【試し読み】『人財島』/根本聡一郎

根本聡一郎/KADOKAWA文芸

プロローグ

 やまと銀、離島の新研修施設を支援

 やまと銀行は30日、阿賀戸市が7月に開業を予定する研修施設「人財島(たからじま)」の開発を金融面で支援したと発表した。地域活性化の一環として、事業を進める人財島PFIに開発資金を貸し付け、今後も運営資金などの融資で協力していく方針という。

 人財島は、阿賀戸市の南部に位置する離島、青沖島全域を活用した研修・宿泊施設。人材サービス大手のパシフィストグループ(東京都千代田区)が50%を出資する人財島PFIが中心となり、様々な農業体験ができる「たからじまファーム」や、食品加工業の仕事を学べる「ちゃれんじファクトリー」などの研修施設を運営する。

 島内では、NETインテリジェンス(東京都千代田区)の開発した人工知能(AI)が利用者のニーズに沿ったガイド情報を提供する予定で、同施設は国家戦略特区の制度を活用した「日本型スーパーシティ」のモデルケースになることも期待されている。

 他業種の企業が連携して社会課題の解決を目指す「人財島モデル」は、人材流出に悩む地方都市の活性化策として今後も注目を集めそうだ。




 だまされていたのかもしれない。

 しやくねつの太陽の下でキャッサバ芋を掘り起こしながら、きたはらなおはそう思った。

 いつ誰に騙されたのかは、分からない。一つだけはっきりしているのは、もし自分がこの島の現実を包み隠さず伝えられていたとしたら、あの「たからじま号」には決して乗り込まなかったということだ。

「おいそこ! 何ボサッとしてるんだ!」

 どうもうな声にびくりと顔をあげると、赤いパラソルの下で雑誌を読んでいた育成官が、せ細った中年男性を𠮟りつけている姿が見えた。男性は骨ばった手をりようひざに当てかがみこみ、顔から滝のような汗を流している。その細い腕には「ジンザイリング」が不気味に白く輝いていた。

「……すみません、頭がぼうっとして」

「何? 聞こえねえぞ」

 蚊の鳴くような男性の声を、かき消すように育成官が尋ね返す。

「頭が、ぼうっとして」

「自己管理ができてない、だろ。言い直せ!」

「……自己管理が、できていなくて」

 男性が苦しげに復唱すると、育成官は満足そうにうなずいた。

「そうだな。倒れるなら、俺のいない場所で倒れろ」

 育成官は男性に背を向けると、「たからじまファーム」で研修を受けている「人在」たち全員に向けて、耳障りな声で話しはじめた。

「いいか! お前らも生産性の高い『人財』になりたかったら、自己管理を徹底しろ。この島で駄目なら、どこ行っても通用しないからな!」

 これ以上説教が長引かぬよう、形だけの返事をしてから自身のジンザイリングに目をやる。液晶画面には「人在アリ 二三六 712JP」の文字が浮かんでいた。明日の食費を考えると、まだしばらく仕事を続ける必要がありそうだ。

 どうしてこうなってしまったのだろう。北原はくわを静かに持ち上げると、声にできない感情を込め、「ジンザイジマ」の地面へと振り下ろした。


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