血を授かるとき(3/3)

 ドゴォ!


 楽しみが終わって立ち去ろうとしていたスクリーマーは、その音にぎょっとして振り返った。


 それは黒煙を上げて燃える廃車のドアが蹴破られた音であった。


 廃車の中から降り立ったのは、全身を炎に包まれた男だ。その燃える男が水滴を払うように手を振ると、炎は散って消えた。

 ゴォッ!


 身長百八十センチ超のたくましい肉体を持つ、背広姿の男だった。

 だがその頭部はスクリーマーと同じ、紅蓮の鶏冠を持つ雄鶏のものだ。ネクタイは鶏冠と同じく赤。目に明確な意思と怒涛の怒りを秘めている。


 その雄鶏頭の男、日与は絶叫した。


「オラアアアアアアアアアアア!」


 スクリーマーは片眉を吊り上げた。


「おや? 何と何と、当たりを引きましたか! ……エッ?」


「オラア!」


 日与はスクリーマーの顔面に鉄拳を叩き込んだ。

 ドゴォ!


「ゴエッ!?」


 その一撃でスクリーマーの体は数メートルも吹っ飛び、地面を転がった。超人的な力であった。


 スクリーマーは半分潰れた顔で必死に言った。


「ま、待ちなさい! あなたに何が起きたか説明します! あなたは血を授かったのです! 私と同じ人間以上の存在に生まれ変わったのですよ! とにかく話を聞きなさ……ああっ!?」


 構わず日与は相手に突進をかけた。


 立ち上がったスクリーマーがとっさに反撃のストレートパンチを繰り出すが、その動きは日与にはスローモーションのように鈍く見えた。


(見える!)


 動体視力が桁違いに上がっている。文字通り日与は生まれ変わったのだ。


 日与はスクリーマーのパンチを伏せてかわすと、その胴体に強烈なボディストレートを入れた。


「オラアア!」


 ドゴォ!


「ゲェッ……!」


 スクリーマーは体をくの字に折ってうずくまり、胃液をビチャビチャと吐き出した。腹を抱えて日与を見上げ、懇願するように必死に言葉を搾り出した。


「私を殺せば! 社の……他の血族けつぞくが、あなたを殺……」


 日与の返答は更なる拳であった。大きく振り被り、スクリーマーの後頭部に拳を振り下ろした。


「オラアアア!」


「グワアアア!?」


 ドゴォ!


 スクリーマーは衝撃で顔面から地面に突っ込んだ。頭部がスイカのように潰れて血と脳漿が飛び散る!

 グシャア!



* * *



 芹沢たちは廃車置場の奥にある解体工場にいた。


 軒下のドラム缶に廃材をくべて火をおこし、手を暖めている。日与は怒りの篭もった靴音を立ててそちらに向かった。


「あのヤロウ、今ごろ焼き豚だぜ! 家畜だけにな。ハハハ……」


 笑っていた芹沢は靴音に振り返った。その顔は驚愕に凍りついた。そこにいる男は雄鶏の頭をしていたが、スクリーマーではなかったからだ。


 日与は容赦なく芹沢の顔面に拳を叩き込んだ。

 ドゴ!


「オラア!」


「ギャア!?」


 完璧な歯並びに矯正された白い前歯が何本も折れて宙を舞った。


 もう一人の男子高校生が腰を抜かしてしりもちをつく。


「ヒイッ?!」


 日与は倒れた芹沢の胸倉を掴んで強引に立たせると、食らいつかんばかりに顔を近づけて怒鳴った。


「さっきのあれは何だ!? 俺に何をした!」


「お前……!? まさか……」


「質問に!」


 日与は芹沢の股間を膝で思い切り蹴り上げた。一切の容赦なし!

 ドゴォ!


「答えろ!」


「ああああ!」


 芹沢は失禁し、苦痛に悶えながら声を絞り出した。


「け、血族……」


「何だそれは」


「ツバサ本社が飼ってるバケモンだ! ここは血族の製造所なんだよ! あいつがツバサ系列の工場にいらなくなった工員を用意させて、焼き殺す。殺された工員はたまにあいつと同じバケモンに生まれ変わるんだ! そういうときは社に連れ帰ってた」


 日与はスクリーマーの奇妙な儀式を思い出した。ガソリンに血を混ぜていたあれだ。


(あいつの血を混ぜたガソリンで焼かれた人間が血族に生まれ変わるってことか。あいつ、仲間を増やしてたんだ。吸血鬼とかゾンビみたいに)


「お前、終わりだぞ! 本社の血族エージェントを殺しちまったんだ!」


 芹沢は懇願とも脅しともつかない声で喚いた。


「俺ならオヤジに口を利いてやる! 俺の言うことを聞くって誓え!」


「〝NO〟だよ、先輩。同じ目に遭ってもらう」


 日与は芹沢の首根っことベルトを掴むと、頭からドラム缶の中に放り込んだ。


「ギャアアア!」


 ドラム缶内で炎に巻かれた芹沢はすさまじい絶叫を上げた。ドラム缶から伸びた足を狂ったようにばたつかせている。


「ハハハ」


 日与はそれを見て笑っている自分に気付き、愕然とした。


(俺は何を……これじゃあいつと同じじゃないか! 俺は人間だ!)


 日与はドラム缶を蹴飛ばして倒した。芹沢が燃えカスと一緒に転がり出て、焼かれた顔を手で押さえながらのたうち回った。


「ああああ……!」


 ファーン! ファーン! ファーン!

 突然、廃車置場全体にサイレンが鳴り響いた。監視塔のサーチライトが夕闇を切り裂く。


「非常事態発生! 非常事態発生! コード四四九四が発生しました! 繰り返します……」


 わけもわからないまま走り出そうとした日与の目の前に、小型ドローンが立ちふさがるように舞い降りた。スピーカーが電子変換された音声を放つ。


「ついて来てください。向こうに車を待たせてあります」

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