第二章 出港④
「……こりゃあ、すごいな」
停泊した船から島へ下りると同時に、野沢が声を漏らす。北原もすぐその後に続くと、目の前にはどこか異様な光景が広がっていた。
桟橋から島へ向かう道は白い大理石で舗装されており、両脇には南国を思わせるカナリーヤシが並んでいる。道の半ばにある広場には、三層になった円形の噴水が置かれていた。頂上には
さらにその先には、雑誌『AGER』の巻頭でも紹介されていた、特徴的な二連アーチを持つパールホワイトの門がそびえ立っていた。アーチの上部には半円の窓があるのが見えたが、中の様子はここからでは分からない。門の下には自動改札機を一回り大きくしたようなゲートが、門の柱の前にはロック・フェスティバルにあるような黒のスクリーンが設置されている。ゲートのデザインとはマッチしない、武骨な黒のスクリーンを眺めていると、突然、その画面中央にロゴマークのようなものが浮かび上がった。同時にアミューズメント施設のパレードで流れるような、妙に明るい電子音楽があたりに響きはじめる。
「人財島へようこそ。私は、この島でみなさまのコーディネーターを務める人工知能、SINLAです。これから入島の際の注意事項をお伝えしますので、スクリーン周辺へお集まりください」
どこか聞き覚えのある理知的な女性の声。思案の後、北原はそれが「たからじま号」の船内アナウンスと同じものだと気づく。
場違いと思えるくらい明るいマーチング曲をBGMに、桟橋から百メートルほど離れたスクリーン前に
「みなさまがこの島へ集められた経緯は様々で、中には、現状を理解されていない方もいらっしゃるようです。そこで私から、この島とみなさまの置かれた状況について、簡単にご説明させていただきます。はじめに、お持ちの携帯端末をご覧ください」
よどみのない声に促され、ポケットからスマートフォンを取り出す。ロックを解除しようとしたところで、北原は端末の異変に気づいた。隣の野沢が「あれ?」と口にしたのを皮切りに、周囲にざわめきが広がっていく。
「個人が携帯端末を持つことは、パーソナリティの並列化を進め、独創性の高い優れた『人財』が生まれる機会を阻害します。こうした理由から、人財島では我々が許可するもの以外の電子機器の持ち込みと使用を、一切禁止しております」
SINLAの言葉を裏付けるように、北原のスマートフォンには交通標識のようなマークが表示されていた。赤い円の中にはスマートフォンを模した絵が描かれていて、その上から太く赤い斜線が引かれている。
「……どうなってるの」
そうつぶやく野沢の手元にも、周囲にいるどの人物のスマートフォンにも、同じ画像が表示されていた。画面を何度もタップし、側面のあらゆるボタンに触れてみたが、それでも一切反応はない。
「もしかして」
「乗っ取られてる! スマホが、乗っ取られてる!」
北原に呼応するように、斜め前にいる男が声をあげる。男は紺色のパーカーを羽織り、中高生が着るような青いジャージと焦げ茶のビニールスリッパを履いていた。
「なんで使えないんだよ! おい、ログインボーナス途切れたら責任取れんのか!」
部屋着のような
「今ご説明した内容は、『TAKARAJIMA.NET』接続の際、同意事項の第十三項に記載されていたものであり、みなさんはすでに『同意する』と恭順の意思を示しています。非生産的なご質問はお控えいただくよう、くれぐれもお願いいたします」
SINLAの対応は、
「おい、なんだよこれ! 責任者出せよ!」
サラリーマン風の男性がそう叫ぶと、それに呼応するように、ゲートからサングラスに黒スーツ姿の男性たちが列をなして現れた。
男性たちは一様に先の
「みなさまには、ある共通点があります。それは、生産性が低い、社会不適合者であるということです」
一瞬の沈黙の後、広場は再び怒りの声に
「みなさまの生産性が著しく低いことは、今まさに証明されています。選択肢を吟味することなく無計画に判断し、その結果を受け入れられず感情的に騒ぎ立てる。これらはまさに、生産性の低い人材の特徴です。そうして非生産的な行為を行っている間に、みなさまは、この島から出る一つ目の手段を失いました」
北原が不吉な予感を覚え振り返ると、いつのまにか船
「……うそでしょ」
傍で野沢がぽつりとつぶやく。途方に暮れた表情で立ち尽くす人。
「これよりみなさまには生産性を高めるための特別研修を受けていただきます。生産性を発揮し、社会に有用な人材であることを証明してください。この島からは、優れた『人財』のみが退出を許されます」
【試し読み】『人財島』/根本聡一郎 根本聡一郎/KADOKAWA文芸 @kadokawa_bunko
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