血盟会(1/3)
石音日与は血族となり、天外市警の警官・佐池永久の協力を得て血盟会との戦いを始めた。
死んだ両親の復讐のため、そして双子の兄である明来を不治の病から救う方法を探すために。
日与がパイルドライバーを殺した三日後……
***
天外市某所。
百畳の和室に血盟会血族十名が集められていた。大柄な者、小柄な者、人間とは思えぬ姿の者、人間と変わりない姿の者――みな座布団に座して黙りこくっている。
それぞれの胸には、翼を意匠化した銀色のバッヂが光っている。銀バッヂは血盟会の幹部クラスで、スクリーマーなどの銅バッヂはその下につく
(な……何でわたしが血族の会合なんかに呼ばれたんだろ……)
ただひとりバッヂを持たない人間の
奥のふすまが開いたとたん、血族たちはいっせいにひれ伏した。
紡は部屋の殺気濃度が一挙に上がったのを感じ、ゴクリと唾を飲み込んだ。畳に額を擦り付けながら、部屋に入ってきた着物姿の人物を盗み見る。
ぞっとするほど冷たい美貌を持った青年であった。歳とは不相応な威厳をまとっており、まるで老虎が少年の姿を取っているかのようだ。胸には血盟会の会長であることを示す、この世に一つだけの金色のバッヂを着けている。
紡は驚いた。
(あれが
上座についた鳳上は一同に面を上げさせ、言った。
「パイルドライバーが殺された」
血族たちは静かにざわめいた。彼らは名が出た血族の座布団が空席である理由を知ったのだ。
「よもやパイルドライバーが!」
「あの男の腕は確かだったはず」
「いったい誰が……?」
鳳上は隣に控えている男に眼をやった。
「九楼。説明しろ」
三十半ばのすらりとした美丈夫で、黒い紋付を着込んでいる。紡は彼に見覚えがあった。
(あれはツバサの隠蔽工作専門の課、
九楼は朗々とした声で説明を始めた。
「
九楼は扇子で自分の掌をぴしゃりと叩いた。
「その場の死体はみな焼けていて判別不明。誰が生き残って血を授かったのやら……その場にツバサ幹部の息子がおりましたが、事件後すぐに病院で死んでおります。不祥事の臭いを嗅ぎ取った親に消されたようですな」
「些末ごとと切り捨てたいところだが」
鳳上が顎を撫で、思案顔で言った。
「パイルドライバーほどの男を殺したとあってはな……どうしたものか」
紡はいまだこの場に自分が呼ばれた理由がわからないでいる。
ツバサ上層部の人間は自分たちの本当の主、すなわち血盟会と血族の存在を知っており、紡もその特権階級のひとりであったが、これまで関わったことはなかった。
彼女がじりじりとした不安に肝を焦がされていると、鳳上が思い出したように手を叩いた。
「おお、今夜は酒宴の席であったな。ともあれ酒だ」
顔を黒子めいた垂れ布で隠した小間使いたちが音もなく料理を運び、酒を注いだ。乾杯の音頭が取られて血族たちが盃を干すと、九楼が立ち上がった。
九楼は道化じみた仕草で四方に頭を下げると、また扇子で手の平を打った。
パシン!
「では失礼して。お目汚しは承知ながら、ここで酒の肴に少々の余興をば!」
ふすまが大きく開かれ、小間使いたちが大きな台車を押してきた。九楼が被せられた布をさっと取り去ると、逆L字の鉄柱から両手を鎖に繋がれた青年が吊るされていた。まだ少年と言ってもいいような年頃で、髪も肌も白く、透き通るような裸身を晒している。
「さあさあ、これなるは本日の
紡は呆気に取られ、すぐにガタガタと震え始めた。
(まさか……ウソ……
小間使いが各々の膳に漆塗りの皿を配って回った。和紙の上に逆刺のついた鋼の投げ矢が乗っている。
九楼は扇子を振るい、朗々と進行を続ける。
「お手元に投げ矢が行き渡りましたな? それではお手数なれど、こちらの的に順次投げてていただきたく! ルールはいたって簡単、的を殺してしまった方の負けでございます! ご覧の通り台座には
九楼は会員のひとりを手で示した。
「では年功者から時計回りに順次! ヒッチコック殿!」
ロングコートのフードで顔を隠したその血族、ヒッチコックは無言で投げ矢を投げた。
ドッ!
投げ矢が青年の下腹部に突き刺さる!
「……!!」
猿ぐつわを噛まされた青年は身をよじり、声にならない悲鳴を上げる。台座に付属しているモニタのバイタルサインは一瞬跳ね上がったものの、なお正常である。ヒッチコックは人体の急所を巧妙に避けたのだ。
一同からどよめきが上がる。
「おお、さすが血盟会最強!」
「初手から見せますなあ!」
「ささ、序列で言うと次はアンチェイン殿ですぞ!」
的を遮らぬよう、九楼はくるくると立ち位置を変えた。次の血族が投げ矢を飛ばす。
ドッ!
「……!!」
口々に賞賛の声が上がった。
「おう、おう! やりますなあ」
「さてさて、俺の番まで生きておるかね?」
「では次にスケープゴート殿……」
青年の体に次々に投げ矢が突き立てられる。血族たちはそれを見ながら手を打って笑い、平然と酒を飲み、料理をつまんだ。
「では
鳳上はその様子に子犬と戯れる我が子を眺めるかのように眼を細めている。
「おっと、今のは紙一重!」
「そろそろ死にますかな」
「アバラの隙間を、こうスルリと……」
邪悪な愉悦と生温い血臭が渦巻く中、悪夢の饗宴は続く。
紡はぐるぐると回って見えるその光景が現実のものとは思えないまま、必死に吐き気をこらえていた。
(何で、何で……どこで間違ったの……)
「さあ、トリは
少年の太い血管や臓器の隙間という隙間にはすでに投げ矢が刺さっている。だが投げ矢を親指で撫でる大前の端正な顔にはいささかの緊張も見られない。
彼は物静かな動きでふわりと振りかぶり、投げ矢を投げた。
ドッ!
「……!!」
青年がひときわ大きく体を仰け反らせ、その場で跳ね上がった。投げ矢は左胸に突き刺さっていた。心臓の真上である。だがなおバイタルサインは生存を示している!
九楼は芝居がかって息を飲み、扇子を広げて大きく賞賛の声を上げた。
「よもやよもや! 心臓に届く直前で止めている! まさに妙技!」
「「「おお……!」」」
感嘆の声、そして拍手と笑い声。
九楼はくるりと鳳上に振り返った。
「不粋を失礼。会長、先ほどの血羽の件、大前殿を使ってみては? 彼は血盟会入りしてまだ間もなく、手柄の機会に恵まれておりませぬゆえ。腕前もこの通り折り紙つきと来ております」
「いいだろう。大前、例の血羽はお前に任せる」
鳳上が言うと、大前は平伏した。
「拝命いたします」
紡の額に浮いた玉のような汗が震える拳に落ちた。
九楼は的の青年の猿ぐつわを外し、彼に微笑みかけた。
「はて? 何か言いたげだね。この中に知り合いでもいるのかな?」
「ゴホッ……いません」
青年は血の混じった咳をして答えた。必死に紡に――愛人に視線を向けないようにしながら。
「そんな人……いません」
「それを聞いて安心。では稲見殿、ささ、どうぞこちらへ」
九楼が手招きすると紡は催眠術にかかったようにふらふら立ち上がり、一同の前に出た。九楼は紡を後ろから抱きかかえるようにして投げ矢を握らせた。
「最後の一手をあなたにお任せし、これをもって余興は締めといたしましょう! ささ、ブスーッと。ひと息に!」
「はぁっ……! はああ……! はあ、はあああ……」
膝を震わせ、腹筋を引きつらせた紡は、血族たちが自分を見ていることに気付いた。皆笑っていた。彼女の苦しみを、絶望を酒の肴に楽しんでいた。紡はようやく自分がこの場に呼ばれた理由を理解した。
(目の前で愛人を穴だらけにされる女を見ながら酒を飲みたい……そのために今日、私を……彼を連れてきて……)
紡は断末魔のごとき悲鳴を上げた。
「ああああああああああああああああああ!!!!!」
***
夜半を過ぎた。
血盟会の面々はすでに退出し、広間には三人の血族のみが残った。九楼、大前、ヒッチコックである。
彼らは部屋の中央に膳を持ち寄り、楽な格好で酒を酌み交わしている。
彼らに酒を給しているのは若い女たちだ。肌をさらした着物姿で、顔はやはり垂れ幕で覆っている。
「推薦していただいたことを感謝します。でもなぜ俺を?」
正座した大前が言うと、女に膝枕させてだらしなく寝そべった九楼は、徳利を彼に差し出した。大前が一礼して杯を受けると、九楼は言った。
「俺ァお前が気に入ってんのさ。マジメだし、若いくせに慎重なとこもな」
「恐れ入ります」
「いずれ俺にはお前が必要になるかもな」
「滅却課の仕事に?」
「いいや。鳳上を殺す駒がいる」
絶句する大前に対し、九楼は笑い始めた。
「お? マジに取っちゃったか?」
それまで黙っていたヒッチコックが唸るような声を上げた。
「冗談でもやめられよ、九楼殿。忠義を疑われますぞ」
九楼は彼に笑いかけた。
「ハハハ……あなたはいつもおカタい! 酒の席の軽口ですよ」
九楼は真顔になり、大前に言った。
「いいかい、あの血羽は確実に殺せ。下手な色気を出すなよ。殺せたらまた話がある」
「どんな?」
「ヤツを殺せたら話す。お前次第だ」
広間の隅では放心した紡が座り込み、壁に向かってブツブツと何かつぶやき続けていた。血族たちはそれを一瞥すらしない。
次回 01/13(00:00) に更新予定!
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