第一章 人財④

本社ビルからの帰り道。北原は、人のまばらなやまの線の車内で「人財島」と検索していた。トップに表示されたのは、芸能に疎い北原でも見覚えのある人気ユーチューバーの動画だった。タイトルには「【サービスショットあり?】超すごい研修施設、人財島に行ってみた!」とある。

『はいどうも! なんでも実況ユーチューバー、みんな大好きHIKARINヒカリンですっ』

 動画を再生すると同時に、調子っぱずれの大声が響く。北原は慌てて車内を見回すとスマートフォンにイヤホンを挿しこんだ。小さく息をつき、再び端末に視線を戻す。最近はTVCMでも見かけるようになったヒカリンは、ショッキングピンクに染めた髪を揺らしながら、背中の方にぐっと右手を伸ばした。

『ということでね、ヒカリン今日はなんと! 人生初の離島に来ています!』

 ヒカリンがハイテンションでそう言うと、すぐにサウンドエフェクトだと分かる子どもの歓声が響く。背後には、桟橋と波打つ海が見えた。

『しかもここ、ただの離島じゃないんだよね! いろんな分野で活躍する人たちを育てる、超すごい研修施設なんです! ということで今日は! ヒカリンTV特別編として、この人財島の様子を、わかりやすく紹介しちゃおうと思います!』

 ヒカリンが前のめりに台詞せりふを言い切ったところで、「ヒカリンTV」のオープニングアニメーションとジングルが流れる。ヒカリンに限らず、北原の知るユーチューバーの動画には、すべての発言にエクスクラメーションマークがついているような勢いがあった。画面が再び切り替わると、瀬戸内海を一望できる島の高台にぽつんと立つヒカリンが映し出される。背景には、美しいトマト畑が広がっていた。

『すっごいれいな眺めだよね! 観光スポットみたいだけど、実はここも、研修施設の一つなんだって! ここからは、人財島アンバサダーのあきくささんにいろいろ聞いてみようと思います!』

 ヒカリンが歯切れよく言うと、隣に立っていたグレーのジャケット姿の男性にカメラが向く。それと同時に、ポップな字体で書かれた「人財島アンバサダー あきくさかおるさん」のテロップが胸のあたりに現れた。

『ヒカリンさん、今日はよろしくお願いします』

 秋草は、襟足を刈り上げたツーブロックの髪型に黒縁眼鏡というふうぼうで、七三に分けられた前髪の下では油断のない目が光っていた。ヒカリンはあいさつに笑顔で応じると、無邪気な声で質問を始める。

『秋草さん! 人財島って、どんな研修施設なんですか?』

『まず、施設は三つあります』

 秋草は間髪をれずに返答すると、指を三本立てた。

『一つ目が、サービス業の基本であるビジネスマナーをプロから直接学ぶことができる「社会の学び」。二つ目が、実際の工場で衛生管理からライン業務までを体験できる「ちゃれんじファクトリー」、そして三つ目がここ、農業について種まきから収穫まで実地で学ぶことができる「たからじまファーム」です。実はこの島では、一次産業から三次産業まで、すべての産業の研修を、ワンストップで受けることができるんです』

 秋草が自信に満ちた声で説明するのを、ヒカリンは「うんうん」とあいづちを打ちながら素直に聞いていた。秋草が説明を終えるのを見計らって、ヒカリンは再び質問する。

『なんか、研修は泊まりでも受けられるって聞いたんですけど、ほんとですか?』

おつしやる通りです。人財島では、長期滞在型の研修を皆様に提供しています。この研修には、三つの「ジンザイランク」を設けていて、参加者の努力と成果に応じてランクがアップし、より良い待遇の施設に宿泊できるというインセンティブがあります』

 秋草の説明に合わせて、画面右側には「人財」「人材」「人在」の文字が縦にテンポよく現れる。下に行くにつれ、文字のフォントは暗く小さくなっていた。

『へぇ~! なんか、格付けチェックみたいで面白いですね!』

『ありがとうございます。参加者の方が、やりがいを感じられる研修をご用意できたと確信しております』

 ヒカリンは秋草の答えに感心したようにうなずくと、普段より低い声で話しはじめる。

『あたし、昔はコンビニでバイトしてたんですけど、コンビニバイトってあたし一人がどんだけがんばって売上あげても、お給料って変わんないじゃないですか。それでちょっとやる気なくなっちゃったところがあるんですよね。でもここなら、がんばればがんばった分だけ、自分に返ってくるってことですよね?』

『仰る通りです。人財島は、個人の努力にしっかり報いる成果主義を導入しています。ヒカリンさんには特別に、研修で最高の「人財」と評価された参加者が利用できる、「A棟」のお部屋をご紹介しましょう』

『えっ、いいんですか!』

『もちろんです。それではさっそく、移動しましょう』

 やや芝居がかったやり取りの後、ぴゅーんというアニメチックなサウンドエフェクトが挿入される。次の瞬間、ヒカリンは窓から美しい瀬戸内海が見下ろせるリゾートホテルのような部屋に移動していた。

『うわぁ~、見てくださいこの眺め! まさにオーシャンビューって感じです!』

 カメラが寄ると、画面いっぱいにすい色の海が映し出される。

『見てコレ、ベッドもふっかふか! もう、このまま寝ちゃいそうです……』

 ヒカリンはしわひとつないキングサイズのベッドに横たわると、そのまま目をつぶる。室内の調度品はどれもが上等で、ビーチリゾートの雰囲気を醸し出していた。

『おでは、ジェットバスもお楽しみいただけます』

 秋草はそう言って、大理石のあしらわれたバスルームを案内する。その面積は北原が暮らすアパートの一室より広かった。ひとしきり歓声をあげた後、ヒカリンは真剣な顔で秋草の方を振り返る。

『このホテルもあの畑も、すっごいお金をかけて作られてると思うんですけど、人財島のみなさんは、どうしてこんな研修施設を作ったんですか?』

 秋草は深く一度頷くと、待ち構えていたかのように説明を始めた。

『ご承知の通り、昨今の大不況からこの国の産業構造は大きく変わり、失業を余儀なくされた方もたくさんいらっしゃいます。私たちは、そうした方々に再び立ち上がるきっかけを作ることが社会全体にプラスの効果を生むと考え、短期的な採算を度外視して、再び誰もが優れた人財になれる島を作りました。この島があったから、やり直せた。そういう方を一人でも増やしたいという思いが、施設立ち上げのベースにはあります』

 ヒカリンはやや間を置いたあと、飾り気のない声で話し始める。

『なんかあたし、経済の難しい仕組みとかはよくわかんないんですけど……素でここは、めっちゃいいことやってる島じゃんって思いました』

 秋草は感謝を告げて恭しく頭を下げると、やや芝居がかった口調で続ける。

『ぜひヒカリンさんの力で、若者のみなさんにこの施設の存在をお伝えいただけますと大変うれしいです』

『うん、感動したんであたし一肌脱ぎます! 秋草さん、ありがとうございました!』

 ヒカリンがそう言って秋草と握手を交わしたところで、「ヒカリンTV」のサウンドロゴが流れ、映像が切り替わる。画面が明転すると、先ほど紹介されたジェットバスに水着姿で入るヒカリンの姿が映し出された。

『ということでヒカリン、一肌脱ぎましたよ』

 ヒカリンがそう言って笑うと、画面の下に「ヒカリン、一肌脱ぐ(物理)」と字幕が出る。カメラ側から笑い声が聞こえたところで、ヒカリンは少し真面目な声で続けた。

『でも、この島はガチでいい施設だと思うな。ヒカリン、真面目に推そうと思ってます。説明欄に人財島の公式サイトURLのっけておいたので、みなさんぜひ、チェックしてみてくださいっ』

 ヒカリンはそう言って泡風呂から両手を出すと、画面下を指差す。

『動画を気に入ってくれた方は、チャンネル登録、よろしくお願いします! SNSもやってますので、みなさんぜひフォローしてください! 以上、ヒカリンのなんでも実況、人財島編でした!』



亮ちん 8時間前

ヒカリンのサービスショット目当てで再生したやつ挙手

 ▼97件の返信を表示



Yuca 2日前

あたしもコンビニバイトしてたから、ヒカリンの話めっちゃ共感する。全然仕事してないおっさんとおんなじ給料とか、マジでやる気なくなるもんね・・・

 ▼8件の返信を表示



牛裸族 3時間前

ヒカリン、動画によって顔面のクオリティだいぶ違うよな

 ▼9件の返信を表示



しょーや 3か月前

めっちゃいい島じゃん

うちの会社の社員研修ここになんねえかな、ヒカリン付きで

 ▼5件の返信を表示



マーちゃん 4日前

再チャレンジで誰もが人財になれる島、すばらしいですね!〓

ヒカリンのサービス精神も〓



 動画はちょうど十分間で終わっていた。コメント欄にはすでに五百件を超える投稿がある。内容はヒカリンに対するものがほとんどだったが、全体的には人財島の施設に好印象を抱いている人が多いようだった。

。代々木です」

 アナウンスを聞き、乗り換えのために慌てて車両を出る。

 上京した頃には人があふれていた夕方のプラットフォームも、今では閑散としている。街も人も、生きているというより、ゆっくりと死んでいるように見えた。

『強い意志を持って果敢に行動する者だけが生き残る』

 脳裏にふと、南雲会長の言葉がよみがえる。「人財島」への転勤は、自分の生活を変える絶好の機会なのかもしれない。北原は顔を上げると、軽い足取りで帰路についた。

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