アンデッドワーカー(4/4)
学校のプールほどもある薬液槽がいくつもあり、その中で老若男女の死体が緩慢に手足を動かしているのだ。
あれが血族の秘術によって作られた、死体を甦らせる秘薬か。
冷凍死体をコンベアに乗せている者も、バラバラの死体を継ぎ合わせて一つにしている作業者も、プールのゾンビに合成肉の餌を与えている飼育員も、すべてみな同じゾンビである。
ゾンビがゾンビを生産しているのだ! 地獄のオートメーションとでも呼ぶべき光景!
「オエッ! 永久さん、名推理だよ」
「血族がいるはず。気をつけて」
日与は影も残さず素早く中二階から地階に降り、事務所に入った。
事務員たちが事務作業をしている。ゾンビ同然の顔色だが、彼らは正真正銘の生きた人間であった。
過労死寸前の血走ったその眼がこちらに向くと、日与は口元に人差し指を立てた。
「シーッ! 騒ぐな。助けてやる」
みるみる彼らの目に光が戻った。
「し、借金を返せなかったらここに連れて来られて! 過労死した人たちはみんなあのプールに放り込まれて、奴らの仲間に……」
日与は彼らを繋いでいるチェーンに手をかけ、ひと息に引きちぎった。
バキッ!
「行け! 逃げろ」
日与は彼らを行かせたあと、工場長室のドアをノックした。
返事がない。
それでも激しくノックを続けると、ドアが乱暴に開かれた。
全裸に白衣を羽織っただけの中年男が飛び出してくる。
「なんだなんだ! 休憩中だぞ! 邪魔するなと言っ……」
その目の前にいたのはニワトリ頭に黒い背広姿の怪人!
ブロイラーマンである! 大きく右拳を引き、野球投手じみて振りかぶっている!
「オラアア!」
ドゴォォオ!!
「グエエエーッ?!」
男は室内に吹っ飛び、マホガニーの社長机に叩きつけられた。
机周囲にはメイド服を着せられた女のゾンビが六人いた。男とブロイラーマンの交互にどんより白濁した死者の眼を向ける。
ブロイラーマンは高々と名乗りを上げた。
「血羽家のブロイラーマンだ! 探したぜ、ツバサの犬野郎!」
「ふ、腐痴家の……エンバーマー……」
顔面が半分潰れたエンバーマーは息も絶え絶えに答えた。
フランケンシュタインじみた容姿の血族で、顔を含む全身をツギハギにしている。白衣の胸に血盟会メンバーであることを示す、翼を意匠化した銀色のバッヂを着けていた。
「パイルドライバーを殺した奴か!? 何でここに……」
「地獄で他の奴に聞け。質問はこっちがする」
ブロイラーマンはエンバーマーをデスクに押し上げて仰向けにすると、その上に馬乗りになった。
「ゾンビどもを死体に戻す方法は?」
「ゾンビではない、アンデッドワーカーと呼べ! 俺は貴様の言いなりにはならんぞ!」
「お前が死んだらみんな戻るんだろ。試してみるか」
ブロイラーマンはエンバーマーを机に押し上げ、容赦なくパンチを連打!
ドガッ! ドガッ! ドガッ!
「や、やめ! やめグワッ! グワアアーッ!」
ドローンのカメラが、ぼんやりと成り行きを見守るメイドゾンビたちを映す。
「!!」
それを横から見ていた仁郎は突然アクセルを踏み込み、路肩から飛び出した。
「ちょっと!? 彼が片付けるのを待つって言ったでしょ!」
仁郎は無視し、猛スピードで車を工場敷地内へ入れた。
守衛のゾンビ、もといアンデッドワーカーを轢き殺し、バンを工場入り口前に乱暴に横付けする。
仁郎が密造ライフルを手に飛び降りると、永久も仕方なくそれに続いた。
ズダーン!
バルコニーの見張りアンデッドワーカーが身を乗り出し、真下に撃ってくる! 仁郎をかすめて地面が弾けた!
「うおお!」
仁郎が撃ち返す!
ズドン!
頭が吹っ飛んだアンデッドワーカーはそのまま地面に落ち、ぐしゃりと潰れた。
「仁郎!」
永久の制止を無視して仁郎は工場内へと飛び込んだ。
中のアンデッドワーカーたちはふたりに振り返りはしたものの、すぐに自分の仕事に戻った。仕事以外の命令はプログラムされていないようだ。
永久は仁郎を追って事務所を抜け、工場長室に入った。
仁郎はメイドのひとりに眼を奪われていた。
「燐音……」
かつて立風燐音という名だったアンデッドワーカーは、ぼんやりと仁郎を見返した。
白濁した瞳には何の意思も見受けられず、半開きの口から涎を垂らしてうめき声を上げた。
「ア゛ー」
「死んでるわ!」
バン! バン! バン!
ドアの横に隠れ、集まってくる警備アンデッドワーカーたちに拳銃で応戦しながら永久が叫ぶ。
「諦めなさい!」
だが仁郎の耳にはもう何も届いていない。
「燐音! 俺だ! わかるか!」
「ア゛ー」
「おい、日与! やめろ!」
ブロイラーマンは振り返って無関心に仁郎のほうを見たあと、もはや瀕死のエンバーマーの胸倉を掴んだ。
「もう一度聞くぞ。アンデッドワーカーを人間に戻す方法は?」
「ゴフッ……そんなものはない!」
「だろうな。全部まとめて死体に戻せ! さもなきゃ殺す!」
仁郎は泣きそうな顔で銃口をブロイラーマンに向けた。
「ダメだ! やめろーッ!」
その仁郎の背に燐音のアンデッドワーカーが抱きついた。
もはや活ける死体でしかない彼女は、彼の首筋に齧りついた!
「ア゛ー!」
「ぐあああ!」
ブチブチと肉がちぎれ、仁朗の首筋から大量の血が噴き出した。
振り返ってそれを見ていたブロイラーマンは、エンバーマーの胸倉を掴んで引き上げた。
「アンデッドワーカーを! 停めろ!」
「ヒイイ!」
エンバーマーが悲鳴を上げ、ぶつぶつと呪文めいたものを唱えた。
突然、燐音たちメイドアンデッドワーカーが雷に打たれたようにビクンと跳ね上がり、体を硬直させて倒れた。
同じく警備、作業用のものたちもばたばたと動かぬ死体に戻っていく。
仁郎は燐音の死体を抱き締めた。
「燐音ェェエ……」
断末魔のように彼女の名を呼び、事切れた。
ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!
そのあいだブロイラーマンはずっとエンバーマーを殴り続けていた。狂ったように笑いながら。
「ハハハハハハ!」
「やめろーッ! 言う通りにしただろ!」
「〝NO〟だ! テメエも死体に戻れ! ハハハハ! ハハハ! ハハハハハハハハァーッ!」
***
その日の夜。
永久はガラス張りのベランダから
部屋着姿で椅子に座っている。
天外北東の郊外、高台の中腹あたりの一軒家だ。ひとりでは広すぎるが、ふたりならちょうどいいくらいの大きさがある。
この家で一緒に暮らすはずだった恋人はもうこの世にいない。
スマートフォンに眼をやり、あの後の日与との電話を思い出す。
(((エンバーマーは大したことは知らなかった。滅却課って言う血盟会の証拠隠滅部門に、アンデッドワーカーを五体貸したってことしか)))
(((日与くん。あのとき、なぜ仁郎を助けなかったの)))
(((そこまで面倒見てられるか。俺が始末するまで入るなって言ったはずだろ)))
永久はスマートフォンをサイドテーブルに置き、向かいの椅子を見た。
花切は永久より年上で有能な刑事だったが、そそっかしくていつも何かこぼしていた。椅子の下には落とし切れなかったコーヒーの染みがいくつもある。
永久は突然込み上げてきた涙をこらえ、ひとりつぶやいた。
「花切さん。あの子は本当に人間?」
(((う~ん……永久は人間の証拠って何だと思う?)))
花切がそう言ったとしても、永久には答えられない。
永久は夜景に眼を戻した。
毎夜、緊急車両のサイレンが鳴り止むことはない。
街頭テレビは例によって遺族・被害者団体が起こした霧雨病公害裁判が棄却されたことを伝え、その合間に消費を煽る企業CMが洪水のように流れる。
混沌と退廃と欲望が渦巻く
「地獄が製造される
(続く……)
*作者からのお願い
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一言で構いませんのでぜひ思ったことを感想欄に書き残してください。
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