猫と熊


 『……あの、旦那様? 今から山に登るんですか?』


 「あ、ヤキ! 今までどこ行ってたの?」


 今朝から一度も姿を見せなかったヤキだったが、ここで漸く僕達の前へと現われた。てっきり成仏したかと思ったのに。


 『……いーだっ! 絶対成仏なんてしませんからねーっだ! 未来永劫つきまとってやるんだからっ!』


 「フッ、一体なんの話をしていたのかは知らないけど、三河君も厄介なストーカーに……」


 『……おい、黙らんと祟り殺すぞ?』


 「奴隷とお呼びくださいヤキ様」


 ヤキを認識しているモッチーでも、僕の心の声までは届かない。これはヤキにだけある特異な力。そう簡単に誰でも心を読まれてたまるか!


 「?」


 しかしここに一人、不思議ちゃん全開の顔をしている者が居た。青ジョリである。


 「あの、モッチーの兄貴。三河さんはどこか具合でも悪いんでっか? ブツブツ独り言を……」


 「あれ? 青ジョリってヤキ見えないの? 乗り移られたからてっきり見えるもんだと思ってたよ」


 「ヤキ? それは一体どんな動物でっか?」


 「なーいしょ! きっと青ジョリもそのうち見える様になるよ」


 「はぁ?」


 それよりも先程ヤキが心配そうに声を掛けて来たのが気になるな。それに何処へ行っていたのかも聞きたいし。


 『……ちゃんと話しますよ旦那様。本当に心配性なんですから』


 「ちぇっ」


 まったく……彼女の前では何も考えられないな。早いところ無我の境地を極めなければ。出家でもして……っつーか、今この状態が修行と何ら変わんないし。……あーもうっ! なんとかしてっ!


 『……フフフ。いえ、あのですね、今朝から昨日の場所を少し調べて回っていたんですよ。この山は危険ですよ! 野生動物がワラワラいますもん』


 「それって僕達の知ってる動物?」


 『……いえ、少なくとも私が知っている生き物は一匹たりとていませんでした。問題なのは、どう見ても肉食系のソレが徒党を組んで山中を徘徊しているんです! 昨日ここにくるまで出会わなかったのは幸運の一言ですよ?」


 「マジ!?」


 この後青ジョリにも確かめたが、同じことを口にした。野生界では生存競争が激しく、常に弱者は強者の糧になるんだと。青ジョリ自体も腕っぷしにはそこそこ自信があるとはいえ、やはり多勢に無勢、周り全て敵だと生き残るのは不可能らしく、渋々麓に根を張っているのだそうだ。


 『……後ですね、あの場所に白黒の猫が一匹居座ってるんですよ。不思議とその周りには野生動物も近寄らないみたいみたいで』


 「猫? クマじゃなくって猫?」


 白黒の猫? なんとなーく覚えがあるような無い様な? 知っている様な知らない様な? ハテ?


 「まーさ、ここでグダグダやってても仕方がないから一回行ってみようよ。で、陽の高いうちに帰ってこよう。最悪の場合は……ヤキ、頼んだよ!」


 『……は、はい! 旦那様の為に命をはって頑張りますっ!』


 「いや、ヤキさんもう死んでるじゃないですか」


 『……ホントに一回地獄にくるかキモッチー? その気があるならいつでも連れてってやるぞあぁんっ!?』


 「ヒ、ヒィッ!」


 ヤキはいつの間にかボロ皮バージョンとなっていた。そりゃモッチーも縮こまるでしょ。……でも、そんな姿のユーはあまり見たくないよ。ヤメテ! ボロ皮! ダメ! 髑髏!


 『……後は……これはいいかな。然程重要と思えないですし」


 この間ずっと口を開けたままこちらを見ている青ジョリ。そりゃヤキが見えなければそうなりますわ。僕達を裏切らないよう、釘を刺す意味でも少しだけ教えておくとしよう。


 「ハハハ、不思議そうな顔してるね青ジョリ。実はこの場に僕とモッチーしか見えない第三の人物がいるんだよね。だから青ジョリがなんか悪い事しようと考えても全部筒抜けだよ。イザとなったら乗り移ることも出来るしね。青ジョリには身に覚えがあるんと違う?」


 「!」


 昨日の出来事を思い出したようだな。モッチーに抑えられた後、全身に力が入らなくなったあの瞬間を。


 「そうだ! 山を案内してよ青ジョリ」


 「へぇ……えぇっ!?」


 「だって青ジョリ強そうじゃん。僕達はまだこの世界をあまり知らないし、遭遇するであろう動物達や植物の危険性も分かんないしね」


 「はぁ? まぁ、案内ぐらいなら別にいいでさぁけど……」


 「よしじゃあ決まりっ! 早速準備を整えよう! 急げモッチー!」


 「サーィェッサアァァァァァッ!」


 『……なんだそりゃ? シネッ!』


 こうして僕達は青ジョリに教えを請い、山へと向かうのであった。



 「それにしてもさぁ、こんなナイフ……いる?」


 「ははぁーん、ビビりまくりやがりましたね三河君? そいつは最低限の護身用武器ですよ? まぁ僕としてはアナタが食い殺されようが腸を引きずり出されようが、あろうことか八つ裂きにされてハンバーグにされようが関係ないですしね」


 「……ちぇっ、分かったよ。でもコイツは最後の手段だな。出来る限りこのこん棒で……」


 「お、撲殺ですか? さすが三河君、分かってますね? そいつでジワジワと弱って行く様を見ながら殴り倒すんですね? あー! 考えただけでもゾクゾクするぅっ!」


 モッチーはマジ最低だな。もしこれらの道具を使う事があるとするならば、一番最初はお前が餌食となるだろうよ。


 『……旦那様は危機感が足らなさすぎです。もし死んでしまったらどうするんですか? あ……そうなれば霊となって……』


 「よし、ナイフの準備オッケーッ! なんでもかかってこいやぁ―――――っ!」


 「これから君を追い込むときはヤキさんに頼みますか。ねぇ三河君?」


 「…………チッ!」


 こんな会話をしながらも、僕達はどんどん山の中へと進んでいく。目的地点が一合目中ほどだったのが幸いした形となり、数十分ほどで到着。



 「ハァ……ハァ……あ、青ジョリ速いって……ぉぇっ」


 「へぇ、これでもアッシは気を使っていつもより遅く歩きましたが?」


 「それ以上言うんじゃないブルー! 三河君にこれ以上恥をかかせるな! いくら体力がそこらの田舎アイドルより少なくても、あの鬼婆ですらひれ伏すという邪念のこもったチンチンがあれば……」


 「だまれ!」


 {ガスッ}

 「ぎゃあぁっ!」


 お前の方が余程僕に恥をかかせているではないかモッチー! この踵落としでヤキにあの世まで連れていかれろや!


 『……お断りします。私にも選ぶ権利があるんですからね!』


 「あぁっ! なんか聞こえた! アッシにも聞こえましたぜ三河さんっ! 女性の声で……」


 やはり青ジョリもヤキの存在に近づいたと見える。そりゃ体を乗っ取られたり、これだけ僕達と接すれば……ねぇ。


 『……ほほぅ、ヌシはわらわの声が聞えたと言うのかえ? となれば祟られたのであろう』


 「えぇっ!?」


 『……まず最初に何処から頂こうよな? その青みのかかった眼玉など美味そうじゃの? いやいや、それとも青い皮をはいでその下にある筋ばった肉を骨ごとしゃぶりつくすのもありかな?』


 ヤキにしては珍しく悪乗り。とはいえ、その冗談がやけに怖いんだけど。リアリティー在りまくりなんだけども!?


 「お許しおぉぉぉぉっ! ア、アッシはこれから三河様の為に尽くしますんでどうかお命だけはあぁぁぁぁっ!」


 『……よう言った! もしその方が裏切る素振りを見せようもんならば即祟り殺してやるから心しておけ! とは言え、三河様ならば学ぶことも多いじゃろうて。必ずその見返りがくると、わらわが保障してやろうぞ』


 「ははぁぁぁぁぁぁっ!」


 バカかよ? 永遠に〝劇団ヤキ〟をやってろ! 次は〝青ジョリキング〟を練習しとけや! まったくもう!


 良いのか悪いのか、ヤキの卑劣な手口によって僕はこの世界でもモッチーみたいなヤツを手に入れたのだった。

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