第二章 出港②

■最新の国産AIが入島ゲートを管理

「たからじま号」と名付けられたフェリーに揺られること20分。青沖島に上陸して真っ先に目にとびこんできたのは、おとぎ話の世界から抜け出してきたような、壮麗なパールホワイトの門だった。ネオクラシカル様式の美しい二連アーチの下には、近未来的なデザインの入場ゲートが並んでいる。その光景に面食らっていると、富士氏は右手をこちらに掲げ、手首に装着した腕時計のような端末を示した。

「入退場管理は、全てAIが行っています。このスマートリングが、ゲートの鍵です」

「スマートリング」はスマートフォンの液晶を正方形に縮めて手首にバンドで留めたようなウェアラブル端末で、富士氏のリングの色は入場門と同じパールホワイトだった。

 富士氏に手助けを受けながらリングを装着し、おそるおそるゲートに近づける。ゲートのパネルが液晶画面を読み取ると、どこからともなく理知的な声が聞こえた。

『認証を完了しました。タカラジマへようこそ』

 AIの自動音声とともにゲートが開く。液晶画面には、『WELCOME! 来賓 50000JP』との文字が表示されていた。富士氏によれば「人財島」施設内の会計はすべてキャッシュレス決済となっており、スマートリングをかざすことによって、どこでも現金要らずで会計が済ませられるという。


 移動から入場、さらに会計と、一見研修とは無関係に思える部分まで合理化された同島の設備は、どのように設計されたのか。「人財島」の設備、運営をソフト面でサポートするNETインテリジェンスの若き取締役、かんしんいちろう氏(49)はこう語る。

「私は『神は細部に宿る』という言葉を座右の銘にしています。自分が研修を受ける側だったとして、研修を担当する企業や施設の運営が明らかに生産性の低い状態で行われていたら、いくら研修で『生産性を上げろ』と言われても、説得力がありませんよね。当社のAI『SINLA』は、名前の通り、森羅万象を対象に生産性の最大化を検討するプログラムです。『人財島』のあらゆる施設は、SINLAのシミュレーションをもとに、生産性が最も高いオペレーションを実現できるよう設計されています」



■島で採れた野菜を島内で加工しブランド化

「人財島」には、一次産業から三次産業まで、さまざまな業種の研修施設がある。そのうちの一つ「たからじまファーム」は、島の高台に設けられた農園で、本格的な就農体験ができる。赤々と輝くトマトと青い海のコントラストは絶景で、思わず時が経つのを忘れてしまうほどだ。富士氏はたわわに実ったトマトを一つもぎると、海の方へと小さく掲げて華やかな笑顔を見せた。

「元々アンデス高原で自生していたこともあり、トマトは栄養の少ない土壌でもたくましく生長します。土地への適性と加工の容易さから育てる作物をチョイスしたのですが、この景観はうれしい誤算でしたね」


 生産性向上への取り組みは、島の全施設で徹底されている。「たからじまファーム」で収穫されたトマトのうち、本土では廃棄されてしまうことの多い「規格外」のトマトは、二次産業の就業体験ができる施設「ちゃれんじファクトリー」内で加工され、トマトペーストの缶詰として生まれ変わる。こうして生産された純国産のトマト缶「アイランド・トマト」はネットショップで販売されており、健康意識の高い自然派ママたちを中心に高い支持を集めているという。


「ちゃれんじファクトリー」で研修を受けていた女性に、施設利用の感想を尋ねた。

「長年主婦をしていたのですが、家計の事情で働きに出ることになって。でも、いきなり知らない環境で働くのは不安かなと思っていたところに、この島での宿泊研修付きの求人を見つけたんです。本格的な工場での勤務を体験できたので、自信がつきましたね。初めは緊張しましたけど、今はリゾート気分で楽しんでます」(40代 K・Nさん)



■離島を社会問題解決のハブに

 非の打ち所がないように思える「人財島」の運営だが、課題もある。

 島内設備に多額の開発資金を投じた結果、広報費は計画段階の半額以下となり、その影響もあってか「人財島」の七月初週の利用者数は当初目標人数の半数程度にとどまっている。今後「人財島」は、利用者のターゲットを企業・学校関係者から一般家庭にまで広げ、引きこもり状態にある若者や、思うようなキャリアを積めなかったミドル層の支援にも力を入れていく予定だという。富士氏は、今後の展望についてこう語る。

「開業当初の現在こそ苦戦していますが、知って、見て、来ていただければ、必ずご満足いただける施設をご用意できたという自負があります。この島で研修を受けた方々が人財としてグローバルに羽ばたいていけるよう、地域の皆様とともに、クルーをはじめ、私ども一同で素晴らしい体験をつくっていきたいと思います」

(編集部・づきこうすけ



 特集記事を読み終え、そっと雑誌を閉じる。記事で描写されていた島の環境は、ここ数カ月都会で半ば囚人のような暮らしをしていた北原にとってはまさに別天地で、富士社長が語る抱負にも夢があった。

『まもなく出発致します。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください』

 機長のアナウンスに従い、ベルトを締めて窓を見る。小さくなっていく街並みを見つめながら、北原は期待に胸を膨らませた。


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