4日 【掌編】ダニエルが執拗に挟まってくる

 息はとっくに上がっていた。だけど僕は走り続けた。謝らなくてはならなかった。煮え切らない態度をとってしまったあの時の、夢香の表情が思い出された。失望、という一言では表せない、虚ろな表情。僕は走った。走りながら、夢香の名を叫び、探し回った。にわか雨が降り始め、僕を頭から爪先まで濡らした。目に入る雨粒をぬぐい、水溜りを蹴って、僕は橋のあたりに辿り着いた。

 かつてふたりで秘密の話をした、川辺の橋の下。

 そこに夢香はいた。


「……夢香」


 中学の制服のまま、体育座りでうずくまる夢香は、いつもより小さく弱々しく見えた。一方その頃、ダニエルは天ぷらそばを食べていた。ズルズルズルズルもぐもぐもぐ! カウンター席でひとり、ダニエルはそばをすすり、至福の表情を浮かべる。けぷ、と長身の彼の割にはかわいらしいおくびを鳴らした。


 夢香が僕を横目で睨む。


「……なにしに来たの」

「謝りたい」

「その資格が、お兄ちゃんにあるの?」


 ないかもしれない。

 それでも僕は決めていた。必ず、想いを伝えると。ダニエルも決めていた。必ず、汁まで完飲すると。


「ゴクゴクゴクプハー! ゴチソサマデシタ!」

「ありがとねーダニエル!」

「イエイエ! 今日モ、オイシイカッタデス!」


 店ののれんをくぐると、ダニエルを快晴の陽射しが照らした。ぽかぽか陽気。その時である! UFOが現れ、ダニエルの体を吸い込み始めたのだ!


「ウワーーーーー!?!? ヤメテクッダサイ!!」

「僕はやめない。たとえ世界を敵に回したとしても、夢香、きみを守ることを決してやめない」

「……わたしが望んでいなくても?」

「そうだ。これは僕のエゴだ。でも……僕はきみに知ってほしい。この世界は確かに汚れているけれど、案外、良い奴だっているんだってことを。だから、」

「コウナッタラ……ダニエル流格闘術、奥義! 自爆!」


 ダニエルは自爆してUFOを破壊した。宇宙人に捕らわれるくらいなら自分もろとも爆破してやるの精神。こうして地球はダニエルの自爆に巻き込まれて滅亡した。僕と夢香は身体を機械化していたため無事だったが、宇宙をさまよい続ける羽目になった。

 ふたりぼっちで漂う宇宙に、億千万の星が輝いていた。


「行こう、夢香」

「うん、お兄ちゃん」


 背中のバーニアを噴かせて僕らはゆく。

 きっと僕らは辿り着くだろう。

 アンドロメダ銀河にあるという、楽園と呼ばれるあの星へと……。

 一方その頃ダニエルはアンドロメダ銀河を自爆で破壊していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る