呪われた血と偽りの救済(5/7)
***
六日目の深夜。
日与はひそかにベッドから抜け出した。
男子寮の男たちはみな昼間の仕事で疲れ果て、ぐっすりと寝入っている。
寮を出た日与の姿は雄鶏頭にスーツ姿となっている。
村の監視塔には不寝番の神官が立ち、あたりを見張っている。
ブロイラーマンは神官が缶コーヒーを取りに行った隙を突いて風のように疾走し、外壁を駆け上がって乗り越えた。
汚染霧雨が降り続ける天外の夜には月も星もないが、血族は夜目が利く。
村から少し離れた農家の廃墟まで来ると、軒下にリップショットが待っていた。
リップショットはブロイラーマンの顔を見て言った。
「前から思ってたんだけど、そのくちばしでどうやって人の言葉を喋ってるの?」
「慣れれば便利なんだぜ。ラップだってできるぞ」
二人は山中に入り、ブロイラーマンの案内で例の沼へ向かった。
ブロイラーマンはペンライトを取り出し、明かりを投げかけた。沼の岸辺に、明かりを浴びた何かがキラキラと光っている。
「これだ」
「私がやりたい! 沼のほうを見張ってて」
リップショットが泥の中を手探りするあいだ、ブロイラーマンはあのナマズめいた異態生物を警戒したが、今夜は姿を見せなかった。眠っているのだろうか。
「見て、ブロ!」
振り返ると、リップショットが泥から取り出したものを並べ、宝物を見つけたように興味深げに見つめている。
「銀歯に、入れ歯に、義眼。付け爪。そのナマズみたいな異態生物が消化できなくてそのまま排泄されたんじゃないかな」
「ブロって俺のことか?」
「ブロイラーマンって長いじゃない。これは……何だろ。ゴムの袋? 人工臓器みたいだけど」
「ともかくボスに報告だ」
「OK」
リップショットは通信機を取り出した。
通信が繋がると二人は永久に報告した。
先にブロイラーマンが山で見たことを話し、見つけた遺留品の歯形やシリアルナンバーなどを撮影して画像を送った。
次にリップショットが村であったことを話した。
夕方、昴たち女の期間労働者が夕食の準備をしていると、採集作業に出ていた車が戻ってきた。
男の信者たちが降り、日与と棄助がシャワーに向かった後、もう一台の車が戻ってきた。
その車から神官たちが男を一人、護送してきた犯人のように両腕を掴んで降ろした。その男も神官だったが、錯乱した様子で、縛り上げられていた。
日与が思いだしたように言った。
「異態生物が出た時にいなくなったって神官か。見つかったんだ」
昴は続きを話した。
昴と一緒に作業をしていた中年の女があれは自分の夫だと言い、ひどく動揺していたので、昴は彼女に付き添って様子を見に行った。
その男は教団の事務所にある医務室へ連れて行かれた。
だが医務室には信者しか入れないと言われ、昴は追い払われてしまった。
昴はいったん事務所を出たあと、医務室の窓越しに読唇をした。かなりの距離があったが、血族の視力ならば容易いことだ。
「医務室にいた人たちから聞き取れたのは、えっと……〝空腹の限界で〟〝満月の夜に儀式〟〝聖代様の奇跡〟くらいだったけど」
永久が言った。
「ひとまずこの遺留品を調べてみるわ。そこにいて」
音も無く汚染霧雨が降り続ける中、ブロイラーマンとリップショットは沼から少し離れた木の下で幹にもたれて待った。
はるか遠く、なだらかな尾根を下って行ったずっと先に、天外の町灯り見える。
それに目を細めていたブロイラーマンは言った。
「体調はもういいのか?」
「うん? うん」
リップショットはきょとんとした。ブロイラーマンに心配されていたとは思ってもみなかったらしい。
ブロイラーマンは勇気を出して切り出した。
「あー……あのさ。正直言うと、最初、お前のことが気に入らなかった。甘ったれたお嬢様で、メソメソしてて。何よりフォート育ちってだけでムカついてたんだけどさ……」
「ムカついてたけど?」
リップショットは指をマスクに引っかけて下ろし、素顔を晒してこちらを見ている。
ブロイラーマンは頭を掻いた。
男所帯で育ち、男子校に通い、乱暴者で近所の女子にも嫌われていた日与は、同年代の女の子と話したことがほとんどなかった。気持ちを伝えるのは難しかった。
彼はたどたどしく、だが一生懸命続けた。
「この七日のあいだ、ずっと家政婦みたいな仕事をさせられてんだろ。慣れない仕事で怒られたりしただろ?」
「うん、まあね」
「でもお前は文句を言わないし、必要とあらば異態生物のクソにも手を突っ込むし。タフな女だ。それから……俺の兄貴のことを気にかけてくれてありがとな」
「えっと……?」
「ほら、最初に永久さんから今回の説明を受けたとき。これならお兄さんの病気も治るかもって言ってくれただろ。お前はいいヤツだ」
ブロイラーマンは手を差し出した。
リップショットが少し照れながらその手を握ろうとすると、ブロイラーマンはおどけて手を引っ込めた。
「おっと。手を洗ってからな」
「何よ、もう! せっかく仲良くなれたと思ったのに!」
二人は笑い合い、握手をし直した。一気に距離が縮まった気がした。
「でも本当によかったのか? フォート暮らしを捨てちまって」
「後悔してないよ。いや、うーん、まあ……少しはしてるかも。髪を梳かしてくれる人はいないし」
リップショットは屈託無く笑い、わくわくした様子で続けた。
「でもね、ホント言うとこんな生活に憧れてたの! 放浪とか、冒険とか、悪者退治とか! もちろんもう一度リューちゃんに会いたいってこともあるけど。でもその二つとは別に、日与くんたちについてくって決めた理由がもう一つあって」
リップショットはちらりとブロイラーマンを見た。
ブロイラーマンが不思議そうな顔をして聞き返そうとしたとき、永久の声が割り込んだ。
「わかったわ。入れ歯は薬物中毒者の更正施設にいた人のもの。虫歯だらけのヤク中は多いからね。義眼は元窃盗犯で数ヶ月前に出所してる。人工直腸は元運び屋で同じく前科者……」
昴がぎょっとした。
「じ……人工直腸ってさっきのやつ!? 手ぇ突っ込んじゃったんですけど!」
ブロイラーマンは嫌そうに右手をぷるぷると振った。
「やっぱ握手しねえほうが良かった……」
「その遺留品の持ち主はみんな捜索届けが出ていない。身寄りのない人たち。流れ者。教団で働いていた期間労働者かしら?」
「じゃ、聖代派は沼に期間労働者を放り込んで、異態生物に食わせてた。何でだ? 給料を払いたくなかったからか?」
顎を撫でるブロイラーマンに永久は言った。
「証拠隠滅、口封じ、あるいは神への生贄とか……待って! そうか!」
はっとした様子で永久は言い、向こうで急いでキーを叩く音がした。
「リップ、あなたは〝満月の夜に儀式〟って話を信者から聞いたのね?」
「え? はい」
「給料未払いの契約期間の七日は……やっぱり! みんなその月の満月の日と被ってる。逆だったのよ。教団は給料を払うのがイヤで期間労働者を殺してたんじゃなくて、殺すから給料を払う必要がなかったのよ! みんな殺されるから当然未払いの事は外部に漏れないし、流れ者ばかりだから村から戻らなくても誰も探さなかった」
「あ! じゃ、信者の態度が変だったのは!」
「信者はみんな知ってたのよ。この期間に雇われた労働者は殺されるために集められているって。家畜を必要以上にかわいがらないようにしてたんだわ」
ブロイラーマンが言った。
「ってことは満月の夜が儀式の日で、皆殺しの日……今夜か! クソッ!」
返事を待たず、彼は走り出した。
リップショットがあわてて後を追う。その手の中の通信機越しに永久が言った。
「こっちからも援軍を送るわ。気をつけて!」
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