13日 【掌編】肉豆腐と楽天カードマン
「楽天カードマァァァァン!!!!」
「はいOKでーす」
楽天カードのCM撮影が終了し、楽天カードマンはほっと一息ついた。
この仕事に就いてから数年が経つ。楽天カードの宣伝をしてみないかと社長に持ち掛けられた時、楽天カードマンは遂に天職が降りてきたことを悟った。なぜ自分の両目には楽天カードが付いているのか。その理由がわかったと思った。
〝楽天カードのお得さをたくさんの人に伝えたい〟
その一心で仕事に励み、順風満帆とはいえないにしろ、充実した生き方ができていた。
「お先に失礼しまーす」
挨拶をして、スタジオを後にする。銀色の光沢をもつコスチュームはもちろんそのままだ。ヒーローである証はそう簡単に脱ぎ捨てられるものではない。
都営浅草線で本所吾妻橋の自宅へ帰る。電車内で吊革につかまりながら、今日の夕飯の献立を考えた。とにかく肉だ。肉を食べたい。今日はマルエツで牛肉が安い日だった気がする。肉と、あとは……そうだ、まだ木綿豆腐の使っていないやつが冷蔵庫にあったはず。
よし。
楽天カードマンは電車を降りる。階段を上がって地上に出れば、すっかり夜だ。家賃をケチった関係で自宅はここから二十分かかる。
街灯の照らす吾妻橋を、きびきびとした足取りで歩いていく。
途中でマルエツに寄り、ワンルームの自宅に着いたのは十九時過ぎ。
さて、やろう。
コスチュームを着たままエプロンを装着した。
牛こま切れ肉、木綿豆腐、玉ねぎ、しいたけ、えのき、調味料を用意。
咳払いをして、包丁を持ち、体勢を整える。
まず木綿豆腐一丁を八等分に切り、キッチンペーパーに水を吸わせる。玉ねぎは十二等分ほどのくし切りに。しいたけとえのきも整えたら、醤油やみりんなどを合わせた調味料をフライパンに注ぎ、玉ねぎを入れて中火にかける。
煮汁が沸いたら、玉ねぎを端に寄せて牛肉を入れるスペースを作る。そこを目掛けて牛肉を入れ、箸でほぐしながら全体的に色が変わるまで火を通していく。火が通った牛肉は箸ですくい上げて取り出す。もうこの時点で良い香りだ。
牛肉を取り出したら、玉ねぎを端に寄せたまま豆腐をそっと投入。豆腐がすべて入ったら、上にきのこを広げるように乗せる。しんなりしてきたら、きのこを煮汁に浸かるように移動させ、落し蓋をかぶせる。蓋の下の煮汁がぐつぐつと沸く火加減で、十二分ほど煮よう。
ぐつぐつやっている間にテレビをつける。民放をポチポチ切り替えていく。Qさまがやっていたのでキッチンに立ちながらなんとなく眺める。楽天カードマンは楽天カードについてであれば博識だが、それ以外のクイズの知識となると「全然わかんねえなー」という感じである。
さて、そろそろ玉ねぎやきのこが柔らかく煮上がり、煮汁も適度に煮詰まってきたところで、きのこや玉ねぎを豆腐の上に移動。先に取り出しておいた牛肉を煮汁に戻し入れ、一、二分煮てしっかり温める。
肉豆腐の完成だ。
大きな器に移して、炊いておいた米を茶碗によそい、ちゃぶ台に置く。
しっかり手を合わせた。
「いただきます」
豆腐に箸を入れ、牛肉と一緒に口へ運ぶ。咀嚼するごとに広がる旨味。これだよこれと楽天カードマンは頷いた。淡白な豆腐の味と、煮汁のしみた濃厚な
Qさまのさまぁ~ず三村が、番組の途中で「答えはCMの後!」と告げた。画面が切り替わり、自分が出演した楽天カードのCMが流れる。おっ、流れているじゃん。映像の中の自分は思っていたよりもイケメンに撮られていて、くすぐったい。
CMは十五秒ほどで終わってしまった。
口をもぐもぐさせながら、楽天カードマンは後ろの床に手をつき、少し上体を反らす。
六畳間の天井は思ったよりも低い。
しばし夢想した。
いずれは楽天カードの素晴らしさをより多くの人々へ伝えるため、もっと様々な形でメディアへ露出していきたい。ヒーローショーで子供たちの心を掴み、仮面ライダーにゲスト出演し、ゆくゆくはハリウッド。笑われるたぐいの夢かもしれない。確かに、実現するためにはたくさんの壁を乗り越えていかねばならないだろう。
まだ不可能な夢だ。
そうだとして、買ってでも苦労を重ねていきたいと思った。
なぜなら楽天カードマンは、買い物をすれば楽天ポイントが溜まっていくことを誰よりもよく知っている。
苦労を買えば、ポイントが溜まる。そのポイントが、百万、千万、一億十億と溜まっていけば、きっと夢とも交換できるはずだ。
仕事の苦労がある。空腹の辛さがある。離別の悲しみが、金欠の絶望がある。やがて誰にでも訪れる痛苦は、しかし、身を削ると同時にポイントも溜めているのだ。決してすべてがネガティブではないのだ。楽天カードマンは祈った。誰かが雨の強い日を選んで進む時、その誰かにこそ、心に楽天カードを持っていてほしいと祈った。
きっとその日は、ポイント還元率二倍だから。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて、楽天カードマンは食器を流しに運んでいく。
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