リップショット(6/6)
竜骨の顔面にチョップ突きを放つ!
竜骨の顔が再び兜に覆われた。
ギャギン!
リップショットの骨の指先は火花を上げて弾かれた。硬い!
対して竜骨の左の正拳! 右手の正拳! 無骨で着実な連撃だ。一撃一撃がガード越しでも体の芯に響くように重い!
リップショットがたまらず下がると、その胸へ竜骨の足刀蹴りが伸びた。
竜骨の攻撃は速く重いが、リップショップはすでに見切りつつあった。血を授かって間もない流渡は強大な血族のパワーを使いこなせおらず、逆にパワーに振り回されているのだ。
一方、リップショットには一日の長がある!
リップショットは蹴ってきた竜骨の足をさっと掴み、一気に間合いを詰めた。足を抱え込んだまま、竜骨の顔を掴んで後頭部から床に落ちるように押し倒す。
ドゴォ!
「!!」
素早く竜骨に馬乗りになると、兜に右手で馬乗りパンチを振り下ろす! その一発一発には父親と親友を一度に失ったことへの、がむしゃらな怒りと悲しみが込められていた!
ガギン! ガギン! ガギン!
リップショットは泣きながら叫んだ。
「お前はもうリューちゃんじゃない! リューちゃんならこんなことするもんか! お前は! 優しさも思い出も! 魂の何もかもを
「手加減しすぎだぞ、若者」
コクシクスが呆れ顔で言うと、食卓を立った渦島家の三人がリップショットに飛びかかった。こちらもコクシクスの能力に囚われた死体だ!
渦島家父親が手にしたステーキナイフを繰り出す!
リップショットは後転して素早くかわし、右腕を振るった。折り畳みナイフめいて骨の腕が変形し、飛び出した鎌状の刃が渦島家父親の胴体を切断!
ドッ!
続いて追いすがってきた渦島家母親を縦一文字に切断! 切断面から骨の蛇が飛び出し、本体であるコクシクスのほうへ這い戻って行く。
テーブルの上から渦島家息子が覆い被さるように飛びかかった。リップショットはその心臓を鎌の刃先で突いたが、元々死体の操り人形はそのまま構わずリップショットに抱きついて来た。
動きが止まったところで、上半身だけになった渦島家父親がリップショットの足にすがりつき、腿にステーキナイフを突き立てる!
ドスッ!
「ああ!」
グシャア!
竜骨がすかさず渦島家父親の頭を踏み潰し、コクシクスに叫んだ。
「やりすぎだ! やめろ、コクシクス!」
リップショットは驚きに眼を開いた。竜骨が平然としていることにだ。
(全然効いてない?! あんなに殴ったのに!)
恐るべき鎧の防御力であった。
コクシクスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「お前が手間取るからだ。最初の一打で決められただろう」
「やっぱりこんな方法はイヤだ! 本人に納得させてからでないと……」
「ヌルいことを! いつまで下らぬ人間性にすがり付いているのだ!」
二人が言い合いをしているあいだ、リップショットは操り人形に抱きすくめられたまま激痛に耐えていた。脚にはステーキナイフが深々と突き刺さっている。
彼女は憎悪と怒りを振り絞った。振り絞ろうとした。
(私に本当に殺せるの? 竜骨を……リューちゃんを、ただのひとりの親友を……)
「ともかく、そいつのもう片方の足を折っておけ。逃げられんように」
コクシクスが酷薄に命ずると、竜骨が振り返ってリップショットを見下ろした。二人の目が合い、秘めた思いが交錯した。
「……」
「さっさとやれ……オゴ?!」
ドゴォ!!
コクシクスの後頭部にどこからか飛んできた花瓶が直撃した。花瓶が重い音を立ててガランと床に転がる。
「ぐおおお……」
コクシクスは頭を押さえ、床を転げ回って悶えた。歯を食い縛って花瓶が飛んできた厨房のほうを睨む。
「だ……誰だ!」
「おっと? 割れると思ったんだがな。悪い、真鍮製だった」
コツコツと足音を立てて現れたのは、黒い背広に赤いネクタイの人影である。驚くべきはその頭部であった。炎のように赤い鶏冠を持つ
ニワトリ頭の男は名乗りを上げた。
「血羽家のブロイラーマン。すまねえ、本当は真鍮製ってわかってたんだ」
「狂骨家のコクシクス! 貴様、血盟会か!?」
ブロイラーマンはその問いかけに眉根を寄せた。彼は永久の力を借り、リップショットを血盟会の一員と考えて追跡していたのだ。
「俺はただの俺だ。何がどうなってるかわからんが、ともかくお前は殺しとく」
「クソッ、サイコ野郎め。若者! 女から眼を離すな」
操り人形の死体がビクンと身を震わせ、その体から骨の蛇たちが這い出してきた。それらはコクシクスへと向かい、尻尾の一部に戻った。
コクシクスが分散していた力を自分自身に戻したのだ。それはすなわち目の前の相手、ブロイラーマンに全力で立ち向かう必要があると判断したことを意味する。
「オラアアアーッ!」
「おおおーッ!」
二人の血族は激突した!
リップショットを捕まえていた死体人形から力が抜け、ずるりと床に崩れ落ちて行く。竜骨は「動くな」と言うようにリップショットに手を向けた。
だがリップショットは片足一本で跳ね、竜骨に飛びついた! なおも攻撃してくるとは思ってもみなかった竜骨の首に抱きつくと、リップショットは素早く背後に回り込んだ。
振りほどこうと身をよじる竜骨におぶさるようにしがみつきながら、右手を彼のこめかみに押し当てた。骨の腕が変形し、杭打ち銃じみた形状となる。
ガキン! ガキン! ガキン! ガキン!
すさまじい火花を散らしながら骨の杭が続けざまに兜に打ち込まれる!
「うおおおお!!」
竜骨は狂ったように動き回り、背中からテーブルに倒れ込んだ。
ガシャン!
テーブルが壊れて潰れ、皿が割れる。それでもリップショットは死ぬ気でしがみつきながら攻撃を加え続けた。もし振りほどかれたらこの足では立ち回れない。リップショットにとって、このもつれ合いが最後の勝機であった。
杭は少しずつだが竜骨の装甲を穿っている!
ガキン! ガキン! ガキン! ガキン!
「昴! やめてくれ! 昴!」
(耳を貸すな! こいつはもうリューちゃんじゃない! 耳を貸すな! 殺せ! ……殺すんだ……)
竜骨の背面への肘打ちがリップショットの脇腹を捕らえた。
ドムッ!
衝撃に息が詰まった瞬間、竜骨はリップショットを引き剥がした。竜骨は怒りを込めてリップショットに向き直った。
ブロイラーマンはリップショットを気にかけている様子は毛頭なく、コクシクスと死闘を繰り広げている。
万事休すか? 否、リップショットは諦めてはいない。あと一撃で竜骨の頭部装甲は破れる! 次の一手にすべてを賭ける!
「ウオオオラアアア!」
「ゴボッ……!?」
リップショットと竜骨は叫び声がした方向を見た。
コクシクスは自分の胴体を貫通しているブロイラーマンの拳を唖然として見下ろした。
「おの……れ……」
「情報を吐いてから死ね。お前らの家系は血盟会と敵対していると言っていたな。汚染霧雨を降らせてるヤツを知ってるか?」
コクシクスの眼にロウソクの最後の灯火じみた力が宿る!
「何も吐くものか! ウ……ウオオオオオ!」
ギュルン!
コクシクスの尻尾がブロイラーマンに巻き付いて動きを封じた。コクシクスは血を吐きながら竜骨に向かって絶叫した。
「若者、この場は退けェ! お前ではこの血族には勝てん! 無駄死にするな!」
「ムダな足掻きを!」
ブロイラーマンは両腕に力を込めた。背広の下で岩石のように無骨な筋肉が盛り上がり、コクシクスの尻尾にピシピシと音を立ててヒビが走る。
コクシクスは死力を振り絞った。
「俺に代わって肋組に仕えろ、竜骨! 組長に会え! 行けェエ!」
「……」
竜骨はちらりとリップショットを見たあと、窓に向かって走り出した。窓ガラスを突き破り、外へと飛び出す。
同時にブロイラーマンが骨の尻尾を砕いた。コクシクスの顔面にパンチを放つ!
「オラァアア!」
ドゴム!
コクシクスの顔面にブロイラーマンの拳がめり込んだ。コクシクスはその場にひざまずき、倒れた。
ブロイラーマンは竜骨を追って窓に向かったが、その足にリップショットがしがみついた。彼女は泣きながら叫んだ。
「やめて! あの人は殺さないで!」
ブロイラーマンはリップショットを見下ろした。その眼には煮えたぎるような怒りと殺意があった。
「日与くん、その子は人間であることに踏みとどまっているわよ」
ブロイラーマンがつけたインカム越しに永久が言った。彼女はフォート外にいて、彼の隣でホバリングしている小型ドローンが送ってくる映像を見ている。
「あなたはどうなの?」
「……」
ブロイラーマンは己の中にある狂熱を冷ますように息を吐き、拳を下ろした。
リップショットは犯罪者を狩って回っていたが、一度たりとも無闇に殺さなかったことをブロイラーマンは知っている。
ブロイラーマンは竜骨が消えた窓のほうに眼をやった。
「恋人だったのか?」
「違うんだよお……そうじゃないんだってば……」
リップショットはその場にうずくまり、嗚咽を上げた。
「私がライオットを好きなのは、恋人になりたいとかそういうんじゃなくて! そういう好きじゃなくって、リップショットとライオットは本当の友達で、それはすごく尊い関係で……なんで……なんで友達じゃダメだったの……なんでなの、リューちゃん……」
それはブロイラーマンには理解できないことだったが、彼女の中にある怒りは理解できた。
無力な自分、すべてを奪った運命……自分と同じ光景を今、リップショットは見ているのだ。
ひと息ついてからブロイラーマンは言った。
「一緒に来るか?」
***
昴と日与は渦島家の屋敷から出た。
昴は父親の屍を屋敷の前に横たえた。
(ごめんね、パパ。私はパパの望むような女の子じゃなかったかも知れないけど……でも、行かなきゃ)
心の中で最後の別れを告げ、父親の胸のポケットにメモを滑り込ませた。藤丸家の財産はすべて処分し、使用人一同で平等に分けるようにという書置きだ。それは藤丸昴の人間としての遺書でもあった。
涙を拭い、先を行く日与を追った。
不意に流渡の笑顔や優しさを思い出し、胸を締め付けられた。
(友達のままでいられたら……)
***
流渡は振り返り、汚染霧雨に霞む購坂フォートを見た。
故郷に戻ることは二度とないだろう。あの中で過ごした日々や、両親にしばし思いを馳せた。
コクシクスは言っていた。アンボーンは強大な血族で、相当に手ごわい女だった。それが死んで未熟な少女が血を継いだとあれば、血盟会がこの機を見逃すはずはないだろう。連中は血を授かる者が二度と現れないよう昴を葬り去るつもりだ。
血を授かった今、一身を賭して昴を守るのが自分の使命だと流渡は信じていた。肋組とて約束を守る保障はない。ならば自分がすべてから彼女を守り通す。その決意は揺るがない。だが……
(昴)
この胸の痛みは何なのだろう。昴の泣き叫ぶ声は今も胸に突き刺さっている。
(友達のままでいられたら……)
その考えを流渡は振り払った。彼は走り出し、天外の混沌へと身を投じた。
(行くしかない。もう戻れないんだ!)
(続く……)
*作者からのお願い
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