第2話 神の瞳を持つ青年

 ここは世界でも魔術師が多く集まる国、ローランス。そんな、この国の中心地に悠々と構えるのは、歴史上で最も古い魔法学校カルノールが存在する。


 国の1/10を占めるこの巨大な魔法学校は、メインに赤、サブに白が入ったレンガで造れた建造物となっている。


 草原のような広さを誇る校庭の中心地に聳え立つ、高さ二十メートル、幹の太さ七メートル程の巨木がある。


 その巨木の木陰で、深緑の落ち葉を顔や制服に所々付けている青年が、仰向けで眠っていた。


 黒髪で右分け。髪先は外ハネの動きがついている。精悍な顔立ちをしており、白のシャツに紺色の麻のカーディガンを着ている。


 そこに水色の髪をした女性が歩み寄る。


「蒼雷! 起きて! 授業始まっちゃうよ!」


「ん――もう食えねえ」


 口を動かしながらとても幸せそうな表情を浮かべながらそう呟いた。


「もう。何を言っているの。ほら! 早く起きる!」


 女性は蒼雷のほっぺたをつねると、痛いと涙目を浮かべながら体を勢いよく起こした。


「なんだれいか――痛えじゃねえか」


 そこには水色の長い髪に、きめ細かく真っ白な肌。釣り目ぎみの大きな目にぱっちりとした二重。桜色の柔らかそうな唇を持ち、服の上からでもくっきりとわかる整ったボディラインと豊満な胸。白いシャツの上からクリーム色の麻のカーディガンを着て、黒のスカートを穿いている女性がいた。


「なんだって何よ。ほらさっさと授業を受けに行くよ。昼休みもそろそろ終わり」


 蒼雷は腕時計で時刻を確認しながら呟く。


「ああそうだな。サンキュー」


 二人は二百メートル先に見える校舎の方へと向かって行った。


 鐘の音が鳴ると授業開始。教室の扉を開けて、入ってきたのはスラッとした高身長に金色の髪。甘いマスクを持つ二十代後半の若い先生が入ってきた。


 右手に持つ茶色の本を、深い茶色の木製の教卓に置くと先生は口を開く。


「それでは五時限目、魔術基礎学の授業を始めたいと思います。と、その前に――」


 先生は、左端の窓際の一番奥の席ですやすやと寝ている蒼雷の方を見るなり、蒼雷の机の上に電気を走らせる。


「いった!!」


 蒼雷はそう言って飛び起きると、クラスのみんなはクスクスと笑い、玲はやれやれと溜め息をつく。


「神瞳。授業開始前から寝ているとはいい度胸だな」


「迅鳴先生もそれは体罰になるんじゃないんですか?」


 蒼雷はニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言うと、駿聖は右手に雷を纏い不敵な笑みを見せる。


「さっきのは教育だ。だが、今度はいきすぎた体罰になるかもしれんな」


「はい。反省しております」


 と、苦笑いを見せながらそう言うと、机に顔を伏せながらふて腐れる。


「ったく――俺が今の状態じゃ魔法使えねえことを知ってて言いやがるもんな」


 と小声で呟いた。


「今日の授業は魔法の属性についてだ。まあ今になって説明するのもアレだが復習も兼ねて説明するぞ」


 駿聖がそう言うと生徒は「はい」と返答。


「魔法には火・水・風・土・闇・光。そして雷が存在する。火は風に強く、風は土に強い。土は雷に強く、雷は水に強い。そして水は火に強いという関係性になっており、光と闇は打消しあいの関係になっている。まあぶっちゃけ、属性の優劣はこの二属性に関してあまりないに等しい」


「雷も普通の人じゃ扱うことできないじゃないですか。先生は七色の操雷者アルレーズだから使えるけど」


「まあ雷に関してもそうだったな。とは言っても、雷が特別な属性ってわけでもないがな。確かに扱える魔術師はそう多くはないが、ちゃんと鍛錬し、使える魔力をどんどん増幅させていけば扱うことができる。この学校内にも使える人は俺以外に二人いる」


「校長先生ですよね?」


「そうだ」


「あと一人誰だ?」


 と、生徒達は意見を出し合い会話が盛り上がる。


「まあまあ。時間が経てば教えてやるさ」


 駿聖が少し意地悪そうに言うと生徒は「え~」っと言いながら肩を落とす。


 蒼雷はその光景を尻目に校庭を眺めていると、フード付きの黒いローブを被った数十人が、この校舎に向かって歩み寄って来るのを確認する。


「なんだあいつら。不気味だな」


 そう見ていると、先頭に立つローブを着た人物が、この校舎に向かって何やら掌を向ける。


「ちょっと待て――まさか――」


 刹那、紫色の波動が放たれた。


 校舎は大きく揺れて、生徒達はパニックを起こす。


「みんな! 体を伏せろ!」


 駿聖はそう言った後、慌てて窓の外を見る。


「邪悪な魔力が放たれたと思ったら奴らの仕業か」


 外を見ると数人のローブを着た魔術師が確認できた。蒼雷も外を見て確認。何人かの姿はすでに消えていた。


 駿聖は舌打ちすると、クラス内を見渡す。状況からして生徒の安全が最優先。飛び出したくても飛び出せない。と、思っていたときだった。蒼雷が教室を抜け出した。


「待て! 神瞳!」


 駿聖が呼び止めたのも束の間。


「蒼雷! 待って!」


 そう言って玲も飛び出してしまった。


水野みずの!」


 駿聖が教室を飛び出したときにはもう遅かった。二人の姿は既にない。


「ったく。あいつら勝手に飛び出しやがって」


 一方、蒼雷を探していた玲は正面に、噴水やベンチなどが設置されている、中庭を見渡すことができる廊下に差しかかった。そして二本の分かれ道。右に進めば実践演習場。左に行けば図書館。


 そう迷っていると、玲は後ろから頭に強い衝撃を受けて倒れてしまった。


「コイツを人質に使わせてもらうか」


 玲を気絶させた男はそう言って笑みを浮かべると、玲を引き連れて右の道へと進んでいった。


 一方、蒼雷は図書館でローブを着た魔術師と対峙していた。


「お前ら、何が目的だ?」


「フン。ガキには関係ない。死にたくなければさっさとこの場を立ち去るんだな」


「あっそ。まあ立ち去るのアンタ達だけどな」


 蒼雷はそう言うと、ローブの男の鳩尾に拳を入れる。ローブの男が「うっ」と声を漏らすと、次は顔に上段蹴り。ローブの男がたじろぐと顔面に拳で殴打。


 ローブの男は本棚に激突。後ろにある本棚は揺れ、意識が朦朧としている男の方へと本棚が倒れた。男はそのまま本棚の下敷きになってしまう。


「あっ。やりすぎた。情報聞き出せねえ」


 蒼雷は苦笑いを浮かべた後、この部屋を立ち去り次の敵を探す。


 図書館を出ると、蒼雷は何やら違和感を感じ取る。


「さっき戦った奴とは比べ物にならないくらい、邪悪な魔力が漂っているな。このまま真っ直ぐか」


 蒼雷はそう言うと、実践演習場の方へと向かう。近くになっていくにつれ、感じなれた魔力も。


「これは玲の――まさか――」


 蒼雷は手に汗を握り締め、実践演習場に繋がる門を開く。


 門が完全に開くと、そこは荒野のような地形となっている。岩山が点在しているが、それ以外は何もない。


 蒼雷が見据える先には、邪悪で禍々しい手枷と足枷で拘束されている玲の姿が。そしてその隣にはフード付きのローブを着ている男性。


「玲!」


「蒼雷! なんで来たの!」


「なんだあ。ただの餓鬼じゃあねえか」


 そう言った男に蒼雷は先制攻撃を仕掛ける。その男に走って向かい、拳を振り上げる。男はそれを左手で受け止めて、蒼雷の鳩尾に蹴りを入れて、後ろに吹き飛ばす。


「ダークアロー」



 その男の頭上から、邪気を纏った五本の矢が発射。


 吹き飛ばされている蒼雷は空中でピタリと止まり、矢を全て避け切った。


 空中で止まったことについて、思わず声を上げて驚いていた。一方敵は関心を示したようで。


「ほほう。魔力浮遊エアを使うことができるのか。少しは楽しめそうじゃねえか」


「エラく余裕だな」


「その言葉。そっくり返してやるぜ」


 敵がそう言うと、蒼雷はニヤリと笑みを浮かべる。次の瞬間、男の目の前に瞬時に現れ、そのまま顔面に拳を浴びせた。


「なっ――」


 男の視界はぐるりと回転。地面に叩きつけらた後、地面を背中に付けたまま後ろに引きづられていった。同時にフードが破れてしまう。


 男は何事もなかったかのように起き上がる。そして素顔が露わになっていた。


「確かお前は――壊滅した殺し屋集団ぺリグリンのメンバー」


「そう。ザギロス・アーセルクだ」


 腰近くまである銀色の長い髪。鮫のような鋭い目つき。吸血鬼のような鋭い歯。まるで全ての毛穴から放出しているかのような禍々しい殺気を纏っている。


「ハハ――こりゃ、また厄介な奴が現れたな」


 蒼雷は思わず苦笑いを浮かべる。


「俺様を知っていてまだ戦闘意欲があるのか。変わった奴だな。まあその選択は正しいがな」


「どういうことだ?」


「この女に装着している、手枷と足枷。魔力を吸い取っているんだぜ」


 ザギロスはそう言ってニヤリと笑みを浮かべる。


「貴様くらいの知識なら当然分かるよな? ただのカルノールの生徒でもなさそうだし」


「そうだな。時間の問題だな。玲の表情的にもまだ時間には猶予はありそうだ」


「意外と余裕だな」


「玲の魔力は一般の女性にしては多いぞ?」


「ほほう。それは少し誤算だったな」


 何を悠長に喋っているの! と言いたかったがとても勇気がなかった。それに魔力が減っていくとどうなるかも知りたい。と、玲は心底思っていた。


「今度は俺様からいかせてもらうぜえ」


 右手の指の関節の骨音を鳴らすと、蒼雷に襲いかかる。


(速いっ!)


 蒼雷の顔を掴み地面にそのまま叩きつける。右手で蒼雷が身動きがとれないよう目一杯の力を入れる。そして、左手を蒼雷の腹部に翳す。


 ザギロスの左手に邪悪な魔力が集中。


 蒼雷は全身から冷や汗が出てくる。抵抗するも、ザギロスの力により無力化される。


「ダークフラッシュ!」


 瞬間、眩い紫色の光がこの辺一帯を包む。そして、爆発。ザギロスはその場から後ろ跳びで様子を伺う。そして、玲は口を両手で覆い、涙目を浮かべている。


「終わったな」


 ザギロスはそう言って後ろを振り向こうとした時だった。


「まだ終わってねえぞ」


 煙の中から千鳥足の蒼雷が現れる。ザギロスもそれに流石に驚いているようで――。


「タフな野郎だ。だが――」


 拳を振り上げた蒼雷の手を掴み顔面に拳を浴びせる。


「もうボロボロじゃあねえか。強気なのは一人前だが。さっきよりもスピードも落ちているぞ。まあ一番疑問なのは、攻撃魔法を一度も使ってないということだが」


 蒼雷は立ち上がりながら、口内で切ってしまった血を吐き捨てる。両瞼は少し垂れ下がり、背筋を伸ばすのが苦しいのだろうか、腰を曲げて立っている。


「魔法を使えよ。魔力浮遊エアができるなら容易いことだろうが。体術だけじゃ俺様に勝つことはできねえぜ? 最も、魔法を使えたところで俺様に勝ち目はねえが」


『そうですよ蒼雷。今のままでは本当に殺されてしまいますよ』


 と、蒼雷に話しかける女性の声。


「いきなり出てくるなよ!」


『それは置いておいて。能力をお使いになられてはどうですか?』


「アレを使うとしばらく体が重度の怠さで身動きがとれねえんだよ」


『しかし、今のままでは殺されますよ?』


「分かったよ。頼んだセイレーン。少し待ってくれ」


『畏まりました』


 セイレーンはそう言うと蒼雷との会話を切断。蒼雷はザギロスにニヤリと不敵な笑みを見せる。


「なにがおかしい」


「全てを見通す眼。全てに適応する眼。全てを支配する眼を備えし瞳。聖霊、光神セイレーンよ我に力を与え給え。発動、神の瞳ゴッドアイ


 蒼雷はそう言った途端煙に包まれる。


「成る程。能力者だったか」


 煙の中から出てきたのは、青色の雷を纏った蒼雷。そして、両方の瞳は薄めの茶色から蒼色に変色している。


「青色の雷に、蒼色の瞳の神の瞳ゴッドアイと呼ばれる能力。そうか、貴様が破壊帝を倒した神瞳蒼雷か」


「御名答。さあ、三分でカタをつけるぜ」


 蒼雷はそう呟くと、人差し指を天に翳す。


「サンダーボルト」


 すると、突如青色の雷がザギロスの真上の上空に雷が充満。そして、ザギロスに向かって落ちていく。ザギロスは頭上で手を振り払い、紫色のバリアを展開。蒼雷は地面に両手をつけて。


「サンダーラッシュ」


 青色の十本の細い雷が地面を伝い、ザギロスを襲う。


「なに!?」


 ザギロスが空に集中していたところ、地面からの攻撃。痙攣のように震え、全身に激痛が走る。


 ローブが所々破れ、敗れた箇所から小さな煙が上がっている。


「流石だ。だが、これならどうかな?」


 ザギロスはそう言うと、両手を大きく広げる。


「暗黒の世界に誘ってやるよ。」


 ザギロスがそう言った途端、晴れていた荒野は暗闇の世界へと変化。


「どうだ? 見えないだろ? いきなりの暗闇に、目はついてこれないはずだ。恐怖に怯えるがいい」


 ザギロスの声はみるみる小さくなっていった。だが蒼雷にこんな小細工は通用しない。


熱感知眼サーモアイ


 蒼雷が見えていた暗闇の世界は、熱感知の世界へと変化。玲の姿も、岩陰に隠れているザギロスの姿も、熱を持っている限り、全て確認することができる。


 右手に青色の雷を集中させ、北西の岩陰に隠れているザギロスに向けて青色の雷を帯びたエネルギー波を発射。


「コイツ視えてやがるのか!」


 ザギロスは慌ててその場から姿を消す。蒼雷の後ろに回り込んだザギロスは、右手に魔法で生成した紫色の剣で蒼雷に斬りかかる。


 それを素手で受け止め、左手をザギロスの胸に当てる。


「ライトニングフラッシュ!」


 眩い雷光が辺りを照らしたと共に、耳をつんざくような轟音が鳴り響く。そして、暗闇の世界から元の世界に戻り、玲を拘束していた手枷と足枷が解除された。


 意識が朦朧とし、俯きながら息を大きく乱すザギロス。


「まさか能力解放でここまで強くなるとは思わなかったな。いずれまた会おう」


 ザギロスはニヤリと笑みを浮かべると、黒煙に纏われ姿を消した。


 蒼雷は呼び止めるほどの体力は残っておらず、首を小さく前後に動かした後、その場に倒れこんだ。










 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る