「本当に大丈夫なの? 瑞葉様」

「大丈夫よ」

「ほんとのほんとの、ほんっとーに?」

「……いいっ加減、しつっこい!」


 久々に校門をくぐった私は、腰に両手を当てると己の傍らをピョコピョコ揺れていた栗毛色の頭を睨み付ける。私がそんな顔をしているのに、一樹は不安げな上目遣いをやめない。そんな顔したって、私は折れたりしないわよっ!!


「私はあの一件でかすり傷も負ってないの! 昨日まで休んでたのは、いわばあんたの復帰待ちよ。私が心配されるなんてお門違いも甚だしいわっ!!」

「でっ……でもっ」

「でももだってもない! 行くわよっ!!」

「まっ……待ってよ、瑞葉様~っ!!」


 私がさっさと身を翻すと、一樹は半ベソをかきながら私の後を着いてくる。


 ……あの一件で私が一樹の本性を思い出したと一樹も気付いているはずなのに、一晩明けてみると一樹はふわふわ可愛い頼りない一樹に戻っていた。次の日から学校に行こうとしていた私を半ば泣き落としに近い状態で引き留め、なんだかんだと自分の復帰まで休ませるくらいには、頼りない方の一樹だった。


 ──今後もこのキャラでいくってことなのかな?


 そんなことを思いながら歩を進めていた私の頭上にフッと影が差す。それが誰かが意図的に投げた、まだ中身の入ったペットボトルだと気付いた私はとっさに体を強張らせた。避けなきゃ、と思うのに、体は動かない。


 ──マズい……! このままじゃ入学式以上の大惨事……っ!!


「───っ!!」


 そう思っていたはずなのに、私が瞬きをした瞬間、私に向かっていたペットボトルは直角に軌道を変えていた。一体何がどうなったのか、中身さえ私にかけずに軌道を変えたペットボトルは、中身を派手に撒き散らしながら明後日の方向に被害を拡大させていた。今回の中身は炭酸飲料だったのか、色の濃い甘ったるい液体が私には関係のない人々の頭上に降り注いでいる。


「うわぁ……、大っ変」


 小さく響いた声は、呑気ながらも、どこか剣呑な響きも帯びていた。聞き慣れた声に視線を向ければ、いつの間にか私をかばう位置に立っていた一樹が、背中にナナメに背負った細長い布包みの位置を直しながら被害者達に視線を注いでいる。


 その布包みに既視感があった私は、思わずまじまじと一樹のことを見つめてしまった。


 ……その長さ、その角度……この間、体育倉庫で大変な目に遭った時、一樹の背中にかかっていた日本刀の鞘を思い出すんだけど……。


 まさか、携帯するようになったわけじゃないよね? さすがに銃刀法違反に引っかかるんじゃ……


「良かったね、瑞葉様っ! 今回は被害がなくて!」


 そんな私の内心を知っているのかいないのか、一樹はふわふわと可愛い顔で私へ笑顔を向けてくる。


 その笑顔があまりにも今まで通りの一樹だったから、私は考えるよりも早くフンッと鼻先で一樹の言葉を笑い飛ばしていた。


「同じような目に遭ったら、また同じような目に遭わせてやるだけよ」

「今度はきっちり3倍返し?」

「そうよ。だからいつでも反撃できるように、ペットボトル飲料用意しときなさいよね」

「はーい」


 ふわふわ可愛い顔にどこか狂犬を匂わせる笑みを乗せて、一樹は楽しそうに笑う。


 それに私も笑みをこぼしながら、教室へ向かうために足を踏み出した。






【case1 END】


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