不雷英美と吹雪山


 「やばい東!」


 どこからともなく大好きなあのコの声がする。暖かさから想像するに、もしかして抱かれてる? いつの間に眠ってしまったのだろうか私ってば、テヘ! 勿体ないとばかりにゆっくり目を開けると……


 「う……うん? あ、あら三河く……ってギャアァァァァァァァァァァァッ!」


 クマじゃん! 彼もいるけどクマに追いかけられてるじゃん! しかもあれって羆と違うの? この辺りには月の輪ちゃんしか生息していないはずなのに! それにしても大きすぎじゃない!? それにどうやら私は三河君に抱かれてるのではなく、海道君に背負われているみたい! 緊急事態だってゆーのにこのバカは何をのんびり構えて……


 「な、なんだよ不雷先生、暴れるなよ!」


 「ババババババカ海道君! ああああれあれあれ見てえぇぇぇぇっ!」


 この直後、再び私は意識を失くしてしまった。



 ― 数分後 ―


 「う……うーん……」


 どれだけ気絶していたのかは分からないけど、感覚から多分5分も経ってないはず。目の前からチカチカが姿を消すと、ようやく視界がハッキリとしてきた。同時に頭部へと痛みが走る。


 「いったぁー! ちょっと海道君、アナタの頭に……あれ? ちょっとどこよ? 三河君もどこいったの?」


 辺りには三河君どころか、私を背負っていた海道君の姿さえ見当たらない。そしてクマも……!? 


 「もしかして二人ともクマに攫われた!? どどどどどどどうしよう!?」


 パニックになって辺りを見回すも、それらしい人影はどこにもない。その時!


 {ガサガサガサッ}


 「ヒイッ!」


 ビックリしたー! 超ビックリしたー! マジビックリしたっつーの! 


 「あ、あんた何? もしかしてカワウソ? カワウソってこんな山の中じゃなくて川泳いでるんじゃないの?」


 「チューチュー」


 てっきりクマがまた襲って来たと思った。ところが登山道に現れたのはとても可愛らしいカワウソちゃん。それにしてもチューチューってネズミみたいな鳴き声なのね。初めて知ったわ。


 「え? なに? もしかして……」


 そのカワウソは私についてこいと言っているみたい。時々二本足で立っては手招きをするし。もしかして三河君達の居場所へと案内してくれるのかしら? ちょっと怖いけど、ついていってみるかな。


 「わかったわよ! アンタを信じたから裏切らないでよね!」


 カワウソはまるで私の言葉を理解したみたいに、直後麓へ向かって走り出した。


 「ちょ、ちょっと速いってば! もう少しゆっくりと……」


 するとどうだろう! カワウソは言われた通りに速度を落としたの! これは間違いなく私の言葉が通じている証拠ね! ってか、本当に不気味なんですけど? 


 それでもあのカワウソについて行くしか今は選択肢がない。迂闊に歩き回ってまたあのクマにでも出会ってしまったらそれこそ無事に済むわけがない。あのカワイイ見てくれで裏切るハズないから今は信じるとしよう。まぁ、もし裏切ったら口から手を突っ込んで内臓引きずり出してやるけどね! ウフフ。


 「それにしても静かね。他の登山客っていないのかしら? 麓ではそこそこいたと思ったけどな」


 異変に気付いたのは山をくだり始めて10分もしたころだったわ。〝吹雪山〟登山道の1合目は只管雑木林の中を歩くことになる。日差しも所々しか差し込まないから日中でも結構薄暗いはずなんだけど……それがどう? それとは全く逆で、登山道こそ薄暗くあるものの、下へと降りるにつれ、周りは草原のように平坦で明るい場所が増えてきたし。こうこうと陽が射しているのはなぜ?


 「これって本当に〝吹雪山〟? それに一面咲いてるのは向日葵よね? だけど凄く小さい……」


 私は不思議に思い、一旦足を止めて今度はその向日葵が咲く平原へと方向を変えたの。


 「キレイ……」


 小さくて一面に咲く向日葵を見て感じた言葉が無意識に口から出たの。大きくても足首ぐらいまでしかないその花を摘もうとして腰を曲げた瞬間、それは起きたの。


 「ピュイィィィィィィッ!」


 「ぎゃあっ!」


 元々小さかった向日葵が見る見るミクロになって行く。これってもしかして空を飛んでる? 腰のあたりをロープで締め付けられる感覚……あ、別に変な性癖があるわけじゃないのよ? あくまでもこうなんだろうなぁって想像でのことよ! 


 「あわわわわわわわわわ」


 完全に全体を上から見られるまでの高さまであがってしまった。ここまでくれば怖さなど無く、逆に開き直れるってもの。どうせ落ちたら死んじゃうんだし。せめて私をこんな状況に曝したコイツの正体を拝んでやろう!


 私は首だけをゆっくりと後ろ(上側)へと向けた。


 「ホークじゃん……。しかもむちゃむちゃデカいし」


 この時点で私の人生終了確定。あー、どうせならボーナスステージ確定の方が良かったなぁ。きっと巣に連れ去られてチビッ子のお食事になるんだろうなぁ。身を少しずつ食いちぎられて絶叫の内に絶命するんだろうなぁ? きっと痛いんだろうなぁ? ちょっと興味あるかも……。いやいや、そうじゃなくって! それなら真っ逆さまに落ちて痛みも何も分からないうちに死ぬ方が楽なんじゃないの?


 「へー、ここは島になってるんだー。死ぬ前に綺麗な景色が見られてよかったわー」


 覚悟を決めた私だが、ここであることに気付いた。


 「むむ? 島だって?」


 〝吹雪山〟は離島ではなく本州ど真ん中辺りに聳え立つ。決して離れ小島にある山ではない。上から見ると少しワイハーに似ている気もするが、それもまた違う。街などのビル群が全く見えないし。もうなにがなんだかワケが分からないわ! どうにでもなれっ!


 半ばヤケクソになった私は暫しの間、空中旅行を楽しむ事にした。それにしても綺麗だわ。



 知らない間に寝てしまった私。寒さで目が覚めると、ホークは降下体勢に入っていた。下には小さな島が見える。


 「最初の島と比べて随分小さい島ね。きっとそこに巣があるんでしょうけど、どうせやられるなら子供の一匹二匹ぐらい道連れにしてやるわよ! 覚悟しなさいよねっ!」


 島の中心辺りに小高い丘が見えてきた。どうやらあの天辺にある草で覆われた場所が巣ね! どれ、ひと暴れしてやるか!


 思った通り、下にはピーピーまだかまだかと大口を開けて餌をせがむ小鳥の姿がある。とはいえ、既にその大きさは私など一飲みしてしまいそうなカバをも上回る。こりゃ暴れるどころか丸飲みされて終わりだわー。


 「お母さん、こんな不幸な私を許してね。それと三河君、来世では私を選んでね……」


 覚悟を決めたその時だった!


 「ウガアガアアアッ!」


 {ガサガサガサッ}


 巣の周りからアリンコのように人間が湧きだしての大騒ぎ! 上半身裸のオッパイ丸出しで、見るからに原住民風な身形。手にはヤリや剣などの武器を携え一斉に鷹の親子へ襲い掛かったの! これってもしかして狩り? でもとても助かったとは言えない状況。捕食者が動物から原住民へと変わっただけ。どうせ食べられちゃんだわ私。いや、もしかして男どもに犯され、挙句の果てには……


 「ウガガガウガッ」


 悲壮感駆け巡る私に一人の原住民が手を差し伸べた。どうやら狩りは終了したようだ。きっと私も獲物の一つなんだろうな。


 「ウーガウガガ?」


 「私と同じ言葉を話しなさいよ! 何を言ってるのか全く分かんないんだからね! さあ、好きにしなさいよっ!」


 俎板の鯉となるはずだった私だったが、誰も何もしようとしない。それどころか、全員が心配そうな面持ちで私に目を向けている。そしてこの時、原住民全てが女性だって事に気が付いた。


 「も、もしかして助けてくれたの? わ、私……私っうわあぁぁぁぁぁぁぁんっ!」



 こうして私、不雷英美はアマゾネスに命を助けられた。

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