栄耀栄華と残山剰水


 『……なんだとおぉぉぉぉぉっ! 旦那様がいなくなったあぁっ!?』


 街を半壊させる程の大暴れを見せたヤキの乗り移ったニャゴリュー。怒りを収める為に全島民が服従の意を示してご機嫌を伺うも、青ジョリによって最も触れてはならない事実を耳にし再び激高! 

 だが、暴れる訳ではなく、ニャゴリューから抜け出すと、これまで一緒に住んでいたあの家にある安成部屋へ一人籠って誰とも接触しなくなってしまった。


 それから時が流れること数十年、各部族では世代交代も行われ、この街の祖を直接知る者も少なくなっていた。青ジョリはこの時点で既に他界、異世界人が消失したことで街の責任者の地位から追いやられると歌舞伎山の一合目中間地点を開墾、生涯をそこで一人寂しく暮らしたのだった。


 青ジョリの没後、タパーツやペット達も老衰でこの世を去ると、残るは長命種であるカットウルフのヤンキーとベアアップのショーキューだけが生き字引となる。


 ある日、もう役目を終えたと思ったヤンキーは、自分をミニバンから開放してくれた異世界人を称え、彼等が姿を現した歌舞伎山の中へ姿を消したのだそうだ。同じ様な境遇だったショーキューは、青ジョリが晩年を迎えた歌舞伎山一合目中間地点にある彼の家へ住み着いた。なぜなら彼はその時点でまだ寿命が半分ほど残っていたから。


 ― そんなある日 ―


 「もう我慢できんっ! 外洋へと繰り出すぞ!」


 アマゾネスの民が立ち上がったのだ! 

 人間の男性が皆無となったこのアオジョリーナ・ジョリ―村。異世界人が伝えた基礎科学を元に発展した科学力により、優れた遺伝子工学をも手に入れ、女性のみで存続するアマゾネス達は辛うじて人工授精といった形で種の存続を試みた。


 が! 先程も述べた様に、人間の男性はこの島に存在しない。いや、正確には只一人を除いてとの言い方が正しいのかも。そう、青ジョリである。

 

 異世界人が姿を消したのも、元はと言えば子種を摂取しようと暴徒に襲われた為(そう思われている)。苦肉の策とのことで青ジョリの遺伝子を使ってアマゾネスを存続していたのだが、彼のDNAは非常に強力だったのか、生まれる半数が青ジョリに似てしまった。女性なのにだ! つまり不細工を量産してしまったのだ! 

 いつからかアマゾネスイコール不細工の代名詞に!


 これまで種族維持の為だと我慢してきたアマゾネス族だったか、他の種族から虐げられるようになると、そこは戦闘民族だった彼女達、只ではすまなくなり、遂にそれが爆発した暴徒となってしまったのだ。


 黙って街を去るならば皆も黙っていたかもしれない。だが、ここぞとばかりに略奪をはじめ、それはもう地獄絵図に。どうせアオジョリーナ・ジョリ―村を捨てるのだからワイハー島がどうなろうと関係ないってなばかりに大暴れ! それを他の種族が黙って見ているだけのはずも無く、遂には内戦へと発展してしまった。


 異世界人が面白半分で伝えた技術が最終的に仇となってしまうといった悲しい結末に。そして各種族たちも極端にその数を減らし、もうあの輝いていたアオジョリーナ・ジョリ―村の姿はどこにもなかった。


 ドーラとミラカーは以前アマゾネス側についたため、異世界人が見限って消えたと思っていたから、今回は只見守るだけで、どちら側に手を貸すこともなかった。そして……


 {チュドオォォォォォォォォンッ! ドゴオォォォォォォォォォッ!}


 あちらこちらでキノコ雲を観測、ついに禁断の武器を使用してしまったのだ! あの中性子爆弾モドキを!


 もうアオジョリーナ・ジョリ―村はメチャクチャで街の形を成していない。その痕跡すら消し去ってしまったのだ! 


 ドーラとミラカーはニャゴリューに助け出されて歌舞伎山山頂へと避難。ヤキは家が焼失して初めて事の重大さへと気付く。唯一残った旦那様との思い出があるこの街が無くなってしまうと。


 霊体だった彼女はニャゴリューに憑依すると、その口から水を吐き続けて必死に消火活動へと取り組むのだが、焼け石に水で、一匹程度の放水では手の施しようがなく、遂にはニャゴリュー自体も力尽きて炎の中へと呑み込まれていった。


 尚も激しい爆発が続くと、地殻変動が起きて海面が隆起、大地が姿を現すと次々マグマが噴出! 溶岩が岸辺に到達すると、ワイハー島は島でなくなったのだった。


 それから更に数年が経過すると、島も落ち着きを取り戻し、次第に外からの訪問者が新地を求めてこの地をも訪れる様に。とはいえ、荒れた大地しかないこの場所、被害を免れたのは歌舞伎山頂上付近しかない。よって誰もが真っ先にこの山頂へと足を向ける。するとどうだ? そこには美しい二人の女性がいるではないか! 噂は忽ち駆け巡り、やがてこの山は有名な観光地となっていた。山小屋にはショーキューが一緒に住んでいたのも知らずに。


 人間があまり好きではなかったドーラとミラカーだったが、異世界人を敬愛するあまり、彼等の話を訪れる人々に語るのだった。それはやがて伝説に……。


 そんなある時のこと……


 『……お元気そうね』


 「!」


 突然現れたヤキに驚きを隠せない二人! 関わり合いが深かった彼女達はその姿を捉えるも、言葉が喉を通らない。悲しみや嬉しさの混同した複雑な気持ちのせいでどんな言葉を掛ければいいのか分からなかったのだ。そもそも街が消えてなくなったのは全員のせいで、決して暴れたヤキや暴動に参加したドーラとミラカーだけが悪いのではない(と本当にそう思っている)。なによりも大好きだった異世界人の残した痕跡を全て失った悲しみを共有するごく限られた存在。そんな両人が再び相まみえたことで、きっと感動以外の感情が表せなかったのだろう。


 それ以来、暫く共に生活するも誰もが心にぽっかり大きな穴を抱え、決して満たされる事などなかった。


 そんなある日……


 『……ねぇみなさん、今日はお休みしてみんなで聖域へとお出かけしない? ピクニックよピクニック!』


 聖域とは異世界人が姿を現した辺り一帯。つまり歌舞伎山一合目半分付近である。


 「サンセー! 行くー! もしかしたら主人のなにかが落ちてるかもな!」


 「行く行く行くーっ!」


 「ワイも行くでクマー! 今家がどうなってるか確認したいでクマー」


 『……みんな旦那様絡みだと燥ぐわねー? では準備しましょう!』


 こうして頂上の山小屋を閉めると、全員仲良く一合目中間付近へと向かって山を下るのであった。



 ― 一合目 ―


 「ちょっと待ってショーキュー、私とミラカーで少しサンフラワ摘んで行くからアナタは幽霊と一緒にご飯食べる場所を見繕っておいて」


 「分かったクマー! 家がどうなっているかも確認したいクマーし、ささ、ワイの体に入ってクマーよヤキさん」


 『……そうね。それならば絶対にはぐれないし』


 「用意はイイでクマー? だったら行くでクマーよ!」


 やけに張り切るショーキュー。全員で遊ぶのにハイテンションとなったのか、将又尊敬する異世界人のことでなにかをするのに気分が高揚したのか、とにかくウッキウキで大興奮! 大地を蹴り上げる四肢の力強いこと力強いこと!


 「もうすぐ中間点付近だクマー! 一気に行くでクマーッ!」


 さらに加速するショーキュー! 山道をこの速度で駆け下りるクマに人間が敵うワケないと思い知らされる速度で!


 その時だった!


 「グヘニャッ!」


 「あっ!」

 {グキッ}


 なにかを踏んずけたショーキュー。自由落下をも超える速度で走っていたためにバランスを失い、そのまま登山道を外れた場所に生えている一際でかい木に向かって一直線!


 「あかんクマーっ!」


 {ドゴォンッ!}


 真正面からぶつかってしまった。


 

 こうしてショーキューは失神した。

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