「拓人さん! 無事に買えましたっ!!」


 最初はお会計どころかお店の中でどう振る舞っていいかも分からず人目を集めてしまったわたくしだったけれど、三軒目ともなれば比較的スムーズにお会計を終えることができた。二軒目まではお会計まで拓人さんが付きっ切りだったけれど、今回はちょっと挑戦をしてみたくて、拓人さんには少し離れた場所で待ってもらっている。


「たく……っ」


 高人さんもだけれど、スラリと背が高くて美青年な拓人さんは人混みの中にいても大変目立つ。


 はぐれることはないと思っていたし、拓人さんもそう思ったからわたくしを一人でお会計へ送り出してくれたの、だろう、けれど……


「ねぇねぇオニイサン、ひとりぃー?」

「あたし達と一緒しようよー!」


 ──ま、まさか、近付けない空気になっているなんて、予想もしてなかったわ……っ!!


 お店の外からお会計を眺められる場所を陣取り、柱に軽く背中を預けて立った拓人さんの周囲には、綺麗な女の人がズラッと並んでいた。十重二十重とえはたえ、というのは、まさしく今の拓人さんのような状況のことを言うのだろう。わたくしみたいなチンチクリンは、どう頑張ってもあの壁を突破できそうにない。


 ──ええぇ……かのこ、あなた、拓人さんと出かける時、一体どうしているのよ……?


 周囲の女性が鬱陶しいのか、それとも何か重要な連絡でも入ったのか、拓人さんは意識を手の中のスマホに集中させていて離れた場所にいるわたくしには気付いていない。ここから大声を上げて呼ぶという手段もあるけれど、それだと悪目立ちしてしまうし……


 これが高人さんだった場合、まず『近付くなオーラ』がすごくて、十重二十重の人垣が形成されることがまずない。勇気のある女性が声をかけてみたところで氷のような眼差しで瞬殺されて終わる。そもそも高人さんはわたくしに単独行動を許さずずっとわたくしの傍にいるから、こんな状況が生まれることさえないのだけれど……


 ──やっぱり双子でも、ガードの仕方に違いはあるのね。


 そんなことを無意識の内に思って、はっと我に返って己を恥じる。


 何でもかんでも『双子なのに』と比べるのは、拓人さんに対しても高人さんに対しても失礼だ。ふたつ歳が違って見目も性格も違うわたくしと かのこ だけれど、よく比較されてはああだこうだと言われることがある。わたくし達だってそうなのだから、双子の拓人さんと高人さんならなおさら日々比較されているに違いない。そしてきっとそれは、二人とも不愉快なことなのだろう。わたくしと かのこ だってそうだもの。


 ──わたくし、朝から拓人さんと高人さんを比較してばかりだわ。


 こんなことではいけないと、わたくしは自分で自分を戒める。その上で今、どうすべきかを考えてみた。その間にも人垣は分厚くなっていて、いよいよ拓人さんの姿は見えづらくなっている。


 そこでわたくしは『よし!』と、もうひとつ決意を抱いた。


 ──せっかく拓人さんが自由にさせてくれているのですもの。もう少しだけ、単独行動をさせてもらいましょう!


 拓人さんの立ち位置からならば、両隣のお店くらいまでなら視線が届くはず。その範囲でならば、多少移動しても問題はない。


 わたくしは意を決すると隣のお店の入り口をくぐった。シンプルに整えられた店内には小さな小物類が整然と並べられている。入るまで何のお店なのか分かっていなかったけれど、どうやらここは革小物を取り扱っているお店のようだ。


 ──入店しても店員さんは一々出迎えてくれないし、ましてやわたくしの入店を待ってはいない。お店の中は、立ち入り禁止区域以外は自由に見て回っても良い、……でしたわね。


 今日の体験から学んだことを思い出しながら、わたくしはゆっくりとお店の中を進んでいく。かのこ へのお土産は先程のお店で買えたから、次は高人さんか、拓人さんへのお土産が買えたら……


 ──……あ。


 そう思っていた時、ふと目に留まった物があった。


 ──……パスケース、と言うのでしたっけ?


 柔らかな光が差し込む棚にそっと並べられていたのは、しっとりと光を吸い込む黒い革で作られた革小物だった。


 二つ折りになっていてお財布に似ているけれど、長さが足りないし、厚みも薄い。今朝電車に乗った時に拓人さんが似た小物を改札口にかざしていて、中にICカードが入っていること、バスカードや交通系ICカードを入れておく小物を『定期入れ』とか『パスケース』と言うことを教えてくれた。高人さんも似たような物をいつも制服の胸ポケットに入れていて、ずっとあれは何なのだろうと思っていたから、ひとつ謎が解けて嬉しかった。


 ──拓人さんのパスケース、端が擦れていたわね。


 高人さんがパスケースを取り出している所は見たことがないから分からないけれど、胸ポケットから少しだけ飛び出たパスケースの角は同じように擦れていたような気がする。そういえば色合いも拓人さんの物によく似ていた。揃いで持っているのか、男性小物はみんな似たような物なのかはよく分からないけれど、二人ともパスケースを日常的に持ち歩いていることは確かだろう。


 ──どうせなら、まったく使い道もない趣味に合わない物よりは、趣味に合うかどうかは別として使い道はある物の方がいいわよね……?


 わたくしはそう考えると陳列してあったパスケースをひとつ手に取った。


 革小物は詳しくないけれど……うん、作りはしっかりしているように思える。少なくとも、わたくしの目で見て十分だと思えるのならば、問題ない、はず。『華宮令嬢たる者、物の良し悪しは分かっておられなければなりません。良い物を多く見て目を養っていただかなければ』と事あるごとに高人さんに言われているから、これでも物を見る目はあると、思って、いるの、だけれど……


 ──……もしもこれを渡して、高人さんのおめがねに適わなかったら……


 不意に浮かんだ不安にフルフルと首を振る。


 お土産を買っていくと決めたのはわたくしだもの。わたくしが選んだ物には自信を持たなくては。


 そうやって自分を奮い立たせて、沈みそうになる思考を無理矢理別の場所に向ける。


 そうするとなぜか、思考は普段怖くて怖くて仕方がないはずである人物に向いた。


 ──……そういえば、高人さんは、どうしていつもパスケースを持ち歩いているのでしょうか?


 わたくしは普段バスも電車も使わない。幼い頃からずっと専属の運転手がいて、わたくし用の車も用意されていたから、わたくしはどこへ行くのもその車を使っていた。


 わたくしとほとんど行動を共にしている高人さんもその車に同乗するから、高人さんだって電車やバスを使うことは稀なはず。それなのに高人さんの制服の胸ポケットには常にパスケースが入っている。思えば中学生の時からそうだったし、付き人としてスーツを纏っている時も入れているような気がする。


 ──もしかして、パスケースの中に別の物を入れていたりするのでしょうか?


 そう考えたけれど、結局答えは分からない。想像もできない。ついでに教えてもらえるかどうかも考えたけれど、氷の視線に射すくめられて終わりそうな気がした。せいぜい良くて『私の持ち物を気になさる前に、もっと気にした方が良いことがあるのでは?』と返されるのが関の山か。そもそもわたくしが高人さんの前に出た時、気軽にそんな口を叩ける気がしない。


 ──変なの。普段あんなに高人さんを怖がっていて、逃げ回ってさえいるのに。


 今日は朝から高人さんのことを考えてばかり。何なのだろう。これもわたくしの優柔不断さの一端なのかしら。


 考えても仕方がないと決着をつけたわたくしは、しっかり品物を選別するとふたつ選んでお会計に持っていった。


 値札を見ないで持って行ったけれど、手持ちの現金で足りたみたいだった。お会計の人はわたくしがお財布からお金を取り出した時に驚いた顔をしていたけれど、何をそんなに驚いていたのだろうか。『お会計では求められた金額分のお金を出すんですよ』と拓人さんが教えてくれたから、その通りに行動したし、これで間違ってはいないはずだったのだけれど……


 ──でも、最後にはラッピングのお願いもちゃんとできたし、大丈夫よね? ……わたくし、少しは『普通』にできたかしら?


 順番待ちの札を手に、ラッピングを待つ間少し店内を見て回る。


 拓人さんはそろそろ人垣をどうにかしてくれたかしら? そろそろ合流したいのだけれど……


「お嬢さん」


 そう思いながら一歩お店の外へ踏み出して、拓人さんがいる方向を見遣った瞬間だった。


 すぐ横から響いた聞き慣れない声に反射的に顔を向けてしまったわたくしは、開放的な空気に浮かれていたのかもしれない。


 体に走った衝撃に、わたくしは悲鳴を上げていた。





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