランチとかどうかな? 私、行ってみたいお店があって」

「どうして私を誘うの? 他の人でいいじゃない。あ、やっぱり友達いないの? それは失礼したわ。お洒落な店にお一人様で行く勇気なんて、あなたには無さそうだものね」

 勝手に話を展開しないで。とことん嫌味な人だな。

 しかし、これは逆に口実として使えそうだ。

「そう思うなら付き合ってよ。お金は私が出すから」

「あなたが払うのは当然よ。でも、Cランクのあなたに奢る余裕なんてあるのかしら? 途中で金欠になっても知らないわよ?」

「それは大丈夫。絶対に」

 優香は真っ直ぐな目で飛鳥を見つめる。

『ご乗車ありがとうございました。まもなく海の森、お出口は左側です』

 飛鳥の降車駅が近づいてきた。

 すると、飛鳥はため息を吐いて小さく頷いた。

「はぁ、分かったわ。明日、ランチだけなら付き合ってあげる」

「本当に⁉︎ ありがとう!」

 交渉成立。

 海の森駅に到着すると、飛鳥は「じゃ」とだけ言い残して電車を降りていった。

 さて、菜月に連絡しなきゃ。

 優香はスマホを取り出してメッセージを入力する。

【明日の学校終わり、飛鳥とランチすることになりました! お店の場所教えておくから、菜月は偶然を装ってお店に入ってきてね!】

 送信ボタンを押すと、すぐに既読がついた。

【さすが優香! 偶然に見えるように演技力磨いておくね】

 そして返信も早い。

 まさかずっと待っていた訳ではあるまいな。

 何はともあれ、これで菜月の要望は叶えた。あとは明日、セッティング通りに物事が進めばそれで良い。

 難題をクリアし緊張から解放された優香は、リラックスした状態で自宅へと帰った。


 優香の自宅は地下鉄新有明しんありあけ駅そばに建つタワーマンションの二十三階の一室だ。どうしてCランクの高校生がこんな高級物件に? と思うかもしれないが、元々この部屋には優香の父親が住んでいた。だが、とある事情によって代わりに優香が住むことになったのだ。

 ソファもベッドもテーブルも、テレビも冷蔵庫も洗濯機も全て備え付け。どれもハイグレードの製品で、さすが高級物件といった感じだ。おまけに窓からの眺めも素晴らしい。

 優香はブレザーとスカートをリビングに脱ぎ捨て、ソファに座ってノートパソコンを開く。

「念には念を入れておかないとね」

 暗証番号とパスワードを入れると、国民検索システムと書かれた画面が表示された。

 検索ボックスに菜月のフルネームを入れて検索ボタンをクリックする。

浦山うらやま菜月……。二〇〇六年六月二十二日生まれ、自宅は千歳船橋ちとせふなばしの都営住宅。父親は中堅家電メーカーの派遣社員、母親はコンビニのパート。本人、両親ともにCランク。裏は無さそうかな?」

 内容に一通り目を通し、検索画面に戻る。

 続けて滝畑たきはた日奈子ひなこを検索する。二〇〇六年十月八日生まれ、自宅は目黒本町めぐろほんちょう。両親とも零細企業の契約社員。本人、両親ともCランク。

「日奈子も大丈夫そうだね」

 その後も花音かのん美里みさとかえでと調べたが、特段注意すべき人物ではないと優香は判断した。

「あとは飛鳥だけか。怖いけど、そういう性格なだけだよね……」

 そして最後に、飛鳥の名前を検索する。

黒部くろべ飛鳥。生年月日、二〇〇七年二月十三日。住所、東京都江東こうとう区海の森一丁目。小学五年の時にAからCにランク降格……」

 情報に不審な点は無かったが、それとは別に小五の時に何かあったようだ。両親の欄も空白だし、かなり複雑な状況に置かれている気がする。

 飛鳥が友達を作らない、人を寄せ付けない態度をとるのもそこに原因があるのだろうか?

「明日のランチ、一筋縄じゃ行かないかもなぁ」

 画面を閉じた優香は、ソファに横になりぽつりと呟いた。

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