第5話 風の大国ロゼル
蒼雷、玲、夜炎は早朝に集まり、ロードゲートに貰った列車の特別優待券を使い、風の大国ロゼルに到着していた。
千年の扉の映像で観た、風車が大量に設置されている草原に来ていた。そして、この草原には民家が点在している。民家の近くには、必ず風車が最低でも一機はあり、夜炎はとある一軒の民家の風車の近くに立ち、両手を大きく広げていた。
「何してんだアイツ? あんなことするキャラだったか?」
蒼雷は夜炎を人差し指で指しながら、隣にいる玲に問いかけた。
「やっぱり分からないね。不知火君って。クールに見えて実は不思議ちゃんだったりして」
「か、可愛くねえよ。あんな不思議ちゃん」
「そうかな? 私はいいと思うけど。でもまあ両手を広げているのは、昨日全身で感じたいって言っていたからじゃないかな」
「マジで掴みどころねえなアイツ」
蒼雷はそう言うと、夜炎の方に歩み寄っていく。玲は蒼雷の後を追う。
夜炎の近くまで来ると、民家の中から一人の男が姿を現した。
「おや? 見ない顔だね」
紫鳶色の髪をした黒縁眼鏡をかけた男性。きりっとした切れ長の目が印象的。服装は白いシャツに紺色のベストを着ており、グレーのパンツを履いている。
「あ、どうも」
玲が真っ先に頭を下げると蒼雷と夜炎も続いて頭を下げる。
「旅人かな? 見たところこの辺りの者じゃないようだけど」
「旅人というか、探し物をしておりまして、そのためにこの国にきました」
「探し物か。どの辺にあるのか知っているのかい?」
「はい。ユードラ渓谷に」
すると、その男性は少し目を大きくした数秒後に口を開く。
「その方向には黒いローブを着た怪しい奴たちが何人も向かっていったのを見たよ。邪悪で強力な魔力を持っていた」
蒼雷はそれを聞いて親指を噛む。
「
「と、いうことはすでに居場所を突き止められているか」
「鋼鉄の玉を奪われたもんね」
「鋼鉄の玉? 属性玉の?」
「はいそうです」
玲がそう答えると、蒼雷は余計なことは言わんでいいと、言わんばかりの目で玲を見る。
「ほう――見つかるといいね探し物。何かあればまた尋ねるといい。ロゼルは人口が少ない。これも何かの縁だ力になるよ」
男性は柔和な笑みを見せながら右手を差し出し握手を求める。玲は少し顔を紅潮させながら男性と握手。
すると、夜炎が名前を尋ねる。
「お名前伺っても宜しいですか?」
「私の名前は
「神瞳蒼雷です」
「水野玲です」
「不知火夜炎です」
「覚えておくよ」
宵御薙はそう言って家の中に入っていった。
「とりあえず行くか。あいつらに先を越されたら意味がねえ」
「しかし、敵の数を把握していない。居場所が分かっているんだ。相当な人数がこのロゼルに来ているかもしれん。万が一の事態を想定してな」
「人数か。不知火がボスなら何人くらいかける?」
「学校に襲撃してきたときはザギロス一人で部下が数十人だったよな?」
「ああ」
「俺なら最低でもザギロスのような幹部クラスを三人ほど。そして、下っ端は二十人から三十人ほどかな。場所が分かっていると言っても、神瞳が来るかもしれないし、新手がくるかもしれない。そう考えるともう少し人数をかけてもいいいかもしれない。何しろ、玉さえ入手すれば次の玉の在り処に導かれるのだから」
「でもザギロスみたいなのが、もしいっぱいいたらどうすんだ」
「絶望的だな。神瞳は神の瞳以外のときは魔力がほぼ0――」
と、呟いた瞬間、夜炎の口角が吊り上がる。
「何も三人一緒にハイキングする必要はない。このままだと間に合わないしな。神瞳、ホースは乗れるか?」
「ああ。問題ねえよ。」
「なら町へ行ってホースを借り、目的地に向かってくれ。水野は俺と同行だ。
「え、何それ? 授業でやったことあるっけ?」
「ない。習うのは三年生だと思う」
「ねえ蒼雷、私大丈夫かな?」
「俺に聞くなよ。
夜炎はニヤリと笑い脚に魔力を集中させた。赤色の魔力のオーラがこれでもかと思うくらい見えている。
蒼雷は絶句で玲はキョトンとしている。
「お前すげーな。できると言ってもその年齢で、そんなに大きなオーラ出す奴世界中探しても十人もいないと思うぜ」
「そうなのか? 出来たのは八歳くらいのときだ。まあ魔法の基礎や応用は全てできるからな」
「蒼雷これ難しいんだよね? 大人でもまともに使える人なかなかいないだよね」
「そうだな。何が難しいかというと、魔力を一点に集中させるというのが難点だ。高い集中力をずっと維持しなければならないからな」
「水野なら大丈夫だ。コツさえ掴めば簡単だ。それにこれが出来ると戦闘でも相当役に立つ」
「了解」
「
「おけ! じゃあそれでいくか。お前玲に変な事したら許さねえからな」
蒼雷は夜炎をギロリと睨みつけた。
「心配するな。では渓谷で会おう」
「ああ」
蒼雷はそう言うと、玲と夜炎を残し、現在地より南の方向にある町の方へと向かった。
「水野走りながらやるぞ。そのほうが手っ取り早い」
「分かりました先生!」
玲はそう言いながら笑顔で敬礼。
「先生って――まあいいか。それでは、レッスン開始だ。いくぞ」
夜炎が走り出すと、玲もその後を追う。向かう渓谷はこの民家から東に向かったところにある。
「理屈は簡単だ。脚に魔力を送り込む感じだ。そして、脚にきた! と思ったらそこでピタリと止める。そしてそれを維持するだけだ」
「む、難しいね。なんか魔力がお
「早いな。流して止めるのはすでにできているのか」
「うんできているみたい。止めることがなかなか難しいの」
「大丈夫だ。魔力の流れを意識すればいい。魔力は簡単に言うと血のようなものだ。しかし魔力は体中にある。それを一か所に固めるのだから難しいと思う」
「血の流れ――分かったやってみる
一方、蒼雷は町に到着し、多種多様なお店が建ち並ぶ商店街に足を運んでいた。食品売り場や酒屋、お水売り場なんかもある。
悠長に探している時間もないので、蒼雷は近くにあった武器屋の前に止まる。木のプレートに《鎧始めました》という謎の客引きが。
「これ、どういう意図でこれを――」
蒼雷はそう小さく呟いた後店の中に入った。ドアに付いていた鈴が鳴り、いっらっしゃませ!! とやたら大きい声で出迎えられる。蒼雷は思わず耳を両手で塞いでしまった。
声をかけてきたのは四十代ほどのスキンヘッドの筋肉質の男性。
「あのすみません。お尋ねしたことがございまして」
「ん? 尋ねたいこと?」
「ホースをレンタルしている店を探しているんですが、なかなか見当たらないので教えて頂きたいのですが」
「ああそれならこの町の端にあるよ。ここからだと北西に向かうといい」
「目印とかありますか?」
「そうだな。北西の方に向かって歩いていると、人気も建造物も少なくなってくる。農場地帯が見えるはずだから、ひたすら真っすぐ進んでいると、ホースが牧場で駆け回っているはずだ。そこがお店だよ。名前はホーランド。いいのが揃っているから店主に聞くといい」
「分かりました。有難うございます」
蒼雷は一礼をしてこのお店を立ち去る。武器屋の店主に言われた通り北西に向かって町を駆け抜けた。
二十分ほど走り、やっとの思いで牧場に到達。木製造りの建造物の後ろに広がるのは、緑を駆け抜けるホース達。お店に入り、髭を蓄えた丸眼鏡をかけたご老人に問いかける。ご老人と言っても背筋は伸びていてどこか若々しく見えた。
「ホースを見せていただきたいのですが。できるだけ疾いのをお願いします」
「扱いが難しいが、それでもよかったかな?」
「構いません」
店主は蒼雷の目を数秒見つめたあと、手招きをして店の奥へ案内。店主は扉を開けて、蒼雷を先に牧場へと連れ出した。
眼前に広がる緑に、屈強な四本脚で大地を蹴り上げ、象徴とも言える鬣をたなびかせているホース。牧場に駆け回っているホースの数は十頭ほど。
「オススメはあの白いホース。乗り易い上に疾い。温厚な性格の持ち主」
しかし蒼雷は、その白いホースに見向きもしなかった。もはやその一頭以外に興味がなかったのだ。
「あれは?」
蒼雷が指したのは、漆黒の体躯を持ち、上半身を覆う程の長い
「ああ。彼はこの牧場の中で一番疾く気性が荒い。少しでも気に入らなければ、人を振り落としよる。あまりオススメはしない」
「へえ~。少し近くで見せてもらってもいいですか?」
「もちろん」
「キング!」
店主はそう言って声をかけると、蒼雷と店主の近く駆け寄ってきた。軽く走っただけではあるが、キングの走る姿は猛々しく、たなびく漆黒の
「綺麗な目をしていますね」
「見た者の心を奪うと言われているくらいだからな。絶滅危惧種だから乗るとしたら丁重に扱ってくれ」
「え、いいんですか?」
「恐らく大丈夫。キングは気性が荒いと言っただろ? まず、最初から気に入らない人は近づくことさえ許してくれない。第一関門はクリアということだ。乗ってみるといい」
蒼雷はそう言われると、右足に力を入れて一気に上がり、鞍にまたがる。そして手綱を引き寄せた。するとキングは力強く走り始める。蒼雷は満面の笑みを浮かべて、すげ~! と感心している。
店主はその姿を微笑ましく眺めている。しばらく走ったあと、蒼雷は目を輝かせながら――。
「俺! キングにします!」
「何日かな?」
「日にち――いつになるかわからない」
蒼雷はそう言いながら目が泳いで焦り始める。
「何か訳ありかな? じゃあ魔法をかけておこう」
店主はそう言ってキングの首に触れると、赤い光が点滅を繰り返す。
「なあに。探知機みたいなものだ。盗まれてしまっては困るからな」
店主はそう言ってニッと笑みを浮かべた。
「有難うございます! 前払い金とか払わなくて宜しかったですか?」
「とりあえず一万マナ」
「分かりました。お支払いします」
蒼雷は支払った後、店主に別れを告げて牧場を後にした。
◆
一方、夜炎と玲は木で囲まれた渓谷に着いていた。勿論ここから
「この調子で大丈夫かな?」
「とは言っても、
夜炎は歯を食いしばり、拳を握った後。
「大きな魔力を持った者が五人も来ている」
「人数ものすごくかけているね。幹部候補なんでしょこの魔力は」
「恐らくな。確実に属性玉を取りに来ているのだろう」
「でもこれくらいの魔力なら勝てるんじゃないの?」
「馬鹿言え。これは抑えている状態だ。実際だと俺や神瞳の能力解放時クラスの魔力になるはずだ。そして、俺も神瞳も大きな条件がある。総合的なバランスでいくと、こちら側の方が圧倒的に不利だ」
「そのようですね」
夜炎はその瞬間背筋に悪寒を感じ取った。前ばかりに気を取られていたからだ。一方、玲は誰? と言いながら辺りを見渡している。
夜炎は玲を慌てて抱えて
「へえ――凄い判断ですね。お見事」
そう言いながら木陰か現れたのは、笑顔を絶やさない黒髪の少年だった。腰には脇差をしていて水色の袴に身を包んでいる。
「は、恥ずかしいな」
玲は顔を紅潮させながら小さく呟く。宙に浮いている驚きより、夜炎にお姫様だっこされている恥ずかしさのほうが勝っているのだ。
「水野、我慢してくれ」
「うん――」
「それより奴をどうするかだ。水野とやりとりをしている間でも神経を切らしたつもりはなかった。しかし、声が聞こえるまでは全く気付かなかった」
「
「騙されすぎだ。驚くくらい猫被っているぞ」
夜炎はそう言って苦笑い。
「勝てそう?」
「分からん。能力の発動タイミングも肝だな。俺の能力に時間制限はない。しかし体が追いつかんから結果的にはそれほど長く使うことはできない」
「二人がかりで早く決着つけようよ」
「あまり気乗りはしないがそれでいくか」
「話は終わったかな?」
少年がそう問いかけてくると、夜炎はああと頷き、ゆっくりと地上に降り立つ。
「それでは改めて自己紹介をさせていただきます。僕の名前は
宗次郎はそう言って一礼。
「さて、君達はどこから、何のために来たのかな?」
宗次郎の一言に夜炎は様々なことが頭の中をよぎる。元々正体を知っているか否か。何のためというのは一体何を示しているのか。何のためというのはもちろん疾風の玉のため。その何のために来たのかという文面の中には、恐らく
「観光だ」
「へえ~。そうなんですか。じゃあこれ以上進まないでいただけますか?」
「NOと言ったら?」
刹那、夜炎に斬りかかる宗次郎。その嵐のように浴びせられる剣技を全て紙一重でかわしていく。夜炎はかわしてるときにふと思う。こいつ、当てる気があるのか――と。
一度後ろに大きく跳んで距離を置く。
「一体何の真似だ?」
「何の真似とは?」
相も変わらず笑顔を崩さない。余裕なのか楽しんでいるのか全く分からないのだ。夜炎は宗次郎の心を全く読めず、少し焦りを感じている。
そして、詠唱破棄のファイヤボールを繰り出す。
「詠唱破棄か――しかし、威力は皆無」
宗次郎は刀で斬るどころか、人差し指で止めてしまった。宗次郎の口元は一瞬緩んだが、後ろからの気配を感じ、咄嗟に振り向いて白刃取り。
気配の正体は水の魔法で生成された剣を振り下ろしている玲だった。
「意外とやりますね。貴女お名前は?」
「教える必要性ありますか?」
「拒否権はありますよ」
宗次郎は玲の鳩尾に空いている左手を当てると、玲はノックバックされてしまった。そのうちに夜炎は宗次郎の背中を蹴り飛ばす。
宗次郎は
体の熱が一気に下がった夜炎。目には映っていないが、どういった視界になっているかはイメージするのは容易だった。刀の刃先がすぐそこまできている――と。
バシャ――と水の音が夜炎に疑問を抱かせる。
「いいサポートをしますね」
宗次郎の一言で何が起きたのか夜炎は理解した。玲の水魔法で守られたのだと。
「いいだろう。拝ませてやる条件は既に揃ったのだからな」
夜炎の言葉に首を傾げる宗次郎。玲はおっ! と声を漏らす。
「全ての者を屍に変える眼。全てを焼き尽くす眼を備えし瞳よ、今こそ開放する時だ。聖霊、炎神デューオよ我に力を与え給え。発動、
夜炎は開眼し、鷹のように鋭い瞳は金赤色。体中に漆黒の炎を纏っている。
「なかなかお渋い姿になられましたね。しかも多大なリスクを背負う超攻撃型タイプの能力。そうか、君が不知火夜炎君だね?」
「気付いてなかったのか」
「そうですね。まあ確信はなかったのですが――」
宗次郎から笑みが消え、獲物を狩るような目つきに変貌。刀を一度鞘に納めると、ただならぬ魔力が刀に宿された。そして抜刀。同時に斬撃が夜炎に襲い掛かる。
夜炎は避けようともしない。斬撃が夜炎の近くまでくると、漆黒の炎が柱となって斬撃を打ち消した。宗次郎は間髪入れずに撃ち続けるが、攻撃は全て無力化される。
「フレイムボルテックス」
人差し指の背を地面に向けて、奥から手前へ指を動かす。何本もの漆黒の炎の柱が出現し、宗次郎は逃げ場が無くなる。刀を大きく振ったところで消し飛ばすことはできない。
「上しか――」
宗次郎はそう呟き、
ギリギリ上に逃げると待ち構えていたのは、漆黒の炎の球体を浮かばせた両掌を向けた夜炎だった。
「フレイムバースト!」
二つの漆黒の炎の球体からは、一気に炎を噴出させ、宗次郎を地面に容赦なく叩きつけた。
ゴンという鈍い音がまさにその証拠だ。
「やったね!」
玲は跳んで喜んでいるが、夜炎は横に首を振る。
「まだだ」
黒煙から出てきたのは、袴が所々破れてしまった宗次郎。
「あ~あ。僕のお気に入りなんですけどねこの袴。弁償してくださいよ」
笑顔でそう言う宗次郎。夜炎はアイコンタクトを玲に送ると、玲は呆気を取られている。
「やりますね。コンビネーション抜群じゃないですか」
と、言った瞬間笑顔は消え、目つきは再び鋭くなり、左方向に振り向く。
同時に、渓谷全体を揺るがすような爆発音が鳴り、茸雲が浮かび上がる。
「誰だこの魔力は――」
それは夜炎には勿論、玲にも感じ取ることができた。
「なにこの大きな魔力のぶつかり合い」
「分からん。しかし
そう言いながら夜炎は宗次郎に視線を戻す。
「いやあ。どうやらここまでのようですね。この遊びはまた今度にしましょう」
宗次郎は二人に手を振るとこの場から消え去った。
「俺たちもいくぞ」
「うん」
二人は魔力を足に集中させ、急いで奥へと向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます