さわるな、俺の妹だ!

 ギルバートは後ろ手にしばられ、ようやく竜の口から解放される。

 くだけた花壇に座り、おとなしくながめていたイブリースが、たちあがる。


『ギルと話してもいい?』

「手短にどうぞ」

『エリオット、君も大変だね。いい使い魔を紹介してあげようか? 格安・・で』

「けっこうです」

『ちょっと魂を堕天だてんさせるだけだから、気が変わったら、いつでもどうぞ』

「お気遣い感謝致します」


 温度の無いやりとりに、ゼノの顔色が悪くなる。

 チラリとイブリースに目を向けられ、あわててあさっての方向へと首をまわす。


 イブリースは、それを喉で笑ってから、ギルバートの顔をのぞきこんだ。

 

『ギル、生きてる? 死ぬなら、命令終了って宣言せんげんしてからにしてね?』


 ギルバートが、深いため息をついた。


「命令終了だ。報酬は俺の魔力。さっさと抜いていけ」

『じゃ、遠慮なく』


 イブリースは、指先でギルバートのあごを上げる。

 そうしてむきだしになった首筋に、躊躇ちゅうちょなく牙を突きたてた。


 ギルバートが、苦悶くもんの表情で声を殺す。

 血液とともに魔力が抜かれる感触に、ひどい目眩めまいがした。

 視界が白くなりかけた時、引き結んだ口元を、冷たい指に割りひらかれた。


「……ぅ、あ」

『ギル、もっといい声でいてよ』


 牙の跡をひとなめして、イブリースが顔を離す。

 ギルバートの頬に手を添え、碧眼へきがんに浮きあがった涙をぬぐった。


「お兄様、ご無事ですか?」

「アンジェリカ!」


 ギルバートの顔が晴れる。

 その頬に残った傷に、イブリースが爪をたてる。

 はじかれたようにこちらを向くギルバートに、イブリースはにっこり笑う。


『ぎりっぎりまで魔力を抜いたのに、なんでそんなに元気なの? ギルの体、じっくり調べたいな』

「断る」

『えぇ~冷たいの。ねぇ、アンジェリカ』


 イブリースが、アンジェリカに抱きつく。

 ならんではじめて、二人の造形が似ていることがわかる。


「さわるな、俺の妹だ!」

『ねえギル。魔力のお礼に、いいこと教えてあげる』

「いらん。さっさと帰れ」

『アンジェリカのことなんだけど』

「……なんだ」


 あまり期待を込めずにイブリースを見上げたギルバートに、悪魔はとてもいい笑顔を見せた。


 そして、アンジェリカの制服の胸元からゆっくりと手を差し入れていく。

 見せつけるように布を起伏させ、円を描くように動かした。


 反対の手はアンジェリカの柔らかな内ももを撫で上げながら、スカートの中まで這わせていく。

 キュッと目をつぶったアンジェリカの頬が桃色に染まり、ほそい肩がピクリと動いた。


『去年から、胸囲が5cmも大きくなっているよ』


 アンジェリカが、切なげなため息をこぼす。

 イブリースはスカートの中をいじっていた手を抜きとると、その指をネットリと舐めあげた。

 

 ギルバートの目がすわり、地を這うような声を出す。


「……淫魔いんまが。浄化してやる」


 イブリースは動じる気配すらなく、不思議そうにまたたいた。


『そんなことしたら、ギルも死んじゃうよ?』

「かまわん。貴様との腐れ縁もここまでだ」

『そう? 契約の解除は、ギルのいちばぁぁん大切なものをもらっていくよ』


 わざとアンジェリカを見やったイブリースは、吹きつけるような殺気を放つギルバートをニタニタとながめた。


『僕はどちらでもいいけどね』


 そうして悪魔は、裂けた空間に消える直前、ふわりと少女を振りかえる。


『ふふ、ごちそうさま。今度は直接、舐めたいな』






 空は唐突にもとの青さを取り戻した。

 充満していた瘴気しょうきが、あとかたもなく消えさっている。


「イブリース!!」


 魔力を抜かれたギルバートが、悪魔を呼ぶすべはない。


 えるギルバートを、エリオットは手刀で黙らせる。

 昏倒した彼を担ぎあげ、平然と愛竜の背中に放りなげた。

 不服そうに唸る竜の首筋くびすじをたたき、慣れた動作で鞍に飛び乗る。


「撤退」


 彼の命令を受け、竜騎士たちが、竜を飛翔させる。

 大気が揺らぎ、風圧が逆巻く気流となって、うすく色づいた花びらを巻きあげた。

 離れた位置で見守っていたアンジェリカは、その幻想的な光景に息をのむ。


 エリオットは飛びたつ寸前、なにかを思い出したかのように、少女の方を振りむいた。


「入学おめでとう、アンジェリカ」


 暖かい響きで告げられた祝辞しゅくじに、アンジェリカの心が弾む。


「ありがとうございます」


 エリオットが前方に向きなおる瞬間、わずかに微笑んでいたことに、アンジェリカは目を丸くする。

 彼の稀少きしょうな笑顔に、心臓がトクンと脈打った。


 あっという間に空に溶けていった竜影りゅうえいを、アンジェリカは蒼天に探す。

 彼が去った方向を見つめながら、色づいた頬の熱に浮かされるように、そっと顔をほころばせた。


 季節は春。

 街には花が咲き乱れ、鳥は恋の歌をさえずり踊る。

 吹きぬけた軽風が頬をなで、運ばれたひとひらの花弁が、少女の影に舞いおりた。

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