ババァと立場
その中は1メートル四方からなる扉で隔離された空間とは思えぬほどの広さがあった。
「凄いな!?」
ちょっとした教室一室ぐらいはあろうか? 壁や屋根にはこれでもかというぐらいの金箔が貼られており、どこぞの謀反人がチョビ髭公に言われて当初タヌキ公を迎え入れようと拵えた部屋は、まさにこんなのであっただろうなと思えるぐらい豪華絢爛。
動物の骨を用いて作られた禍々しい椅子は強者の証しか? それとも威厳のみでの見せかけだけか? 部屋の中心辺りに置かれたその椅子に座る一人の女性。両脇に武具を纏った護衛がいることから間違いなく彼女が族長と推測される。長らしく迫力ある顔に丸太のような腕、雪だるまを思わせる脚にはお守りなのかミサンガ的なものが撒きつけてある。食い込んで壊死寸前だけどそこは気にしないでおこう。味付け海苔を少し齧ったぐらいの男性ホルモンをふつふつと感じさせる剛毛な眉毛につぶらで離れ気味の小さな瞳。鼻は完全に上を向いていて且つ耳まで裂けるような大きい口。
……ブサイクじゃね? 族長なのにブサイクじゃね? 普通こんなときは〝絶世の美女〟とか言われるのが族長じゃね? ってか、超絶不細工じゃね? どこからどう見ても不細工じゃね?
「ブサイークよ、もう下がってよい。そこを私と変わるのだ」
本当に彼女の名は不細工だった。
「ははっ!」
それよりも驚くべきところは別にある。今、不細工に声を掛けたのは、こともあろうか僕の腕を掴む人物、あの使者だったのだ!
「えぇっ! アナタは使者で族長が……えぇっ!?」
頭が混乱してきた。要は使者の彼女が族長ってことでオッケーなのかな? だとすればアオジョリーナ・ジョリ―村は街を上げてアマゾネス族を侮辱していたワケだ。
「お客人は彼女の前で跪いてくだされ。それが我が国の習わし故」
「嫌です」
イヤという率直な意見が思うよりも先に言葉となって口から零れる。なんで僕が頭を下げなきゃいけないのだろう? 別に交渉なんて正直どうでもいい話。モッチーのバカが粗相したと思い込み、お詫びのつもりでここまで来たが跪けとまで言われる謂われも無い。それに街全体でやらかしたのならば跪くのは村長である青ジョリの仕事となり、僕の役目ではない。……と思う。
アマゾネスと良好な関係を築く? 知るかっ! それに僕は女難の烙印を体に刻みつけられた身で女性絡みだとろくなことにならない。なんかだんだんイライラしてきたぞ?
「な……なんと無礼な! いくら客人と言えど、我が族長を愚弄するなど許すまじ!」
「おいおいババァ? 言ってる事がチグハグと違う? いうなれば僕は騙されてここに来たんだよ? その使者兼族長さんにね! それがこともあろうか跪けとはどういった了見だあぁん? 話を聞いてほしかったってのはもうどうでもいいってワケか。だったら帰るからな!」
なんだかバカにされたようで無性に腹が立った。元々モッチーの件を除けば彼女達へ縁下る謂われも無い。族長にしても僕がこの船まで来なければ彼女だと知ることも無かった。それに面会を求めてきたのだってアマゾネス側からであって、こちらから接触したワケでもないし。
「無礼者! 族長の御前じゃぞ! その態度は最早死罪に値するわ! 呪術師を! 早急と呪術師をこれに呼べっ!」
「お、なんだババァやる気? アマゾネスの歴史を今日で終わる気か?」
とは言うものの、奥から奥から戦士が湧いて出てくる。いくらヤキがいるといえ、このままでは圧倒的に不利。ならば指揮を執るババァにヤキを乗り移らせて大暴れさせるか? いやいやいや、そんな無茶をしなくとも後ろにある小さな小窓から今すぐ脱出すれば……
「静まれっ! 静まらぬか皆の者よっ!」
「族長! それではあまりにも我がアマゾネスを蔑ろにした……」
「何度も言わせるなババよっ! 戦士共もその場で待機するのだ!」
族長は大声で全員を諫めるのだが、その魂胆がどうにも分からない。止めるならばもう少し早くするのが互いの為。しかも場にいる全員の気分が高揚したこのタイミングに敢えて水を差す? うーむ?
「申し訳ない三河さん。本当ならばもっと早くこうするべきだったが、もしかして私の意のままになるのではとの考えが少し過って判断するタイミングが遅れてしまった。怒らせるつもりは無かった」
「黙って言うなりになったら奴隷にでもしようとしたの? その時点で僕の秘密兵器が火を噴いて村は消滅しちゃうって知ってて? それとも青ジョリ達との話を聞いたうえで僕を下に見た?」
これには見る見る茹蛸へと顔色が変化するババ様。なにせ部族長が僕の前で土下座をかましてるし。
「ぞぞぞぞぞぞぞ族長っ! こないな小童に土下座など、民が許してもこのババは許しませんぞおぉぉっ!」
青筋立てて怒り狂う婆様は、なにか切っ掛けがあればお一人様であの世へと旅立ちそうなほど。普通年を取ればとるほど温厚となるのだけど、この人は今でも血気盛んなアマゾネスの女戦士なのだろうか? にしてもクサイっつーの!
「あー、ヤキ。ちょっとお願い」
『……アイアイサーです旦那様』
何よりもイラつく口臭に罰を与えようか。頼むよヤキさん、やっておしまいなさい!
「あっ! な、なんだこれ……うぐっ! ……ハ、ハハァ―。ワシは旦那様に一生この身を捧げよう。死ねと言われれば今すぐこの場で自刃して果てようぞ」
梅干し口クサ婆さんはその場で土下座をした。
「!」
「……お、お前たちも今すぐ頭を下げるんじゃ! 剣など直ぐにしまえバカモノメらがっ!」
先ほどまで僕を殺すほどの剣幕だった婆様は、手のひらを返したように兵士へ土下座を強要。瞬く間に彼等は床へと伏せ、そこには鎧の絨毯が出来上がる。しかも全員僕の方を向いて。なにこれ超気持ちいいんだけれど!
「バ、ババよ! 一体どうしたというのだ?」
「ご安心を族長。このババ、至って正常ですぞ」
プププ。これのどこが正常? やりおるなヤキめ!
「もうそろそろ出てもいいよヤキ。ありがとね」
彼女はスゥッとババの体から抜け出した。となれば当然、
「あがっ! うがが……がはっ! ぐぎぎ……か、体が動かんっ! な、なにをした小童よ!」
「ババ様があまりにも聞き分けないから少しの間、意のままに操らさせて貰ったよ。土下座の態勢でね」
「な、なんだとっ! なんたる屈辱! 小童を殺して……」
「そろそろ気付けよババァ。動かない自分の体にひれ伏した戦士たち。その中心に胸を張って堂々と構える僕を目にして力関係が読めないならば、アンタはタダの愚か者。もしこの先アマゾネスが絶えるとすれば、判断を誤ったことによる滅亡、つまりババァの責任って事だよ。わかる?」
オリーブオイルを口に含んでいるかのように滑らかな動きをする僕の舌。今日も二枚舌は絶好調! だけど少しだけ強引だったかも。
「あ、それと僕には不死の王がついているから。四六時中守ってくれるし」
(ヤキ、ちょっとあの姿をババァに見せつけて!)
『……アイアイサーです旦那様』
「…………」
お気に入りなのか、いつにも増して間抜けな返答を口にするヤキ。まぁいいんだけどね別に。そして……
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
アンデッドムービー上映開始。初っ端から悲鳴が会場一帯を覆う。ババァ一人の悲鳴だけだけど。
「お、お助おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「どうしたババっ! 私には何も見えんぞ!? なにを取り乱しておるのだ!」
そりゃターゲットはババァだけだもん。族長には見えないハズだし。
「わ、分かった! 何でも言うことを聞くから……ババを、ババを元に戻してっ!」
「オッケー、言質とったヤキ? それともういいよ。お疲れさん」
『……お役に立てましたか?』
「充分過ぎる程にね!」
ババァはその場で泡を吹いて意識を消失。そうとう怖かったのだろう。もうすぐ自分がその姿へとなるだろうに。
数人の戦士が駆け寄り、果てたババを取り囲む。誰もが彼女を介抱をしようとしたその時! 裏手から奇声を発しながら一人の人物が室内へと入って来た!
「おっ、お待たせしましたあぁぁっ! じゅ、呪術師けんざあぁぁぁんっ!」
先程ババァが呼んでいた呪術師様の遅い到着。相当信頼を寄せていたようにも見える。いったいどんな力を持っているのか? なにせババァは今、気絶中で確かめるのも無理。ちょっと早まったかな。
「ぞ、族長に仇なすキサマはっ……キサマ……あ、あれ?」
「げげっ!」
「も……もしか……して……?」
頭のおかしいダラっとした暗い色の布切れを纏った格好に複数重ねられたネックレスだか首輪だかわからないもの。その手にはしゃれこうべを握り、もう片方の手には拳大の水晶を。手入れのされていないボサボサの髪には色とりどりのヘアバンドが。その姿はいつかテレビのドキュメンタリーで見た未開の部族が崇拝する呪術師そのもの。しかもその人物こそ、何を隠そう……
「エ、エビちゃんっ!?」
不雷英美その人であった。……なにがあったエビちゃんよ!?
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