黒部飛鳥の内言
二〇二二年四月六日、朝八時。私は今、通勤客や外国人旅行客で混雑した羽田空港行きの地下鉄に揺られている。通学にかかる時間は二十分ほど。九時までに登校すれば良いので、まだ時間には余裕がある。ではなぜ、私はこんなに早い時間に家を出たのか。それは、
宮ヶ瀬さんと初めて会ったのは入学式当日の朝、この地下鉄の中だった。ドア横に立っていた彼女は、真新しい制服を可愛く着こなし、上目遣いで私の方を気にしていた。大きな瞳と内巻きのミディアムヘア、線の細い華奢な身体。私が思わず羨んでしまう、妬んでしまうほどの美少女。その見た目は、今時の女子高生のイメージそのものだと思った。
地下鉄を降りると、宮ヶ瀬さんは校門の前で突っ立っていた。声を掛けたらいきなり自己紹介してくるし、『ああ、彼女は天然系のふわふわしたタイプの人間なんだ』って、そう確信した。
だからクラスが一緒だと知った時、私は宮ヶ瀬さんを利用しようと企てた。もし私が宮ヶ瀬さんとだけ親しくしていれば、私に用がある人は宮ヶ瀬さんを通して接触しようとしてくる。そして、宮ヶ瀬さんに事前に色々と釘を刺しておけば、私は他のクラスメイトと関わらずに過ごすことが出来る。私の窓口的役割、代理人とでも呼べばいいのかしら。そうやって利用するだけ利用して、いらなくなったら切り捨てる。そのつもりだった。
でも、その計画は二日目にして崩れてしまった。昨日、私は宮ヶ瀬さんとクラスメイトの
策略に気付いた私は、逃げるようにその場を去った。外に出て、逃げ切ったと安心したその時、宮ヶ瀬さんが全力で追いかけてきた。そして、私の心を見透かしたようなことを言って、半ば強制的に彼女の自宅に連れて行かれた。
そこからはもう怒涛の展開だった。短距離のタクシー利用にタワーマンション暮らし、これはCランクの人間の金銭感覚とは遠くかけ離れている。私ですら地下鉄運賃の値上げに苦しんでいるというのに。身体能力だって、武道の心得があるようで並外れたものを持っていた。あれは私と対等、それ以上の力があっても不思議じゃない身のこなしだった。そして最も恐怖を感じたのは、私の過去を言い当てたこと。
理由は全く分からないけれど、宮ヶ瀬さんは私が小学五年の時にAからCにランクが降格したことを知っていた。もしかしたら、降格になった経緯だって知っていたのかもしれない。
それに最後に囁いた言葉、『Sランクに上がる方法を教えることも』というのも気になる。宮ヶ瀬さんは個人評価法と国民を監視するシステムについて、何か秘密を知っているということ?
宮ヶ瀬さんには裏の顔がある。それはきっと間違いない。ただ、宮ヶ瀬さんの裏の顔を暴くのは簡単ではないだろう。宮ヶ瀬さん自身も、『暴けるものなら暴いてみたら』と自信ありげに挑発していた。カメラでも仕掛けておけば素の姿が撮れるかもしれないが、宮ヶ瀬さんならスカートを脱ぐ前に、いや帰宅してすぐにカメラの存在を見つけるような気がする。笑顔で手を振られようものなら一人で発狂してしまいそうだ。想像するだけでゾッとする。
とにかく、宮ヶ瀬さんを駒として利用するのは危険すぎる。いや、すでに私が駒にされている。これから先、私は宮ヶ瀬さんに逆らうことは出来ないだろう。目的を果たすためには、別の利用しやすそうな人間を見つけなければ。
宮ヶ瀬さん宮ヶ瀬さん宮ヶ瀬さん宮ヶ瀬さん。
学校の最寄駅に着くまでの間に、私は何回彼女の名前を思い浮かべたのだろう。
まさか私、宮ヶ瀬さんのことを意識している? いいえ、宮ヶ瀬さんは同性よ。好きになるとか恋に落ちたとか、そんなはずないわ。そうよね、私……。
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