ドーラとミラカー
「おーいモッチー! 今帰ったよー!」
あれから一夜明け、一旦青ジョリ村へと帰したベアアップが仲間を数匹連れて戻ってきた。彼等には悪いけど、休む間もなくブーを20匹ばかり手にすると、再び村へととんぼ返り。この時、残りのブーは柵をオープンにしたまま置いてきたのだが、今更野生に戻れるのだろうか? 食料の足りないときに再びここへ捕まえに来れる程繁殖していたらいいなとの自分勝手な願いだが安直すぎかな。それと例の二人も……
「あっ! その二人の女性は誰ですか? ムチャムチャ美人じゃないですか? またですか? またなんですか!?」
そうなのだ。当初シワだらけの干物で分からなかったが、肌艶が戻ると、それはもう見違えるほどの別嬪さんに。しかし元の姿とそのワイルドな性格を知っているが為、とてもこの二人を女性とは見れない僕だった。
「な、なんだアイツ? お前の仲間か?」
「あー、うん。まぁ……」
露骨に嫌な顔をするドーラ。モッチーのバッシブスキル〝忌み嫌われ者〟がここでも効力を発揮か? つか、冗談のつもりだったけど、本当に習得してるんじゃね?
「だいたい一週間もどこほっつき歩いてたんですか? 三河君がいない間に村はすっかり町へと様変わりしましたよ?」
「へ? 一週間? お前何言ってんの? 頭パーになったんじゃ?」
不思議そうな顔のモッチー。しかしそれは僕にではなく、ドーラとミラカーに対して。そう、ここまで彼は一度も僕を見ていないのだ。すーっと二人の女性に視線が釘付けで。キンモ!
「三河君こそ何言ってるんですか? 君が出発してから三日の後、ベアアップだけが戻って来たと思えば、今度は仲間を引き連れて直ぐに出て行ったし。てっきり見捨てられたかと思いましたよ」
あのベアアップめ。モッチーへの言付けを忘れやがったな? それとも近寄るのも嫌だから敢えて無視したとか? どの道モッチーに報告が届いてない事だけは理解した。
「いやいやいや、何を言ってるのモッチー?」
「だってそうじゃないですか? それから今度はまた三日間音沙汰無しで、帰って来たかと思えば二人の美人さんと一緒だし……グヘヘ、相当お楽しみだったようで?」
急に下衆な顔をしてキモい親父笑いをするモッチー。勿論彼の顔は僕に向いておらず、未だドーラ達に向けられている。ちょっとお仕置きが必要だなこれは。
「チッ! ……なあドーラよ、殺さない程度にモッチーの血を吸ってやりな」
「絶対イヤッ! コイツの血を飲むぐらいなら干からびて死ぬ方を選ぶねアタシはっ!」
「!」
思わぬ答えが返ってきた! 間違いなくこの世界でもモッチーのキモさは通用するのを確信! もしかして違う意味での覇王となれるのでは?
「血を飲むって……それはどういった意味ですか三河君? もしかして新手のプレイかなんかで?」
「あー、そんなことどうでもいいじゃん。それよりさ、一週間経ったってどういうこった?」
町の景観を見るに、一日以上の日数が経過しているのも理解できる。なぜなら僕達が出発した時よりも遥かに発展しているから。家なんて複数階のやつも建てられていて、こうなるともう、ちょっとしたマンションでは? だいたいだ、仮に一週間経ったとしても、この発展スピードはあり得ないだろう?
「ここの動物達凄いんですよ! 全部に二足歩行を教えたら格段に個々の能力が向上しましたよ! それにちょっとヒントを与えるだけでなんでも熟す器用さも持ち合わせているんです! しかも勉強熱心で、僕だって知り得ない技術までいつの間にか考案し、気付けば当たり前のように使ってるんです! 僕は動物の進化を目の当たりにした感じですよ!」
「で、一週間でこれだけのものが出来たと?」
「そうなんです! 次は政治をですね……」
大興奮のモッチー。尋ねた事と違う答えが返ってきたが、それ程までに伝えたかったのだろう。おかげで町の発展も多少理解できた。しかしそのスピードはどうにも理解し難い。それとこの時間経過の違いって……。
「帰って早々だけど、早速会議だモッチー! ねえ青ジョリ、各種族長をお前の家へ集めて。それとベアアップ達はガハラセキ村でやったように、どこか空いてる場所を探して柵を作ってその中へブーを放してもらえる?」
「サーイエッサー!」×複数
「だれがサーだよ?」
『……ウフフ。旦那様の事ですよきっと』
「ふざけんなよヤキ? この世界に本来僕達は必要ないんだからな。仮に統治させるんだったらやはりここの住人でないと。……みんなも会議始めるからさっさと青ジョリん家へ行くよ!」
この日の会議は夜通し続いた。僕達がガハラセキ村で経験したことを全てモッチーへ、彼からはこの一週間に村で起こった全ての出来事の報告を。時の経過についてはハッキリした結論が出なかったものの、この村周辺は他の場所と時間の流れ方が違うのだけはこの場にいる全員が理解。それでも何故と聞かれれば誰も説明は出来ないのだが。ともあれ、動物達の進化もさることながら、初日にしたモッチーの怪我がすぐ治ったことなど、なんらかの力が働いているのは間違いない。これ等に影響を及ぼすのは時間としか……。
「分かりました。それらは追々調べるとしましょう。で、三河君、君の後ろに控えている美女の説明をお願いしましょうかね?」
やはり来たか。なんか面倒だな? 適当に答えとく?
「この二人は殺し屋だよモッチー。どこぞの機関に頼まれてお前を暗殺しに来たんだってさ。で、その前に僕が説得して今は心強い味方となってくれているんだよ」
「!?」
ハトが44マグナムを喰らったような顔をするモッチー。いくらなんでも信じるワケが……
「ありがとうございまあぁぁぁぁぁっすみ~~~~か~~~~わ~~~~く~~~んっ!」
大号泣! モッチーはその言葉が示すとおりに僕へと泣き縋った。マジか? こんな適当な作り話を信じたの?
「おい主人、このキモい生き物はなんだ? コロしていいのか?」
「あー、その時が来たらお願いするかもねー。でも今はまだいいや」
見るものすべてを凍えさせてしまいそうなドーラの瞳がモッチーをホーミング。本当に殺しかねないな。そう思った時だった。
「ドーラ様、私を下僕に……」
突然僕に向かって土下座をするモッチー。正確には後ろに控えるドーラに対してだが。
「おい。もしかして変な力使った? モッチーの様子が変じゃんか」
「あー、アタシの目を見過ぎたんだろ? 虜にされちまったんだよきっと。にしてもキモイなぁコイツは?」
「なに? お前の目を見るとそんなんになるの? アブネーなーオイ! さっさと解除しなよ!」
「チッ! 本当は触るのも嫌なんだが仕方のない……」
ドーラはそう言いながら片方の足を高く上げる。そのまま……
{ドガッ}
「ギャッ!」
モッチーの頭頂部へと急降下。ほんのちょっと目玉が飛び出るぐらいで済んだものの、一般人なら即死レベル。改めてモッチーの強靭さを思い知る。
「あ、あれ? 僕今なにを?」
「本当はここまでやんなくてもいいんだけどよ、頭頂部へそこそこの衝撃を与えれば戻るんだよ」
なるほど。コレはいい事聞いたぞ。時々利用させて貰うとしよう。それにしてもドーラは口が悪いな? いや、これは僕のイメージだっけな? うーむ、なにがなんだかサッパリ。
「ねぇモッチー、この二人の住む家ある? 一応面倒見ようと思って」
でなければ、またどこで人殺しをするやも知れないし。ヤキのおかげで口は悪くとも普通に会話が出来るが、この場にいるどんな生物よりも危険度は高い。……あれ? コイツらたしかミニバンにビビッて……。となればそれを倒したヤキは……? ちょっと確かめてみよう。
「ねぇドーラ。お前ってデカいカットウルフにビビッて隠れてたんだよね?」
「ああそうだよ」
「あれってもうこの世にいないって知ってた?」
「……ああ」
レレレ? だったら何故に暴れ回らないの? 僕なんかに従ってるの? 僕の後ろにヤキが控えてるから?
「お前は人間である僕にひれ伏して悔しくないの?」
「あのな主人、アタシはアンタの影に潜む恐ろしいい形を持たぬものに力で負けたんだよ。その時に村で大暴れしたカットウルフをそこの一際デカいベアアップが一撃でやったのを見せられたんだけどよ、あれってアンタの影が乗り移ってやったんだろ? そんなんに勝てるわけないじゃないか? で、その影が心の中で言うのよ。〝三河様をご主人さまとして崇めろ〟と。強き者に弱者が従うのは自然の理。影が崇める主人にアタシらが逆らえるわけないだろ? これは妹も同じなんだよ」
よかったー! ヤキと知り合いでよかったわー! これからはもう少しだけかまってやろう。
『……今のままでも十分ですわよ旦那様。ヤキはたっぷりと愛を頂いております』
「ちぇっ。あんま恥ずかしいこと言うなよな」
こうしてまたも最強の手下を従えた僕だったが、そんな話はどうでもよく、ヤキとの絆がより一層深まったことにちょっとだけ照れくさいと思う事の方が大問題であった。だってアイツ幽霊だし。それとモッチーの土下座を見て、なぜか胸がスーッとしたのだった。
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