ブロイラーマン

小膳

ブロイラーマン(1/1)

 血族。

 血族とは魔女、妖怪、魔神、獣人といった怪物たちの末裔である。


 かつて野を跳梁し人を食らう超常の存在として恐れられた彼らは、文明の発展とともに姿を消した。科学が万能の神となった現代、血族は迷信の類として扱われている。


 だが血族は絶えてはいなかった。

 彼らは人間に成りすまし、今も社会の影に潜んで悪行を働いているのだ。








「出番よ、ブロイラーマン」


 高層ビル屋上に立ったその男は、通信機が発する女の声を聞いた。


 男の眼下にはネオンと電子広告が溢れる混沌の町並みが広がっている。その彼方には地表を覆い尽くすように続く工業地区。


 巨大工業都市、天外てんげは今日も汚染霧雨が降りしきっていた。夜空は分厚い暗雲に覆われ、墨をぶちまけたような暗黒だ。


「標的は五十九号線を北上中……そこから見えるかしら」


 男は眼を凝らした。街道を猛スピードで爆走する大型車が見える。


「見えた。すぐ行く」


 通信機に答えると、男はビルから飛び降りた。



* * *



『絶対安全、完全合法! 輪違製薬の合法麻薬エルでいつも元気なあなたになろう!』


異態いたい生物注意! 見かけたらすぐに保健所に連絡を』


『ツバサ重工は天外の皆様を応援しています』


 電子看板とネオン装飾が溢れる街中。

 街角の液晶モニタにニュース映像が流れた。


「……工場排煙を由来とする、いわゆる汚染霧雨が原因として霧雨病の患者がツバサ重工に集団訴訟を起こした件で――裁判所は訴えを退け――これに対し、原告団は――霧雨病の罹患者は増え続けており、天外市外にも――」


 改造大型車の大音量がその音声を掻き消す!


 ブオオオオン!

 フロントに装着したブルドーザーめいたブレードが路上の車を押し退けて行く。


「うわあああ!」


「ヒイイイ!」


 さらに信号が赤でもお構いなしに横断歩道に突入!

 無慈悲な鋼鉄の獣と化した改造大型車は小石でも弾き飛ばすように通行人を轢き殺し、ブレードを鮮血で染め上げる!


 さらに改造大型車は車道を反れて歩道へ突っ込んだ。逃げ遅れた通行人がボウリングピンめいて次々に跳ね飛ばされる!


 この惨劇の原因に対し、天外市警のパトカー数台が追跡しているが、明らかに及び腰であった。


「ハハハハーッ! どうだい、スティールマン! スカッとするだろ!」


 車内の運転席では、スティールマンと呼ばれた着物姿の男が憮然として腕組みをしていた。

 スティールマンはハンドルを握っていない。そして声を発したのもスティールマンではない。車が喋っているのだ。


 スティールマンは車に向かって不機嫌そうに言った。


「こんな方法しか思いつかなかったのか」


「ブロイラーマンは絶対来るぜ! 血族のくせに人間血無しが大好きだからな! あいつは人殺しの血族んとこには必ずやってくる。もう仲間が何人殺されたって?」


「さあな。数え切れん」


「へへへ! 会うのが楽しみだなァ!」


 改造大型車は殺戮の喜びに狂喜しながら言い、続けた。


「ところで血盟会けつめいかいがかけたあいつの賞金額は今いくらだ?」


「さあな。一千万か二千万か」


「へへへ! だけどカネが目的じゃねえよなあ!? あいつを殺せば血盟会入りは確実だぜ! 血盟会の正式メンバーになれりゃあ、もうこのまちでコワいもんはねぇ……オッ?!」


 改造大型車の進行方向に立ちはだかる人影があった。


 顔を上げたその人影とスティールマンは目が合った。その人影は黒い背広に赤いネクタイの男だが、驚くべきはその頭部であった。

 ニワトリなのだ。真っ赤な鶏冠を持つ雄鶏おんどりの頭をしている!


 ニワトリ男は野球投手めいて大きく振り被った。


「オラアアアアア!!」


 改造大型車に対してストレートパンチ!


 ドゴォオオオオ!

 衝撃でブレードが潰れ、改造大型車の車体は真上に跳ね上がった。窓ガラスが割れて砕け散る。


「グワアアアアーッ!?」


 ガシャン。

 路上に落ちた改造大型車は半ば潰れている。そしてガチャガチャと音を立てて、身長四メートル近い人型になった。


 一方、スティールマンは一瞬早く脱出し、音もなく路上に着地している。

 スティールマンはニワトリ男を見据えながら静かに名乗った。


鉄鬼てっき家のスティールマン」


「こ、古鉄こてつ家のキルドーザー……」


 改造大型車に変形していた男も名乗った。


 血族は多くの家系に分かれており、家名を名乗られたら名乗り返す。これはかつて彼らの戦いが己の家名を懸けたものであった時代の名残だ。


血羽ちばね家のブロイラーマン」


 ニワトリ男も己の血に刻まれた本能により名乗り返す。その目には弱者を顧みない者に対する爆発的な怒りを宿していた。


「へへへ! 待ってたぜ、テメエ!」


 キルドーザーが半分潰れた顔から血を流しながら、血走った目で言った。


 キルドーザーの脚部がタイヤに変形した! 甲高いホイルスピンの音を立てながらブロイラーマンに突進する!

 古鉄家は機械人間の血族なのだ。


「そんじゃさっそく死ねやァア! トマトみたいに潰れろォ!」


 この体当たりをブロイラーマンはジャンプでかわし、キルドーザーの大きな頭の上に飛び乗った。


「ア!?」


「オラアアアアアア!」


 ブロイラーマンはキルドーザーの脳天に瓦割りパンチを叩き込んだ。

 グシャアアア!


「……ア?」


 キルドーザーの頭部が叩き潰され、血と脳漿が濡れたスポンジを握り込んだかのように噴き出した。


 ブロイラーマンはジャンプしてそのままスティールマンに殴りかかった。キルドーザーの体はそのまま勢い余ってビルの壁に突っ込んだ。

 ドゴォ!


 スティールマンは腕組みしたままブロイラーマンのパンチを顔面に受けた。

 ドゴォ!


 しかしスティールマンは揺るぎもしない。その肌はいつの間にか赤銅色となり、額には角が生えている。

 鉄鬼家は鬼の血を引く血族で、鋼のように硬い肌を持つ。


 スティールマンはにやりとし、甲高いシャウトとともに抜刀した。


「キェェイ!」


 目にも留まらぬ連続斬り付けを放った。連続して数度、切っ先が風を切って往復する。


 ブロイラーマンはそのすべての軌道を瞬時に見切り、素早く上半身を振って回避した。さらに間合いを詰めてスティールマンの胸倉を掴み、逆の手で顔面へパンチ連打!


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!


「ムダだ! 貴様の拳程度で鉄鬼家の肌が破れるか!」


 ブロイラーマンは構わず連打、連打、連打!

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!


「なっ……何!?」


 スティールマンは驚愕した。

 彼の肌は鉄壁を誇るが、同じ場所に超高密度のパンチ連打を食らううちに徐々にダメージが蓄積してきたのだ。恐るべき鉄拳の硬度と連打速度であった。


 肌が破れ、頭蓋骨がギシギシと悲鳴のような軋みを上げ始めた。


「やめろ! やめ……」


 ブロイラーマンはぴたりとパンチを打つ手を止めた。

 その目に秘められた容赦なき殺意にスティールマンは心底震え上がった。目の前にいるのは人型をした激怒の塊であった。


 ブロイラーマンは言った。


「お前に聞きたいことがある」



* * *



 市内某所、とある倉庫。


 そこに五人の血族たちが集められていた。いずれもまちで武装強盗などをしている腕自慢の悪漢たちだ。


 遅れて黒衣の男が倉庫にやってきた。

 血族たちを見回し、彼は言った。


「集まったな。始めるぞ」


 うちの一人があたりを見回して言った。


「スティールマンとキルドーザーが来てないぜ? 呼んだんだろ?」


「あいつらなら今朝殺られたと報告があった。抜け駆けしようとしたらしい」


 男がそう言った。

 それに対して血族たちは意外そうでもなく、ただ鼻で笑った。


「まあ、いずれ死ぬと思ってたぜ」


「スティールマンもマヌケだよな、あのバカと組むとは」


「静まれ」


 男が言った。その声色は静かだが、恐れ知らずのならず者たちでも肝を冷やすような威圧感があった。


 男はタブレット端末を起動し、モニタを五人のほうに向けて言った。


「血盟会ナンバーツーの九楼くろう殿から報告がある。どうぞ」


「よし、繋がった。見えてるぞ」


 ビデオチャットが繋がった。もっとも九楼のほうは暗くてよく顔が見えないが、向こうはこちらが見えているようだ。


「さて諸君、今日集まってもらったのは他でもない。例のブロイラーマンのことだ。知っての通りヤツはすでに血盟会メンバー数人を殺している。我らの面子にかけてこのまま放置しておくわけにはいかん」


「殺せってんでしょ?」


 血族の一人が言うと、九楼は頷いた。


「そうだ。手段は一切問わん。人間を何人巻き込んでも構わん。殺せ! あのニワトリ野郎の首を持ってきた者には破格の報酬と、無条件での血盟会正式メンバー入りを約束しよう」


 血族たちはにんまりとした。彼らにとってはおいしい話だ。


 血盟会は天外を事実上支配している悪逆非道の血族組織である。その一員となれば手に入らないものはなく、他に逆らえる者もいない。


 九楼は続けた。


「そちらにいる俺の部下がお前たちをバックアップする。名乗れ」


 タブレット端末を持っていた男がロングコートのフードを跳ね除け、名乗った。龍のような恐ろしい目と牙を持つ顔が露わになった。


龍口りゅうく家のドラゴンブレスだ」


 血族たちのあいだに緊張が走った。龍口家のドラゴンブレス! 元は彼らと同じまちのチンピラでありながら、血盟会の目に留まってのし上がった男だ。


 その腕前と冷酷さは裏社会の誰もが知るところであり、今では血盟会の猟犬として組織に逆らう者を殺している。

 ドラゴンブレスが誰かを殺すと宣言すれば、それは死神が宣言したも同然であり、誰であろうがいずれ必ず死ぬ。


「俺がブロイラーマンを殺す」


 ドラゴンブレスは言った。


「お前たちはブロイラーマンをおびき出せ。お前たちが殺せればそれで良し。ムリそうなら俺を呼べ。いいな?」


「お、おう……」


 血族たちはごくりと唾を飲み込み、この不吉な影を纏う男に頷いた。


 そしてそのとき!

 ガシャン!


 窓を突き破り、外から工場に何かが投げ込まれた。

 それは六人の前にグシャリと音を立てて落ちた。


 血族の一人が目を見開いて言った。


「ス……スティールマン?!」


 スティールマンの死体であった。頭を潰されているが、腰に下げた鞘と時代錯誤な着物姿は間違いない。


 一同に動揺が走る。


 そこにコツコツと革靴の音を立てて現れた男がいた。


 ブロイラーマンであった。

 彼は肩をぐるりと回してストレッチし、一同に目をやった。


「そいつが全部吐いた。血羽家のブロイラーマンだ。お前らを殺しに来た」


 血族たちは殺気立って身構えた!


「ハハハーッ! 飛んで火に入るニワトリだぜ!」


 一方、ドラゴンブレスは木箱の上にそっとタブレット端末を立てかけた。

 ドラゴンブレスは血が沸くような表情をしていた。自らも上着を脱ぎ、ブロイラーマンを見ながらタブレット端末に言った。


「九楼殿、どうぞご覧あれ」



――数分後。


「あああああ! あああああああああ!」


 仰向けに倒れたドラゴンブレスは絶叫していた。

 その表情は恐怖と、そしてそれ以上の驚愕に歪み切っていた。目の前で起きていることを理解できず、怪物を目の当たりにした子どものように混乱していた。


 ブロイラーマンはドラゴンブレスを無慈悲に見下ろした。

 全身血まみれであった。その鶏冠とさかと同じく真っ赤な鮮血にまみれている。だが彼自身はほとんど傷を負っていない。


 周囲には五人の血族が――血族だったものの肉片が飛び散っていた。


 ドラゴンブレスは両腕を引きちぎられ、顔中を殴られて半ば潰されている。

 ドラゴンブレスは口をパクパクさせながらかすれ声で言った。


「な、何なんだ……お前は……なんなんだ……!?」


「俺は俺だ」


 ブロイラーマンは言った。

 そして地獄のような声色で言った。


「お前に聞くぞ。霧雨病をバラまいている血族は誰だ」


 唐突な質問に、ドラゴンブレスは呆けたような顔をした。


「し……知らない」


「霧雨病の治療方法は?」


「知らない!」


「そうかい。じゃあ用はねえ!」


 グシャアア!

 ドラゴンブレスは悲鳴すら上げる間もなく、ブロイラーマンに頭を踏み潰されて死んだ。


 ブロイラーマンはちらりとタブレット端末に目をやった。

 モニタの暗がりの中で、九楼は親しげに笑った。


「やあ、ブロイラーマン。探している血族は見つかったかい?」


「必ず見つけるさ」


 ブロイラーマンはモニタの男を睨んだ。


「霧雨病をバラまいているヤツは殺す! お前も殺す! 血盟会は全員殺す! この世からテメエらの全存在を消し去ってやるぞォォ―――ッ!」


 ブロイラーマンはタブレット端末を拳で叩き割った。

 ガシャアア!










 B R O I L E R M A N










(続く……)

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