第7話 疾風の玉、争奪戦Ⅱ

 蒼雷は右手の拳を突き出すと、スペルダーは左手で受け止めようとしたが、突き出した拳から雷の火花がスペルダーに襲い掛かった。スペルダーは咄嗟に漆黒の雷を纏い、それを蓄電させた。


 その一瞬の隙を突いた蒼雷は、左手に青色の雷を宿し。


「ライトニングドラゴンウェーブ!」


 放たれた青い雷は龍の形へと変化し、龍の頭から尾までスペルダーの体をすり抜けていく。彼もさすがにこれを喰らって、笑みを浮かべる余裕などなく、見るからに苦しんでいる。


 龍はスペルダーの体を完璧にすり抜けると、徐々に尾から頭までゆっくりと消えていった。


 スペルダーは息を切らしながら蒼雷を睨め付ける。


「ボス苦しんでいるようだけどあの魔法何なんだ?」


 凶死郎の問いにザギロスが、ああと前置きをして答える。


「あの技は痛みと同時に魔力を喰らう魔法だ。雷の龍が体内をすり抜けることによって、雷で体内を荒らし、ありとあらゆる神経や臓器に痛みを与えながら、人間の体内にある魔力を奪っていく。普通なら立てなくなるくらいに奪われてしまうものの、ボスの魔力量は多い。神瞳蒼雷もそれは肌で感じているはずだから、狙いは戦闘を有利に進めるための一時的な魔法の制限にあるのだろう。あの不意打ち攻撃はスターツの死の移動デスステップじゃないと逃げるのは難しい」


「あれ? それって俺達が喰らうと――」


「当然勝てる確率は少なくなるだろうな。まあ俺にはそれを補う能力があるから、あまり関係ねえが」


「――相性って大事だね」


 凶死郎はどいつもこいつもと言わんばかりに、苦笑いを浮かべる。


「魔法は制限されたものの、私には関係ない。本当にその実力で破壊帝を倒したのが不思議なくらいだ」


 スペルダーはそう言うと、両手両足に黒い魔力を纏わせた。


「身体能力を向上させる魔法か――」


「甘いな。これはただの部位魔法マナパーツだ」


 ギョッとした蒼雷に宙に浮きながら猛スピードで襲い掛かるスペルダー。彼の突き出す拳を下に避けたものの、左の脇腹に蹴りを喰らってしまい、そのまま横に数百メートル吹き飛ばされてしまう。


 玲は蒼雷の喰らった様子を見て口元を手で覆う。


「強烈だな。あれは折れたぞ」


しかし夜炎のその言葉はもはや無駄だった。吹き飛ばされたはずの蒼雷は雷のような速さで宙に浮きながら突進し、スペルダーの腹部に強烈な頭突きを喰らわせた。


 だが、スペルダーは全く動じず不気味に口角を吊り上げると、蒼雷の腹部を蹴り上げると、空中で身動きが取れない蒼雷に向かって両手を翳す。


 右手からは漆黒の雷の波動を。左手からは闇の波動を発射。二つの波動はやがて一つの波動となり、闇の波動に漆黒の雷が纏わりついて蒼雷に直撃した。


 蒼雷の体を帯びていた青色の雷は消えて、意識を失ったまま地面に叩きつけられた。


 真っ先に駆け寄ったのは涙を浮かべる玲。その後に夜炎が続く。魔法省の三人は無力さを痛感しながら拳を握り絞め、歯を食いしばり、スペルダーと戦った勇者から目を背けていた。


神の能力を持つ者ゴッドホルダーを詠唱破棄でああも簡単に――」


 笑顔が印象的な宗次郎の顔は明らかに引きつっている。しかし、ザギロスは当たり前だと言わんばかりにほくそ笑んだ後、蒼雷の方に視線を向けた。


 それを見ていたスターツが声をかけた。


「あの坊やがどうかしたのかい?」 


「ああ。アイツが未だに破壊帝を倒したなんて信じられねえんだ」


「倒したではなく。正確にはトドメを刺したんでしょ? 七色の雷操者アルレーズが束になってかかったようだし。合点はいくと思うけどね。雷使いが一気に七人も襲ってきたら普通に無理でしょ。中にはボスの兄貴もいたわけだし」


「破壊帝は――そんな簡単に倒せねえよ。倒せているならボスは本気を出しているはずだからな」


「言われてみればそうだね。何しろ破壊帝は史上最悪の魔法使いだったし。ペリグリンのボスですら幹部扱いにされていたほど、高い次元にいたわけだし」


「そういうこった。ボス――神瞳の実力を見て興醒めだろうな」


「だろうね」


 スターツはそう言いながら大きく葉巻を吹かせた。


「いくぞ皆」


 スペルダーの言葉で五人はついていく。歩き始めたかと思えば再び足を止め、スペルダーは眉間に皺を寄せた。


「今度は何だ?」


 その問いを投げかけられた人物は、水色の髪に銀縁眼鏡をかけた男性。白シャツの上から暗めのシルバーのベストと、それと同色のパンツを履いた男性だ。その男はゆっくりと蒼雷の方へ駆け寄る。


 ザギロスはゆっくりと口を開いた。


「水野龍騎」


 龍騎は蒼雷の様子を見て酷いなと一言。


「パパ。蒼雷が――」


 龍騎は涙を零しながら、訴えてくる娘の涙をハンカチで拭う。


「大丈夫だ。確かに数か所骨が折れているようだけど、私の魔法で治してあげるさ。後は彼が自力で目を覚ますだけだ」


 龍騎はそう言って屈んだ後、右手を蒼雷に翳し、水色の魔力が蒼雷の体へと入り込んでいった。青白かった顔色は,、赤みがしっかりと出てきた。


「これでよし」


 龍騎は立ち上がり、スペルダーの方へと歩み寄る。


「戦うの?」


「心配ない。私にはとっておきがあるんだ」


 龍騎はそう言いながら笑みを浮かべた。そしてスペルダーの前へ。


 スペルダーは魔法省の三人を見るなり、視線はすぐに龍騎へと戻す。


「彼らは時間稼ぎだったのかな?」


「あの三人と蒼雷君、夜炎君でも十分戦えると思っていた。しかし誤算だった。貴方を筆頭に、神速の剣術使い天草宗次郎、最悪のヒットマンスターツ、氷の王ウリベリス――そんな強者達を揃えていたとは。苦戦するわけだ」


「にしては余裕だな」


「私がこの中で一番強いですからね」


 その言葉に反応した宗次郎は刀を抜き、スターツは銃を構え、凶死郎は呪われし拳を握り、ウリベリスは戦斧を構える。それを見たザギロスは呆れた表情を浮かべる。


「相性はどうであれ、俺に勝てない者、宗次郎はレイゾンには勝てないだろ。そんな奴等が魔法省の切り札に立ち向かってどうする」


 ザギロスの言葉の後にスペルダーが補足するように言い放つ。


「引っ込め。奴は私と同じ世界五大魔術師ネルトラ・ウィザードの一人だ」


「一度手合わせしてみたかったんだ」


「それは光栄なことだ」


 二人はそう言って拳を握って構えるものの、ピクリとも動かない。互いに睨みあっているようだ。


「ボス。動かないぜ」


 凶死郎の一言に、ザギロスはヤレヤレと言わんばかりの表情を浮かべた後、口を開く。


「互いに間合いを見極めているんだ。ボスと言ったって敵の実力は自分と同等。迂闊に手は出せないってことだ。お前はもう少し戦闘の事に関して勉強しろ」


 その言葉を聞いた凶死郎はむっとした表情を浮かべ頬を少し膨らませている。彼は戦闘時においては目つきが悪く、言葉遣いも荒くはなるが、平常時はどこからどう見てもただの子供。


 張り詰めた空気が漂う中、先に動き出したのは龍騎だった。右掌を向けて発射したのは水属性のエネルギー弾。スペルダーは鼻で笑いながら手で弾き飛ばすと、水しぶきが散る。


 しかし、弾き飛ばしたはずのエネルギー弾の水しぶきがスペルダーの顔に付着し、視界を奪った。


 その隙を突いてスペルダーの顔面を殴打した。スペルダーはそのまま後ろに吹き飛ぶと宙で一回転し、地に足を着く。


 口元に付着した血を手で拭うと口角を吊り上げて、首を左右に一度だけ振った後、口を開いた。


「折角の好機だったのにな。攻撃をあれだけで終わらせるのは勿体ない。グライヴァイスを倒した時のように、能力を使ってみてはどうだ? 普通の攻撃じゃいつまで経っても私には勝てないぞ?」


 スペルダーがそう言うと、龍騎は眼鏡をクイッと一度上げた後、目の奥が光った。


「全てを切り裂く爪。全てに再生を与える爪。全てを無に変える爪を備えし手。聖霊、ウーラよ我に力を与え給え。発動、水神の爪アクエリアスクロウ


 光り輝く水を纏い、肌色だったはずの手は純白へと変色し、水色の長い爪を備えている。そして龍騎が力を込めると、手の大きさは膨れ上がり凶死郎の手と似た屈強さを持つ。


「後悔するなよ?」


 龍騎はニヤリと笑みを浮かべると姿を消した。スペルダーは後ろを振り返り拳を突き出した。龍騎はそこに立っていたが、拳は空しくも空振り。スペルダーは再び咄嗟に振り向き、龍騎の攻撃を右に首を傾けて躱した。


 スペルダーの頬からは大量の血が流れ始める。軽く押さえてみるが止まる気配はないようだ。


「かすっただけでこの威力。思った以上にヤバいな。神の力というものは」


「と、言う割には焦っていないようだけど」


「当たり前だ。次は私の番だぞ」


 スペルダーはそう言って右手の掌の上に炎の球体を浮かべ。


「フレイムバースト」


 球体は炎を一気に噴き出すが、その威力は夜炎が放つモノとは別次元の威力。龍騎はあまりにも速さに直撃してしまい、体を業火に焼き尽くされる。火柱は驚くことに天まで昇っていた。


 しかし、それは一瞬にして鎮火。龍騎は悲痛の叫びを上げることはなく、「余裕」の文字を顔に浮かべながら、燃え盛る炎の中から姿を現し、スペルダーに襲い掛かった。


「もう感じ取らずとも視えている!」


 スペルダーは龍騎の突き出した右手を屈んで躱し、そのまま右腕に左手でアッパーを入れた。腕はあらぬ方向に曲がってしまい、玲は涙を浮かべながら口元を両手で覆った。


 スペルダーが得意気に笑みを浮かべると、龍騎も負けじと笑みを浮かべ、スペルダーの顔に左手を翳した。


封水波シールウェーブ


 掌から現れた荒波の波動。ザギロスはあのその魔法を知っている。ペリグリン時代の時に見た魔法。「マズイ!」と声をかけたが既に手遅れだった。スペルダーはその魔法を正面から受けてしまった。


 スペルダーは咄嗟に顔を覆った両手を少しずつ下ろしていく。目立った外傷はあまりなく、衣服が少し破れたくらい。しかし明らかな違和感を感じ取った。体に通っているはずの魔力を殆ど感じ取ることができない。


「これは――」


 スペルダーは額から大量の冷や汗を流し始めて、龍騎の方に視線を戻す。


「何をした?」


「魔力を封じ込めた。これはペリグリンのボス、グライヴァイスをエクゾトレイブ送りにした魔法だ。彼は魔法を使えなくなっただろ? まさにその魔法が今の魔法だ」


 龍騎はそう言いながら、折られた腕に魔力を込めただけで元通りにした。スペルダーは慌ててザギロスの方を見た。ザギロスはその意味を感じ取り、首を左右に小さく振る。


「馬鹿な――。この私が魔法を使えない――」


 ザギロスはスペルダーに歩み寄り肩に手を置く。


「ボス。撤退しましょう。貴方が魔力を封じ込められ、水野龍騎が来た以上こちらの勝ち目は薄い。勝ったとしても大きな犠牲を払うことになる。今回は撤退し、個々の実力を上げて、いずれ奴等と交戦するときに、確実な勝利を手にすることが先決だと思います。今の闇の支配者ダークルーラーのNO.が最高のメンバーなので」


「しかし、今ここで撤退すると」


「次の場所はゲートにまた頼ればいい」


「そうだな――」


 スペルダーがそう呟いた瞬間だった。ちょうどこの地に降り立った一人の人物。長い顎鬚を蓄えている、黒のローブに身を包んだ小柄な杖をついた老人。頭にはターバンを巻いていて、老人とは思えないほどの鋭い眼光を放っている。


「諦める必要はないぞ。もうワシが手に入れたからの」


 その老人はそう言って、右手に持つ疾風の玉を見せびらかせる。それを見たその場にいた全員は驚いた表情を浮かべていた。スペルダーは眉間に皺を寄せて老人を睨め付けた。


「ゲート。貴様私たちを出し抜いたな?」


「ワシは全てを予測していたんじゃ。じゃから先に取る。何がいけないのかの」


 ゲートはそう言いながら疾風の玉を、赤子に触れる時のような優しい手つきで撫でる。


「それより。魔力を封じ込められたようじゃな。なあにワシにかかれば問題ない。少し時間はかかるが、アジトに戻り次第その呪いを解いてあげよう」


 その言葉は龍騎にとって聞き捨てならなかった。今までに魔力を封印した者は必ず魔法は使えなくなる。それを解くことができると目の前の老人は言う。ましてや、水神の爪アクエリアスクロウは神の能力。


「私の魔法を解くと言ったな?」


「ああ。そうじゃ。お主の魔法はどうも厄介じゃからの。ワシはその魔力を封印する能力を、解除する魔法を長年研究していたのじゃよ」


 ゲートはそう言って口角を吊り上げる。


 その表情はあまりにも不気味で、龍騎は凍えるような寒気を感じた。今のスペルダーに対してもヤバいという事は感じ取ることができる。優しさに包まれているような穏やかな魔力が、今や邪悪に染まっているからだ。しかし、寒気を感じ取るほどではない。闇の支配者ダークルーラーのメンバーの中にもそれを感じ取ることができる者はいない。それは、自分が脅威を抱いていないから。しかし、このゲートという老人には何か異質のモノを感じる。しかも昔感じ取ったことがあるような――。それが何なのか思い出すことができない。


 その感情を見透かしているかのように、老人は笑みを浮かべながら龍騎のことをジッと見ている。


「お前は一体何者だ?」


「なあに。闇の支配者ダークルーラーのNO.エーション。ゲートじゃよ」


 老人はそう言うと、メンバーの方に歩み寄り、宙に四角を描くと、やがてそれは拡大し、空間に大きな孔が空く。メンバーは次々にその孔の中に入っていき、最後にゲートが入るとその孔は完全に閉じてしまった。


 この場にいたみんなは動くことができず、ただ闇の支配者ダークルーラーが消えていく姿を見送っていた。

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