kaleidoscope −Reversi−

安崎依代@1/31『絶華』発売決定!

【case1 ペット/狂犬】



 爽やかな朝。


 今年は春の訪れが遅かったから、入学式は桜に彩られたとても華やかなものになった。


「ああぁ~……いよいよかぁ~」


 真新しい制服。


 ピッカピカの鞄。


 何もかもが真新しくて、気分は勝手にウキウキと跳ねる。


「新しい学校、大丈夫かなぁ~……イジメられたりしないかな。勉強、ついていけるかなぁ~……」


 跳ねる……はず、なんだけども。


「き、緊張するね、瑞葉みずは様っ!」

「……緊張してんのはあんただけよ、一樹かずき

「えぇっ!?」


 何もかもが真新しくてピカピカしている中、私の隣をピョコピョコ跳ねるふわふわの栗毛だけが何も変わらなくて、浮き上がりかけた私の心は重石を乗せられたみたいに沈んでいく。


「だっ、だって、周りは名のある名家やら財閥やらのご子息・ご令嬢ばっかりなんだよっ!? それに、僕のクラスメイトになるのはそんな方々についてるガードだし! 僕、馴染めるか不安だよぉ~……」


 身長167センチの私に対して、一樹は高校1年生にして155センチちょっとしか背丈がない。同じ学校の制服を着ているのに、どこからどう見ても中学生……下手をすると小学生くらいにしか見えない。


 ましてや私の……一代で今の地位を築いた実業家・雨宮あまみや製薬の一人娘である私、雨宮瑞葉のボディーガードを務める人間には、とてもじゃないけど見えない。


「……そんなにイヤなら、誰かに代わってもらえば良かったじゃない。そもそも、学校にまでボディーガードなんていらないし」


 一代で今の地位までのし上がった父には敵が多いらしく、父が業界で有名になればなるほど、私の周囲には危険が増えた。


 年々私の周囲を固めるボディーガードは数を増しているけれど、その中で一樹は私の幼馴染を兼任しているような古株。こんな見た目だけどすこぶる有能……というわけでもなく………


「あ、瑞葉様……っ!!」


 何かが当たった、と思った時には、右足がグッショリ濡れていた。時間差で水分を吸い込んだスカートが気持ち悪く足に絡みつく。


 すれ違った誰かがこうなるようにわざと蓋を開けたペットボトルを落としていったんだとすぐ気付けたのは、コンッコロロロ…という寒々しい音とともに足元にお茶のペットボトルが落ちてきたからだった。


「あぁら、ごめんあそばせ」

「雨宮のご令嬢じゃなかった? あの子」

「成り上がりの雨宮」

「こんな所にやってくるなんて、分をわきまえていない……」

「これだから成金は」


 周囲を取り巻く、クスクスという嘲笑の声。ふと傍らを見れば、こういう時にこそ役に立つべき……というよりも、こうなる前に動いてしかるべき一樹は、顔を真っ青にしたまま固まって震えている。


 ……こういう子なのよ、一樹って。ほんっと、ボディーガード向いてないと思うんだけど。


 仕方なく私は溜め息をひとつ転がすと、膝を折って足元に転がるペットボトルを拾い上げた。中身がまだ少し残っている。……うん。


 これくらいの方が、投げるにはちょうどいいのよねっ!!


 振り返って、すれ違った時に見えたサラサラとなびく長くて綺麗な黒髪の持ち主を探す。……やっぱり、すぐ近くにいた! 傍にいるのはあの女のガードかもしれないけど、そんなこと気にするもんかっ!!


「ふんっ!!」


 拾い上げたペットボトルを全力で投げつければ、ナイスコントロールで女の方へ飛んでいく。とっさに危機を察知したガードが動くけど、中身までは止めきれずにわずかに女の髪にかかったみたいだった。私に比べれば極小の被害で済んだのに、女は汚い声でこの世の終わりみたいな悲鳴を上げる。


 ふんっ! 外見が綺麗でも中身がそんなんじゃお里が知れるってもんよっ!!


「お礼を3倍で返せなくてごめんあそばせ」


 ざわつく周囲とさらに顔色をなくす一樹、その全てを睥睨して、私は綺麗に笑ってみせた。


「あと、『成金』って言葉、古くない? ここは明治時代かよ。頭のアップデートができなくても、使用言語のアップデートくらいできるでしょ」


 私の言葉に顔を真っ赤にして震えているってことは、あのバカ女にも私の皮肉が伝わったということか。


 家格が下だからって、泣き寝入りすると思ったわけ? ふんっ!! 成金……もとい『事業家』の娘、舐めんじゃないわよっ!!


「行くわよ、一樹」

「あ…は、はいっ!!」


 私はもうそれ以上の興味を向けることなくその場から立ち去った。


 ギリッと歯を噛み締める女とそのガードの視線を感じた気がしたけど、そういうものに慣れっこな私は、特に気にすることはなかった。





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