第14話 ロゼルの守護聖霊 イーグルファルコン

「で、でけえ――」


 蒼雷はそう小さく口を開いて唖然としていた。


『ったく――話が違うぞ。この俺が守っているのにもかかわらず、何も無かったかのように疾風の玉を奪いやがって――あの老人絶対許さん。それに小僧! 来るのが遅い!』


「ちょっ――なんで俺の事を知っているんだ? つかすげー馴れ馴れしいな」


 あまりにも早い展開と、蒼雷のことをあたかも知っているかのような口調についていけず、頭の中がこんがらがっているようだ。


「お主は疾風の玉を守る聖霊で間違いないな? 聞いた話では千年の扉に刻まれている魔術師の一人、ロゼル様の守護聖霊イーグルファルコンだと聞く」


『ああ、そうだ。で、急いでこっち戻ってきたのか。ご老人はある程度、情報を知っているようだ。小僧は全く分かっていないようだがな。神瞳蒼雷――いや蒼雷、俺の話を聞け』


「う――うす」


 蒼雷はいつになく、緊張している様子だった。それもそうだ。千年の扉に刻まれているロゼルの守護聖霊が何故だが自身の事を知っているからだ。


『――とりあえず、俺が何故小僧を知っているか教えたほうが良さそうだな。まず、神の能力を持つ者ゴッドホルダーの人物像は、俺を含めた全ての聖霊が知っている。というか、俺達のなかでは常識のようなものだ。そしてここが肝だ。小僧は何をしにここに来たか聞かされたか?』


 蒼雷は額に手を当てて思い出す。


「宝があると、先生が言っていた」


 イーグルファルコンは、先生とは誰の事か一瞬考えたが、首を左に向けて、近くに立ってこちらを見ているロードゲートの方を見た。


『先生とは、あのご老人のことか?』


「そうだ」


 蒼雷の返答にイーグルファルコンは頷いた後、目線を蒼雷に戻す。


『その宝というのは、俺が小僧にだけ与える能力だと言ったらどうだ?』


「へ――?」


 蒼雷は思わず呆気をとられて、もの凄く情けない声を漏らしていた。


『まあ、それに相応しい能力を持っているのか試させてもらうがな。なあに、能力は使わなくともできる試練だ』


「その前に、貰える能力はどんな能力?」


『それはお楽しみだな。まあ強くなりたければ取っておくべきだ』


 イーグルファルコンはそう言いながら、どうする? と目で訴えていた。


「OK! 試練の内容は?」


『この俺を、能力なしで捕まえることができたらそれでいい。俺の行動範囲はその岩場から半径1km。因みに俺は魔法を放出するから気を付けろよ』


「なるほど。部位魔法マナパーツ魔力浮遊エアは使っていいんだよな?」


『勿論。さあ始めるぞ』


 イーグルファルコンがそう呟いたと同時に、翼を大きく羽ばたかせ、鎌鼬かまいたちを発生させた。


 蒼雷はイーグルファルコンが翼を羽ばたかせたと同時に、両手を交差させて、顔をガードしていた。しかし、素肌の顔は守ることができたものの、腕に数ヶ所と、その他の箇所には切り傷を負う。勿論、衣服が少し破れただけの箇所もあるが、いきなり先制攻撃を喰らう羽目となってしまった。


「面白れぇ」


 蒼雷はニッと笑みを浮かべながら、イーグルファルコンを追う為、岩の足場を力強く蹴り、そのまま直進して森の中へと姿を消していった。


「始まったの。果たして生身のままで、あの聖霊を捕らえることができるのか」



 ロードゲートはそう言った後、魔力浮遊エアを使って頭上に真っ直ぐ飛んでいく。地上から約100メートルほど離れた地点に到達。


「まあこのくらいじゃろ。さあて――」


 ロードゲートは、イーグルファルコンの魔力を感じ取る。イーグルファルコンは、この世界を創り上げた人物の一人、ロゼルの聖霊――。魔力を感じ取るのも一筋縄ではいかない――。それ故に、目を瞑り精神を集中させた。


「巧いの。あの人が使う消魔ゼロとは程遠いが、やっていることはそれに似た技術。蒼雷君はイーグルファルコンの本来の魔力量に、多分気付いていないじゃろうが」


 ロードゲートは魔力を捉えたのか、岩の足場の半径500メートル地点の東側に目線を向けた。


     ◆


 幸いこの森の木の枝はやたらと太い。100kgを超える巨漢でなければ、立つことは容易にできる。その為、蒼雷は木々のなかを悠然と飛び交う。


『魔法使いの動きじゃないな――』


 蒼雷の謎の身体能力の高さに、イーグルファルコンは驚いていた。イーグルファルコンは、地上から10メートル地点を維持しているので、蒼雷が維持している平均の高さより少し高いくらいだ。


『もっと高く飛ぶのもしゃくだしな』


 イーグルファルコンは息を吐き、呼吸を整える。


「隙あり!」


 蒼雷は、狩人ハンターの如く目を光らせ、枝にありったけの脚力を注ぎイーグルファルコンに飛びつく。


『遅い』


 イーグルファルコンは突如加速し、耳をつんざくような轟音と、突風と共に姿を消した。蒼雷は地面に真っ逆に落ちたが、地面に両手を付けて、逆さ立ちになった後、そのまま一度両手に力を入れて、空中に浮いて体勢を整えた。


 地面に直立できたと同時に、イーグルファルコンが通った後をみると、辺りの木々が薙ぎ倒されていた。そして蒼雷の右耳から流血している。


 蒼雷は違和感を覚えて、自分の右耳を触れた。


「あれ、これ鼓膜破れてんじゃね? しかもこの木の倒れ方――ソニックブームだ。あの聖霊、あんな大きいのに音速で飛べるのか」


 苦笑――。


 蒼雷はどう捕まえればいいのか全く分からなくなった。


「とりあえず体力を温存しながら捕まえる方法考えないとやばいな」


 再度倒れていない木を見つけては枝に乗り、先程のように木々を飛び交うことに。先程のスピード距離は相当離れたが、しばらく薙ぎ倒されている木に沿っていけば、イーグルファルコンが存在する方向は、間違ってはいないはず。


 先程の反省点としては部位魔法マナパーツを使っていない事だった。部位魔法マナパーツを使って跳んでさえいれば、あの時点で捕まえることができ、試練は終わっていたかもしれない。


 溜息をつきながらこう声を漏らす。


「俺、本気にさせてしまったよな。平和に終わっておけば良かった――」


 ここまで手強いとは思ってもみなかったのが誤算だった。魔物大国メギラに過去に一度訪れたことがあったが、捕獲難易度は、出会った生物のなかで一番高いと推測する。


 そうだとすると、他の属性玉にも聖霊がいるわけで、蒼雷にのみ試練を受ける権利があるような言い回しだった為、試練の内容は問わず、他の聖霊の情報を、イーグルファルコンから聞き出す必要がある。


 その情報を元に、メギラの魔物を狩りすぎて、エクゾトレイブ送りにされている七色の操雷者アルレーズの一人、キルシュ・デルカ・トールと面会し、アドバイスを貰う必要があると心底思った。


 ということは、どちらにせよイーグルファルコンを捕まえないと前進することはできない。


 蒼雷は木の枝に一旦止まり、脚に部位魔法マナパーツを施す。魔力があまりないため、爆発的なスピードは生まれないが、幼少の頃から鍛え上げた結果、 七色の操雷者アルレーズ一の身体能力を持つ蒼雷にとっては、十分すぎるほど身体能力を強化できる


 他者から見れば強化系の魔法を使っているようにも見える――。


 イーグルファルコンとはぐれて20分ほど経っただろうか――。やっとの思いで蒼雷はイーグルファルコンを見つけることができた。高度は相変わらず10メートルほど維持しているようだが、速度は先程の爆発的なスピードは出ていない。


『来たな小僧。俺の瞳には千里眼オラクルアイの能力が備わっている。部位魔法マナパーツを使い始めてから、どのような動きをしていたか丸見えだ。どう出る――?』


 蒼雷も既に気付かれていることは察知しているが、特に焦っている様子も無かった。むしろ笑みを浮かべていた。むやみやたらに襲い掛かってくる目でも無い。


 二人は10メートルほどの距離を空けながら、蒼雷がイーグルファルコンを追う。ただそれだけだった。


 イーグルファルコンは千里眼オラクルアイ部位魔法マナパーツを使った時からずっと監視しているので、特に不思議な行動は見ていない――が。


 突如辺りがミシミシという音を立て始めた。


 イーグルファルコンがその異変に気付くのが少し遅かった。辺りの木々がイーグルファルコンに向かって倒れ始めたのだ。


『なっ――』


 イーグルファルコンが進む方向を阻んだと同時に、辺りの木々がイーグルファルコンを下敷きにした。


「作戦大成功!」


 蒼雷はニッと笑みを浮かべた後、手に部位魔法マナパーツを施して、倒れている木を除いていく。しばらく木を除いた後、声が聞こえた。


『参ったから助けてくれ!』


「気絶してないのかよ」


 蒼雷は聖霊のタフさを実感しつつも、イーグルファルコンの声がする方へ向かい、重なっている木を横に除去した。


「俺の勝ちでいいよな?」


イーグルファルコンといえど何本もの木が重なった為、痛みで飛ぶことも立つこともできないようで、うつ伏せのまま声を漏らす。


『勿論。背中が圧し潰されるかと思った』


「なかなかいい作戦だっただろ? もう動きを封じるしかないかなって」


『一体どうやったんだ? 俺はお前の事を途中からずっと見ていたんだぞ?』


「え、そうだったのか? いやまあ、見ていたとしても分からないか。木と木を移動するときに部位魔法マナパーツを使っていたんだけど、違う木に飛び移るときに、一定方向に木に対して力を与えることで、木が時間差で倒れるくらいのダメージを与えていたんだ。だからそろそろあそこも」


 蒼雷がそう言うと、また別のところで木々が倒れる鈍い音が、地鳴りのように響いた。 


「な?」


 蒼雷が誇らしげに笑みを浮かべると、イーグルファルコンも口元が緩んだ。


 二人がそう会話しているとロードゲートが降りてきた。


「終わったようじゃの」


「まあ、自然破壊はしてしまいましたけど。疾風の玉があった足場から半径1kmの、約半分くらいは木が倒れてしまうかも。俺結構色々な木にダメージ与えましたし――」


「ワシがあとでこの森の管理をしている協会に連絡しておくわい。損害賠償もワシが払っておくから気にせんでいい」


「あれ? 魔法で直せないんですか? 先生ならてっきりできるかと――」


「体の治癒はできるがの。ほれ――」


 ロードゲートはそう言って、直径10センチほどの水の玉を蒼雷に被せた。


 水で髪や服は濡れてしまったが、破れていた鼓膜は戻ったようだった。痛みが完全に引いている。


「すみません。色々と――」


「別によい。ほれお主も」


 ロードゲートはうつ伏せでぐったりしているイーグルファルコンに向けて、蒼雷と同じ水の玉を落とす。


 水が体に浸透していくと、イーグルファルコンの傷はみるみる癒えた。


『助かったぞご老人。体が軽い』


 イーグルファルコンはそう言いながら、ホースの如く屈強な二本足で直立した。


『さて。小僧と心を通わし、能力を与える前に説明しておくぞ。まず、俺の能力は千里眼オラクルアイ。魔力を感知した人物を、俯瞰ふかん的な視点で視ることができる。なあに、その人物の魔力の雰囲気を言語化できて、大きさも分かっていればできるさ』


「冷たい感じとか、温かい感じとかでいいんだよな?」


『そんな感じだ。これができない人が意外と多いのだが、小僧はその点に関してはピカ一と聞いている。分かっているからどんな敵でも基本的に緊張感が無いって。まあそれは時として短所になるから気を付けろよ』


 蒼雷はイーグルファルコンの指摘でぐうの音も出なかった。「はい――」と小声で応じていた。


『そして俺が小僧と心を通わせるわけだから、当然魔力が増えるわけだ。必要なときに呼び出してくれてもいい』


「俺、普通に魔法を使えるのか?」


『攻撃魔法が使えないって相当不便だろうに。この先、一人で連戦することにもなる。そうなると身体能力だけじゃ厳しいだろう。バロガン・パウワみたいな出鱈目デタラメな怪力を持っていたら、魔法無しでも全然戦うことができるだろうが――だから俺の力を貸してやるって事だ』


 イーグルファルコンはそう言うと緑色の光の玉になり、蒼雷の体の中へと入っていった。


「マジかよ」


 蒼雷がそう声を漏らしたのも不思議ではない。神の瞳ゴッドアイを使ってもいないのに、青い雷が指に走ったからだ。これはイーグルファルコンが蒼雷の体の中に入った直後、右指だけ魔力を練るイメージを行った為の結果。


『能力も使ってみな』


「全てを見通す眼。全てに適応する眼。全てを支配する眼を備えし瞳。聖霊、光神セイレーンよ我に力を与え給え。発動、神の瞳ゴッドアイ


 蒼雷は青色の雷を纏い、両方の瞳は薄めの茶色から蒼色に変色した。魔力に重圧プレッシャーが無いことから、それほど大きな魔力ではない。


「今日は割と小さいな」


 蒼雷はそう呟きながら、千里眼オラクルアイを使用した。感知する魔力は玲。幼少の頃からずっと一緒にいる為、魔力は非常に感じ取れやすい。


 映し出されたのは、家の大浴場で鼻歌を歌いながら、お風呂に浸かる玲だった。豊満な胸と白い素肌が露わとなっているので、性癖が刺さる人には刺さるアングルだった。


「あ――やらかした」


「蒼雷君にデリケートさが無いのか――」


 ロードゲートがそう言いながら、溜め息をつく。


神の瞳ゴッドアイを解除していいぞ』


 イーグルファルコンの声が聞こえ、蒼雷は神の瞳ゴッドアイを解除した。早めの解除だったので、当然怠惰感も無い。


「便利だな。まさか、国が違うのに見えるとは思わなかった」


『魔力のイメージが強いほど、感じ取ることができる。距離はその使用者次第だ。魔法による阻害とかがあれば、どれだけ魔力のイメージが出来ても見れないけどな。まあ必要になったときに呼んでくれ。これから宜しくな』


「これでまずは一安心じゃな。魔法を少しでも使用できるのは大きい」


「ですね! 能力に頼らなくても戦えるぞ」


 蒼雷が興奮しているところ、ロードゲートは腕に掴まれと、首で促すと蒼雷はそれを察する。


 蒼雷がロードゲートの腕に掴まると、二人はこの場から姿を消した。





 

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