第6話 疾風の玉、争奪戦Ⅰ
奥に進むにつれて物音は激しさを増す。辺りの木々はなぎ倒され、黒のローブに身を包んだ男達の死体が転がっている。激しい戦闘が繰り広げられていることを物語っている。
「悲惨な光景だね――」
玲は胸が締め付けられるような痛みが走った。普段見慣れない光景ということもあり嗚咽を堪えるので必死だった。夜炎は能力を一旦引っ込めているので目には見えていないが、充満している異臭で、玲が見ている光景をイメージするのは容易だった。
「水野、もし我慢できなければ無理しなくていいぞ。町に戻って俺達を待っていてくれても構わない。想像以上に激しい戦いになりそうだ」
「いや頑張る。二人を近くで見守るのが私の使命」
「しかし、命を落としてしまっては意味がない」
「大丈夫」
「そうか」
そうやり取りしていると人の声も聞こえ始めてきた。二人は各々木陰に隠れて身を潜める。対峙しているのは、
「誰だ。奴等は?
「そうだね。暫く様子を見る?」
「ああ。どのみちここを通らなければ疾風の玉は手に入らない」
「ふざけるな。こっちは四人がかりだぞ」
「ザギ兄。そうカッカすんなって。今の爆発音聞いて宗兄は飛んでくるはずだぜ。あとは時間の問題だ」
そう言ったのは目つきの鋭い赤髪の少年。見た目だけで判断すると十歳前後。右手は深紅に染まり、爪は黒い。十の少年とは思えないほどの手の大きさと屈強さを持つ。
「ここにいるメンバーの中ではお前が最高のナンバー。
「俺はアンタの発動タイミングが遅れることを恐れているんだ。戦いが長くなると判断力が鈍る。さっきのがいい例だ」
ザギロスはそう言って舌打ち。長い白髪の髪をヘアゴムで結っている、白い顎鬚を蓄えた初老の男性は、すまないと謝罪していた。
「律儀なオッサンだなウリベリスは。
「目指している方向は同じだザギロス」
ウリベリスはそう笑みを浮かべると、右手に持つ自分の体躯と同じくらいの巨大な赤色の戦斧を地面に叩きつけた。
すると、地面を這うように対峙している三人に襲い掛かる。
「――少し油断しましたね」
眼鏡をかけた女性は直ぐに立ち上がり砂埃を払う。褐色肌の大男も、青色の髪の男も平然と立ち上がり、首を左右に振ってコキコキと鳴らす。
「アリアス。奴らの情報はまだか? ザギロスの能力とウリベリスの能力は分かった。あとはあの少年と、リボルバー使いだけだ」
「そうですね。クレイヴァーさん。能力を使っていただけますか?」
「勿論だ。で、何体ほど出す?」
「ありったけを」
クレイヴァーと呼ばれる青髪の男性は、それを聞いてニヤリと笑みを浮かべる。
「何かやるつもりだな」
ザギロスは怪訝な表情を浮かべ、クレイヴァーを凝視する。すると、驚くことに、クレヴァ―が増えていく。一人、二人、三人、――合計十人のクレヴァーが。
「面白ぇ手品だな」
「なあに造作もないさ。俺が距離を詰めてやるよ」
葉巻を咥えている男性は得意げにそう言いながらリボルバーをクルクルと回して手遊びしている。
「任せたぜスターツ」
「俺を誰だと思っているだ。ここまではただのお遊びさ」
「よく言うぜ――凶死郎、俺達であの青髪野郎をできるだけ潰し、ウリベリスの
「了解。任せろザギ兄」
「ピヨピヨショット――そんな技名じゃない」
スターツは少し不服そうに葉巻を吹かす。
「ザギロス、子ネズミが混じっているのは気付いているか?」
「放っておけウリベリス。恐らく俺達の事を伺っているのだろう。魔法省の仲間なら応戦しに来るはずだろ? もう少し様子を見てやってもいいんじゃないか? どうも! って吃驚させてやってもいいが、今はそれどころじゃねえしな。いざとなりゃ俺が追い払ってやるよ」
「わかった」
「来るぜ」
ザギロスと凶死郎は臨戦態勢に入る。ウリベリスは一番後ろで前線の三人を見守る。勿論、襲い掛かってくるのはクレイヴァーだけでなく、アリアスも褐色肌の大男も突っ込んできた。
「コレイアさん。お願いします」
アリアスにそう言われると、褐色肌の大男、コレイアはコクリと頷き、
「なかなかいいコンビネーションだ。だが――」
ザギロスはその魔力の波の前に立ち右手を翳す。するとその魔法は跡形もなく消えてしまった。
「アイツ、魔法を無力化しやがった」
「小細工は通用しないってことですね。全力をぶつけていくしか」
アリアスはそう言うと、
「くるか、小娘よ」
アリアスは拳を突き出すと、ウリベリスはそれを軽々と左手で受け止める。右手に戦斧を持っているウリベリスの手は完全に封じられた。しかし、
顎に入ってしまったウリベリスはよろめく。しかし、顎には砕けた氷が――。そう
アリアスがたじろいでいると、ウリベリスは容赦なく戦斧で殴り飛ばした。アリアスはものすごい勢いで木々を薙ぎ倒し、岩壁に背中を打ち付けた。
「アリアス!」
クレイヴァーがそう叫ぶと、背後にはリボルバーを構えたスターツが。
「悪いがうちのオッサンはレディにも容赦ねえんだ」
スターツはニヤリと笑みを浮かべると、次の瞬間
「なんだぁ。呆気ねえな。やっぱり魔法省じゃ相手にならねえか」
ザギロスは少し不服そうにそう呟くと、スターツは葉巻を吹かせた後、リボルバーをクルクルと回す。
「まあ、俺の技が華麗すぎただけさ。裏取りも朝飯前よ」
「それはてめぇの
「そらどうも。で、裏でコソコソしている子ネズミはどうするんだい?」
「尋問タイムだな」
ザギロスはそう言って黒煙に包まれて姿を消す。
「よお」
ポンと二人の肩に手を置くザギロス。当然夜炎と玲は背中から大量の冷や汗を流す。
「害が無い奴には何もしねえ。こっちに来い」
玲は夜炎にアイコンタクトを送ると、夜炎は静かにコクリと頷く。
二人は、
「結構可愛いお嬢ちゃんだね。危ないぜこんなとこに来たら」
「神瞳蒼雷の恋人だ。手は出すなよスターツ」
「神瞳蒼雷って12歳のときに破壊帝ジェラを倒した化け物少年か――あれ敵なんじゃ」
「敵も味方も関係ねえよ。道徳に反することは駄目だ」
「よく言うぜ、ペリグリンのときにどれだけ命奪ったよ」
「あ――まあとりあずだ。てめえ等こんなとこに何をしに来た?」
「観光」
夜炎は間髪入れずにそう答えた。玲はその回答に焦りを感じたが、四人の表情を見る陰りまだ穏やかだった。
「観光だってよザギ兄。帰してやったら?」
凶死郎がそう言うとザギロスは横に首を振る。
「まあそう焦る必要ねえ。観光って言っても捉えられる意味合いが幅広いからな。例えば属性玉を取りに来ても観光になるしな」
夜炎はその言葉に眉一つ動かさなかったが、玲はその発言に驚きを隠せず声を漏らす。
「真っ黒じゃねえか」
ザギロスは腹を抱えて笑うと、他の三人の目つきが変貌。
「おいおい、あまりに殺気を立てると周りに気付かれるぜ」
と、ザギロスが言った瞬間、大地を蹴る音が徐々に近づき、四人の頭上を通り超えた。
漆黒のホースに乗っている男は。
「蒼雷と――」
「宗次郎」
ホースに乗っていたのは蒼雷と宗次郎という何とも奇妙な組み合わせ。玲とザギロスは驚きを隠せない。
「宗次郎、敵にわざわざ送ってもらったのか?」
「敵? この人のことですか?」
宗次郎は蒼雷の事を指で指す。前に乗っている蒼雷はザギロスの顔を見るなり、次第に顔色は薄い青へと変わっていく。
「蒼雷! その人
その瞬間、蒼雷はホースから慌てて飛び降りる。同時に、宗次郎は蒼雷の喉に刀を突きつける。
「もしかして騙したんですか?」
「いや、全く知らなかった」
蒼雷は両手を前に、首を左右に激しく振る。
「まあ、いいでしょう。無かったことにしましょう」
蒼雷はすっと胸を撫でおろしたが、ザギロス、誰?、誰?、誰?、宗次郎という風に頭の中で整理したが、どう考えても最悪な答えしか出てこない。
「もしかして、この五人全員
夜炎と玲はコクリと頷くと、流石の蒼雷も苦笑。以前対決したときに、ザギロスは能力を解放していない。そして
「神瞳蒼雷。あまり余計なことを考えないほうがいいぜ。万が一にも俺と戦った時に少しでも全力に近い実力を出していたのなら、ここにいる五人全員まとめて倒すのは不可能だ」
「神瞳、俺の勘が正しければ一番ヤバいのは紛れもなく、脇差をもった宗次郎とかいう男だ」
「勘って――まあ今出ている魔力はあまりアテになんねえしな」
「そういうことだ」
ザギロスは目を大きく見開き小さく手を叩いた。
「御名答だな。さあどうする選択肢を与えてやる。1、無駄だと分かっていて戦う。2、寝返る。3、属性玉から手を引く」
蒼雷、夜炎、玲は顔見合わせて必死に考える。全く喋らず心で会話をするように。当然、魔法は悟られてしまうので使っていない。と、その時だった。
「スターツ!」
「あいよ!」
ザギロスの掛け声に応じたスターツは、リボルバーから
「あの女、ウリベリスの
そう言いながら襲い掛かってくる蒼雷の拳を止めて、鳩尾に闇魔法のエネルギー波を入れて吹き飛ばす。詠唱破棄だったので威力はない。しかし不意を突いたつもりの蒼雷は、ザギロスの咄嗟の対応力に驚きを隠せない。
「今の防いでカウンター喰らわすかよ普通」
「面白ぇ。嫌いになれないぜ神瞳蒼雷!」
ザギロスは拳を握りしめ、宙に浮いて座禅を組んでいる蒼雷に襲い掛かった。蒼雷は待ってましたと言わんばかりに、体勢を整えてから、両手の拳を握って臨戦態勢に。
「始めちゃったよ。ザギ兄」
「余裕をかましているのも今のうちだ」
凶死郎が振り返るとそこには倒れていたはずのクレイヴァーが拳を振りかざしていた。
「スタ兄のピヨピヨショット利いてねえのかよ!」
「ピヨピヨショットじゃなくてショックショットね」
スターツはそう言いながら、アリアスが振りかざしている拳に向かって
スターツは葉巻を吹かしながらニヤリと笑みを浮かべて、
「女性にはあまり痛みを感じてほしくないんだ。しばらくじっとしてな」
スターツがそう言って銃を下した瞬間にアリアスは右手を翳す。
「シャインツリー!」
アリアスがそう唱えると、大地は突如揺れ始め、次第には地面がひび割れていく。スターツは足がよろけてしまい動けない。
「おっと、これは油断した。まさかあれを喰らって動けるとはね」
「喰らったわけでありません。喰らったフリをしただけです。さて、ビリー・スターツ。貴方たち組織の目的を教えて頂きましょうか?」
「もしかして、俺を捕らえたつもりでいるの?」
スターツはそう言った瞬間、両手足を縛っていたはずが、その場から姿を消していた。そして次の瞬間にはアリアスの目の前に現れ、アリアスはスターツに押し倒されていた。
「悪いが俺の
ニッと笑みを浮かべて、アリアスに馬乗りになりながら、両手足を魔法で生成した枷で動きを封じる。スターツはアリアスをジッと見ると――。
「俺のマグナムが熱いぜ」
アリアスは眉間に皺を寄せて口から光魔法のエネルギー波を発射。
スターツはモロに喰らってしまい服が黒焦げになってしまった。
「そう怒らなくてもよかったのに」
「破廉恥ですよ」
「いやあ驚いたな」
スターツはそう言いながら笑みを浮かべている。すると急激に目つきが変貌し。
「油断するなよ
拳を振り上げていたコレイア。スターツは咄嗟にリボルバーを直し、両手で顔をガードしたが、そのまま吹き飛ばされてしまった。木の幹に背中を打ち付けた後、同時に葉巻が地面に落ちてしまった。スターツは寝転がったまま新たな葉巻を取り出す。
「やるね。ウリベリスと戦っていたんじゃないの?」
スターツはそう言いながら周りを見渡すと、凶死郎とウリベリスはクレイヴァーの
「ああ、成程ね。
スターツはリボルバーを取り出し精神統一。
「今日は何度早撃ちすればいいんだ」
この動作を見ていたコレイアがスターツに殴りかかる。しかし――。
「言ったろ? 学習していないようだね。俺はどこへでも瞬時に移動できるんだ」
「遅いぜ旦那」
リボルバーから放たれたのはとてつもなく大きな魔力を纏った
「仲間もろとも吹き飛ばす気か!」
コレイアがそう言うとスターツは首を横に振る。
「弾の数をよく見てみな」
その巨大な
「馬鹿な! 同時に十一発発射したのか!」
「同時じゃないさ、ほぼ同時。さっきのショックショットより早く撃っただけの話だ」
その
「どう考えてもこっちの人数不利だよね」
そう考えているとコレイアがスターツに襲い掛かった。一方、夜炎と玲VS天草宗次郎の戦闘は、夜炎と玲が不利だった。二人の体力は、特に玲の体力は限界に近付いていた。
「水野下がっていていいぞ」
夜炎のその一言に玲はごめんねと呟き引き下がる。何故そう言われたのか理解できたからだ。
「いいんですか? お嬢さんを下げて」
「ああ。あまり体力は残されていないからな。全力でいかしてもらうぞ」
「へえ。そうこなくっちゃ」
瞬間、宗次郎の体が発火。宗次郎は慌てて黒炎を焼き払おうとしたとき、夜炎は宗次郎の顔面を殴打。その後夜炎は掌に漆黒の炎の小さな玉を生成し、それを吹き飛んだ宗次郎に投げつけた。
「俺のとっておきコロナボムだ」
光速で向かっていったコロナボムは宗次郎に直撃したと同時に、火山の噴火のような爆発音と共に、辺りの木々は一瞬にして燃え広がる。天に昇る茸雲は、空を深紅色に染めた。
「馬鹿止めろ! コロナボムは火属性の最上級魔法の一つだぞ!」
足を止めない凶死郎に、ザギロスは舌打ちをしながら水属性のバリアを張った。
「あの馬鹿! ウリベリス! この火事なんとかなんねぇか!?」
「さすがにこれは――」
「クソが」
ザギロスが辺りを見渡していると、津波のような大波が森一帯を包み込んだ。異変に気付いたみんなは、流されまいとバリアを張り自らの体を守る。
あれほど高熱だった夜炎の炎をいとも簡単に鎮火させた人物。
攻撃を喰らったはずの宗次郎は衣服がボロボロなだけで大したダメージは喰らっていない。寧ろ彼が興味を持っているのは、大技を放った夜炎ではなく、巨大な津波を発生させて、森の大火事を一瞬にして鎮火させた、今この瞬間に、地上に降り立った人物。
毛先が曲がった白銀の髪に、切れ長の青色の瞳に、目鼻立ちが整った端正な顔をしている黒のローブに身を包んだ男性。
「助かりましたよボス」
宗次郎は膝をついて主を迎える。
「様子を見に来たらコロナボムを放つ輩いたようだな。これは少し誤算だったがまだまだ鍛錬が足りんな」
「僕がこの通りピンピンしていますからね。ボスのだと流石に命落としますが」
「そうだな。とは言っても少し驚いた。さて、神瞳蒼雷、不知火夜炎、水野玲、魔法省のアリアス、コレイア、クレイヴァー。人数差もそれほどないはずだが、手こずっていたようだな」
「ええまあ」
「見たところ本気を出していなかったようだな。仕事というのは早く終わらせることが基本だ。戦闘に楽しさでも覚えたのか? ザギロスよ」
「申し訳ございません」
ザギロスが頭を下げる姿を見たボス、スペルダーは一息つき。
「まあいい。さっさと疾風の玉を取りに行くぞ」
「待て! 俺達を無視する気か!」
そう言い放ったコレイアに問いかけるスペルダー。
「いつでもかかってきてもいいぞ。私に勝つことができればの話だが――。でなければ止めておいたほうが身のためだ」
「コレイアさん」
アリアスは涙を浮かべながら、コレイアの左袖を引っ張り首を左右に振る。
「分かっている――悔しいが、動くことができない」
竦む足で立つことすら許されないような状況の中、一人だけ笑みを浮かべている者がいた。
「冗談キツイゼ。アルガロスさんより魔力は圧倒的に上だぞ――。けど――面白ぇじゃねえか。全てを見通す眼。全てに適応する眼。全てを支配する眼を備えし瞳。聖霊、光神セイレーンよ我に力を与え給え。発動、
その場には青色の雷を纏い、両方の瞳は薄めの茶色から蒼色に変色している蒼雷の姿が。
「全力でいくぜ!」
蒼雷はそう言って、スペルダーに襲い掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます