【case2 冷徹/溺愛】
壱
眉目秀麗にして文武両道。髪と同じ深い漆黒の瞳には常に静かで理知的な光があり、冷たい雰囲気と整った容姿から『氷の貴公子』などという二つ名がある。
完全無欠、完璧超人。
そんな言葉がこれ以上に似合う人物を、わたくしは他に知らない。
だけどわたくしは、そんな己の付き人が、誰よりも怖くて仕方がない。
「なのは、2年生にして華道部部長に抜擢されたそうだな。わしも鼻が高い」
広くて、年月を重ねてきた物特有の貫録を漂わせる純日本家屋の邸宅。
その一室、中庭に面した日当たりの良い部屋で、わたくしは震えそうになる体を必死に押さえつけて座していた。座布団三枚分くらいの間隔を開けて対峙したお父様はそんなわたくしには気付くことなく鷹揚に笑っていらっしゃる。その後ろの床の間に活けられた
「御当主様、当然のことでございます」
そんなわたくしの隣から、静かなのに不思議なくらい良く通る声が響く。その声に思わずわたくしはビクリと肩を跳ね上げた。
「なのは御嬢様は、華道大家 華宮家の御令嬢。たかが部活といえども、頭角を現していただかなければ華宮の名に傷が付きます」
「ははっ、高人は相変わらず なのは に厳しいな」
「華宮家の御方として当然のことを求めているだけにすぎません」
わたくしの隣の座布団に綺麗に正座をしてお父様と対峙した高人さんは答えながらフレームレスの眼鏡をチョイッと指先で押し上げた。堂々としたその姿は、まるで高人さんの方こそが華宮の人間であるかのようだ。
──案外その方が、華宮にとっても良かったのかもしれませんね……
わたくしは思わず膝の上で揃えた手にキュッと力を込めた。顔を俯けないように気を付けながら、視線だけをそっと伏せる。
お父様の血を引く人間は、わたくしと、2つ年下の妹、あと6つ年が離れた弟の三人。華道家元という肩書を、お父様はわたくしに継いで欲しいと思っている。……一応、今のところは。
小さい頃から己の立場は分かっていたし、草花と触れ合うことも好きだった。だから、この家のことも、家が負う名も、たくさんいる御弟子さん達のことも、嫌いではない。
ただ、とてもつもなく、重たいと思うだけで。
──きっと、『完璧』を絵に描いたような高人さんだったら。
自分を置いて交わされる『何かを負う者』特有の重みのある言葉に、わたくしの喉は徐々に徐々に苦しくなる。
──こんな情けないことなんて、考えないのでしょうね……
自分と父との会話では、こんな重みは生じない。それはすなわち己が、父にとってはその重みを向けるに値しない存在なのではないか。己では負えないと判断されているのではないか。
そう思えて、仕方がない。
「……なのは様」
その息苦しさに、わたくしは必至に耐える。
不意にその幕を断ち切るかのように、冷たくて鋭い声が鞭のように飛んできた。思わずわたくしは息を呑んで弾かれたように顔を上げる。
「何をぼんやりなさっておいでですか」
「あ……」
「……御当主様のお話を、聴いていらっしゃらなかったのですか?」
気付けば目の前に既にお父様の姿はなく、隣にいたはずである高人さんは立ち上がって
そんなわたくしを冷たく一瞥して、高人さんは先に部屋を出る。
「学校へお出かけになられるお時間ですよ」
その言葉に物理的に殴られたような痛みを感じて顔を伏せる。
だけどわたくしの付き人は、冷たい眼差しを向けてくるだけで、助けの手を差し伸べてはくれなかった。
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