陸
堅苦しい会議なんて、本当は嫌いだ。
面倒なことは、それに輪をかけて好きじゃない。
どちらも一等地に居座り続けるためじゃなかったら、とうの昔に投げ出している。
隠し撮りで中継される会議の様子をスマホに映し出し、片耳にだけ装着したワイヤレスイヤホンから音を拾う。
どうやら向こうは上手く進んでいるようだった。ただ座っているだけならば誰も違和感は抱かない。そう踏んではいたが、事がすんなり進んでいることを確かめればやはり安堵の息が零れる。
──あとは帰ってから確かめれば事足りるか。
そう判断し、スマホをポケットに片付ける。
「キャ……ッ!!」
その瞬間、か細い悲鳴が俺の耳を叩いた。
「──っ!?」
それが何なのか頭が理解するよりも早く声の方を振り返る。体が勝手に動き出した時、ようやく頭が声の主を なのは様だと認識した。その頃には俺の体は周囲に集まっていた有象無象の壁を突破していて、目の前にいる なのは様と なのは様を突き飛ばした男を捕捉している。
「返して……っ!!」
よろめきながらも なのは様は声を上げていた。その なのは様の手にあったはずである鞄がない。なのは様の鞄は なのは様を突き飛ばした男の手の中にあって、そこには男に似つかわしくない可愛らしい袋も握られていた。
──ひったくりか……っ!!
瞬時に状況を判断した俺は足に力を込めて距離を縮める。
そんな俺の耳にいつになく大きく、涙に濡れた なのは様の声が突き刺さった。
「かのこの……っ!!」
……プツンッと何かが切れる音を、俺は久しぶりに聞いた。
「っ!!」
最後の距離を一足飛びに縮めて男の前に躍り出る。そういうことに慣れているのか、男は軽く目を瞠りながらも俺を回避しようと体の向きをわずかに変えた。それすら見越していた俺は男の腕を取ると相手の勢いを利用し、最小限のモーションで投げ飛ばす。
「ガッ!?」
綺麗に宙を舞った男は容赦のない勢いで石畳に叩き付けられる。それを瞬時に確認した俺は鞄とショップバックを持つ男の手首を踏みつけ、ひったくられた なのは様の荷物を取り戻すと なのは様を振り返った。
「なのは様……っ!!」
この男を抹殺したい気持ちは消えないが、まずは なのは様の安全が第一だ。
なのは様の涙に濡れた声を聞いて反射的に なのは様が望むこと……『かのこ様にお借りした鞄を取り戻す事』『かのこ様へのプレゼントを取り戻す事』を叶えてしまったが、本来ああいった場面では なのは様の御身をお守りすることが第一優先であったはず……
振り返った先にいる なのは様は、男に突き飛ばされはしたものの転倒は免れたようだった。ヒールのない靴を履いていたのが幸いしたのだろう。いつものようにヒールにワンピースをお召しだったら、踏み止まれずに転んで怪我をされていたに違いない。なのは様の思慮深さと かのこ様のアイディアに救われたのだと、俺はホッと安堵の息をつく。
「なのは様、お怪我は……」
なのは様は驚きに目を見開いて俺のことを見ていた。無防備にそんな表情を俺に向けてくれるのは本当に久しぶりで、こんな時だというのに俺の胸中では『お可愛らしい』だの『愛らしい』だのという言葉がポコポコ生まれては転がっていく。
──活動的なお姿も、新鮮で、よくお似合いで……
そんな感情を必死に心の奥底にしまい込もうとしていたせいだろうか。
どうやら俺は演じ損ねたらしい。
そうでなければ、なのは様の唇があんな風に動くはずがない。
『……高人さん?』
ぽかん、と俺を見詰めていた なのは様の唇が、音もなくそう動いた。
「──っ!!」
そうだ、なのは様は、決して間違えない。だから、細心の注意を払っていなければならなかったのに……っ!!
一瞬、焦りで思考が止まる。なのは様の顔色がサッと変わったのはその瞬間だった。俺の後ろに視線を向けた なのは様は、先程とは比にならない絶叫を上げる。
「高人さんっ!!」
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