貴方が団長です


 連行れんこうされたギルバートは、有無をいわさず、式典用礼服に改めさせられる。

 漆黒しっこくの団長服は、長身のギルバートによく似合う。

 鋭い眼光のまま、窮屈きゅうくつそうにネクタイを締める彼に、エリオットは淡々と告げる。


「お時間です」


 それには答えず、片頬を皮肉気にあげると乱暴に髪を撫でつける。

 犬歯ののぞく横顔は、獰猛どうもうな獣を思わせた。


「無駄に飾りたてやがって。実力主義の弊害へいがいを思い知らせてやる」


 魔人ゆええられた地位に、彼は毒づく。


 就任して四年が経つが、いまだ反発の渦が、彼の足元をすくおうと躍起やっきになっている。

 逃げるのがしょうに合わないと吐きすてながら、買わなくてもいい喧嘩けんかに真正面から立ちむかうのも、団長の地位に居座る彼自身が一番納得していないからだと、エリオットは知っている。


 ――竜に乗らない竜騎士団長。


 それはもはや、この国の名物といっても過言ではない。


「……それでも、貴方が団長です」


 エリオットの独白を鼻で笑い、ギルバートが扉にむかう。

 しかしその途中で、彼がひざをついた。


「ギルバート団長!」

「……ありえねぇ」


 魔力欠乏症まりょくけつぼうしょうかと軍医を呼びかけたエリオットの耳に、しぼりだすような彼のセリフがとどく。


「妹に祝辞しゅくじを述べ忘れるとは、一生の不覚……これでは死んでも死にきれん」


 エリオットは、愚直に心配したおのれを悔いる。

 死地に向かう気でいるのはおおいに結構だが、もしやこの男は、ただの莫迦ばかではないのか。


「ああ。今日の妹も、すばらしかった」

「やかましい」


 おもわず拳骨げんこつを落とすと、うめき声があがった。

 涙目で振り返ったギルバートが見たのは、青筋をたて、犬歯をむきだしにして口角を上げる、目がまったく笑っていないエリオットだった。


「俺が言っておいた。死ぬほど感謝して、早急に壇上だんじょうへ行け」

「……どういうことだエリオット」


 うなるギルバートを追いこし、外の訓練場へつづく、分厚い扉に手をかける。

 そこは今日、入団式の会場となっている。


「せいぜい見栄みばえよく振舞ってこい。――お飾りだと言うのならばな」


 苛烈かれつな色を浮かべた瞳で、エリオットは語気を強める。

 ひきずるような音のあとに、ひらいた扉のすきまから、陽光がさしこんだ。

 彼の表情が逆光に溶け、大柄おおがらなシルエットを浮かびあがらせる。


 ギルバートは腹心の部下を、強い眼光で見かえす。


「――上等だ」


 口元に弧をえがき、ふてぶてしく笑った。


「せいぜい後悔させてやるよ。いぬたぬきしかいないおりに入ってくる、物好きどもをな」


 ユラリと黒いもやが立つ。

 枯渇こかつしたはずの魔力が、腹の底から湧いてきた。 


 悪趣味な上官を見やり、思いがけず安堵したことに、エリオットはあきれる。

 追い抜きざまに肩を軽くたたかれ、エリオットは後に続いた。


 豪胆ごうたんな魔人は、光へと突き進む。

 勇猛な側近を、引き連れて。


 壇上に上がったギルバートは、新兵達を見下ろしながら騎士団の意義を声高に主張する。


「己の生命に信仰を捧げ、己の信念に誠実であれ。不義不正に手を貸さず、正しき道を歩め」


 まきちらすオーラはどす黒く、魔人まじんと呼ばれるにふさわしい。


「――俺は諦めん。絶対にだ。貴様らに不滅ふめつの闘志を教えてやろう。勝てば正義だ! どんな手を使ってでも勝利をもぎとり、力でねじふせろ」


 涼しい顔で整列するエリオットに対し、直前のやり取りを知らないゼノの顔が、限界まで白くなる。


 ――今日が俺の命日かもしれない。


 あぁ、せっかく念願の後輩ができたのに。


「敬礼ッ!!」


 一喝するギルバートの猛々しい声音に、ゼノは奥歯を噛みしめながら、お手本のような式礼をする。

 彼が勘違いに気付いたのは、約束通りレスターにおごってもらい、余命の心配を笑い飛ばされた時だった。




 整列した新兵達が、いっせいに騎士の礼を取る。

 大勢の人間が彼に従うさまに、エリオットは不覚にも胸を熱くする。

 人を卓越たくえつした存在はいっそ神々しく、自らがつかえる男が誇らしい。


 ――貴方が団長です。


 たまに少し、いや、いつもどこかおかしな男だが。

 平穏には程遠ほどとおく、退屈とは無縁の生活が、エリオットは案外気に入っていた。


 季節は等しく万人ばんにんに降りそそぎ、彼らの上にも花弁が舞う。


 そうしてギルバートの幾多いくたのフラストレーションをぶつけられた新兵達が、過酷を極めた訓練に、一様いちように入団を心の底から後悔したのは、また別のお話。

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