そもそも、事の発端は、数ヶ月前にパパが過労で倒れたことにあった。


 総合アパレルメーカー社長のパパは多忙を極める。そうでありながらパパは創業当時の『自分で何でもやらなきゃ』精神が抜けきっていない人だった。


 それはもしかしたら『誰も信じられない』という悲しい有り様の裏返しだったのかもしれないけれど。


香夜かやお嬢様、これはお父様……社長の願いでございます」


 パパは命こそ助かったものの、昏睡状態が続いていた。時折意識が戻っても、すぐにまた眠りに落ちてしまう。あたしもこうなってから起きてるパパに会えたのは一度だけ。


 その時パパは、かすれた声でこう言った。


「香夜、私の代わりに、会社を頼む」


 ……いやいや、それってどうなの? あたし、まだ高校生なんだけど? モデルだってやってるんですけどっ!?


 確かに、今までもパパの手伝いはしてたけど……! でもただの手伝いと社長代行じゃ重みもやらなきゃいけないことの範囲も権限も全然違うってば!


 絶対にあたしなんかがパパの代わりをするよりも、第一秘書の雛罌粟ひなげしや役員さん達で回した方がいい。


 あたしはそう主張したのに、雛罌粟は頑として私の言葉を聞き入れてくれなかった。


「社長の願いですから」


 その一点張り。


 だったらせめてモデルの方をお休みしようと思った。


 そもそもあたしは好きでモデル業を始めたわけじゃない。ちょうどいい子供モデルがいなかったから……パパが自社ブランドの子供服を宣伝する上で、信頼できて会社の意図することをきちんと理解できる子供モデルが見つからなかったから、あたしが仕方なくモデルを代行したっていうのがそもそもの始まり。


 つまりあたしはパパとママの手抜きの尻拭いをさせられただけ。自分の容姿が整っていると思ったこともなければ、体型がいいというわけでもないってことは、誰よりも私自身が一番理解している。


 小学校に上がって、自分の意見が主張できるようになったくらいから、あたしは散々ママに言ってきた。あたしより適任のモデルさんはたくさんいるんだから、そろそろ引退させてほしいって。


 だけどママもママで、あたしの話なんて聞いてくれなかった。


「何でこんなパパが大変な時にそんなこと言うのよぉ〜っ!? こういう家族が大変な時こそ、みんなで協力していかなきゃいけないんでしょ〜ぉっ!?」


『なのになんでカヤちゃんはママをイジメるようなこと言うのよぉ〜っ!?』と、精神年齢が中学生くらいで止まってるママはベソベソ泣き崩れた。


 元トップモデルのママは、子供の頃から周囲にチヤホヤされてきた。十代で結婚してからはパパにベッタベタに甘やかされてきたらしい。芸能プロダクションの社長、という立場ではあるけれど、実際は担がれた神輿の上にチョコンと可愛らしく座っているだけで、経営能力もなければ判断力もない。パパが倒れてからは依存先を私に変えてきた。


 ──こういう大変な時だから、家族を支えるために、あたしに協力してほしいって言ってるんだけどな……


 あたしは頭痛が収まらない中、溜め息を吐き出して全てを受け入れることにした。


 だってこんなの、あたしが黙って頑張るしかないじゃん。そうじゃなきゃパパの会社もママの会社も回らなくなって、たくさんの人に迷惑をかけることになる。


 あたしは腹を括って、雛罌粟に協力してもらって社長代行とモデルの兼業を始めた。


 だけど一週間も経たないうちに、これじゃダメだって気付いた。


 このままじゃ学校に行けない!


 あたしの本業は高校生であるはず。将来、嫌でもパパとママの仕事を手伝わなきゃいけないあたしは、学業だっておろそかにはできない。


 会社の経営を担う人は、みんな頭がいい大人ばっかりだってあたしは知ってる。最低でも大学まで進んで色んなことをきっちり学んでこなきゃ、そんな人達と一緒に仕事をさせてもらえないってことは、仕事を手伝っているだけでも分かっていた。


 だから真面目に授業を受けたいのに、社長代行とモデルなんてやってたらそんな時間はなくなってしまっていた。


「そういうことでしたら、融通が利く学校がありますよ」


 困っている、どうにか負担を減らせないだろうか、と雛罌粟に相談してみたら、雛罌粟は転校を勧めてきた。何でも、世の中には名家の令息令嬢が通う有名私立高校があるのだという。


「少数ではありますが、学生にして社長という身分の方も在席しているそうです。出席日数が足りない分は、個別授業やオンライン授業などで対応してもらえるそうですよ」


 そういう方面での解決方法じゃなくて『手一杯だから何とか負担を減らすことに協力してもらえないだろうか』っていう提案のつもりだったんだけど、雛罌粟には通じなかった。


「さらにこの学校は、令息令嬢の護衛を専門とする人間の育成にも力を入れているそうで。学園に希望すれば、学園が養育している人間を個別に派遣していただけるそうですよ」


『社長代行にしてモデルでもある香夜お嬢様にこそ、そういった人材は必要でしょう』と雛罌粟は勝手に話を進めてしまった。


 あたしの周囲には、あたしの話をきちんと聞いてくれる人っていないのかな……。まぁ、パパの言葉しか聞く気がない雛罌粟に何を言っても無駄か。


 そんな諦めとともに、あたしは春篠はるしの学園に転入した。


 ま、どうせ通うことなんてほとんどないんだろうし、護衛……ボディーガードを手配してもらえるなら、ありがたく手配してもらっておくけども……


「ウェーイ! まぁーじか! ホンモンの『KaYAya☆カヤヤ』じゃーん!! ヒューッ!!」


 なんて考えていたら、出てきたのはとんでもないチャラ男だった。


「任務で『KaYAya☆』とお近付きになれるなんてマジラッキーじゃん!? ボディーガードやってて良かったぁっ!!」


 派手に脱色した上で逆立てた金髪。両耳にはピアスがジャラジャラしてて、制服はだらしなく着崩されていた。『ボディーガード』よりも『チンピラ』という言葉の方が似合いそうだな、というのがあたしの第一印象だった。それくらい、外見から発言まで全てがチャラッチャラだ。


「俺、深海ふかみ裕二ゆうじっての。気軽に『ユージ』って呼んでよ、カーヤたん!」

「チェンジ」

「え? 『カヤたん』じゃなくて『カヤちん』の方が好みだった?」

「チェンジッ!!」


 こんなのを付けられるくらいならボディーガードなんていらない。


 そう主張したのに、やっぱりあたしの話を聞いてくれる人間はいなかった。


 もしかしたらあたしの周囲にいる人達は、『相手の言っていることを理解する』っていう能力を搭載していないのかもしれない。


 そんな諦めとともに、あたしは溜め息を転がしたのだった。

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