第5話 千田さんの友達

★★★(下村文人)



 昨日は結構、いやかなり、大変だった。


 竜征会会長の処理。

 拷問する箇所が無くなるまで拷問し尽くし、最後、首を鋸で切断するまでが手間で。

 長引いた。


 ……正直、クズではあるが大した根性だとは思ったよ。

 何せ、久々に正気のまんまで首を落とされた男だったからね。

 最後まで僕らに対する呪詛を吐きながら死んでいった。


 精神力だけは大したもんだったわけだ。

 一代であれだけの犯罪組織を立ち上げただけのことはあるってことか。


 まぁ、指摘はしなかったが。

 なるべく悲惨な精神状態で死んでいってもらう必要あったしな。

 自分が積んだものは全部破壊された。

 馬鹿にされ、嘲笑われるだけの存在。物笑いの種。

 それが自分の人生だった、と。

 最後まで呪詛が止まなかったから、おそらくいけたはずだ。

 死の瞬間、あの老人は無力感に包まれ、僕らへの呪詛に塗れながら死んでいったはず。

 自分が食い物にした人々のように。


 その後、連中の胴体を獄門台に錬成したり、砂利に錬成して処理。

 獄門台に首だけ集めて並べていくのが本当に大変だった。


 相棒の徹子にも手伝ってもらったけどさ。

 数が多いし、それに結構重いからね。

 生首。


 全部終わった頃には深夜2時を回っていた。


 その後、徹子は帰ったが、僕はその後も仕事があって。

 録音した音声の編集作業。


 流して問題なくて、流したら竜征会の尊厳が失われる個所をピックアップし、編集。

 全裸で拘束される会長の姿とセットで、某有名動画サイトに投稿した。


 まあ、すぐに消されるだろうけど、頼み人の人々には投下の時刻を事前予告しているので、問題ない。

 消される前に見てもらえるはずだ。


 ……今回はちょっと頼み人の数が多いんでね。

 普段、マトの拷問を行う際は、実況中継してあげるケースが多いんだけど、今回それができないから、こういう措置をとった。


 あと、竜征会というものを、誰も一目置かない、物笑いの種にする意味でも。

 消される前に、頼み人以外の他の人も見るだろうからな。

 それで、おそらく永遠に残る。デジタルタトゥーってやつだよ。


 今回、大量殺人という事件自体を隠蔽しない理由もそこ。

 隠蔽と真逆のことをするわけだからね。

 いつもなら死体は完全に消去して「失踪した」という風に装う。

 今回だけは特別だ。


 こうして連中の尊厳を貶めてやんないと、頼み人満足度がね。

 今回、2000万円も貰ってるんだし。


 当然だけど、某有名動画サイトへの投稿は捨てアカウント。それは今回ぶっ殺したマトの一人のもの。

 その辺のぬかりは無い。計画してたから、事前に調べておいたんだ。

 まあ、この辺のからくりについて調査が及んだ場合、ホラーになりそうな気はするけどね。

 だって、投稿者、晒し首状態になってんだし。


 全部終わった後。


 夜が明けていた。


 徹夜だ。


 ……しんどかった。


 まあ、1日くらい徹夜してもどうってこと無いんだけど。

 徹夜のひとつやふたつで行動不能になるようでは、殺し屋は務まらない。



 甘めのコーヒーを一杯淹れ、飲み干してシャワーを浴びた後。洗顔歯磨き。

 パンを一枚食べて、登校準備に入った。


 制服の緑色のブレザーに着替えて、鞄の中身をチェックする。


 コーヒー一杯にパン一枚。それが今日の朝食だ。

 普段は「栄養面」だけはマシなんだが、今日はしょうがない。

 時間が本当に無いのだし。


 ……養成所に居たときには、徹子と一緒に暮らしてて。

 食事は作ってもらえてたから、どうにも当時が懐かしくなる時がある。


 あのときは楽しかったよ。


 ……まぁ、それを打ち切ったのは僕の我儘。

 それをあいつは納得してくれてはいるんだけどな。


 言い出しっぺは僕だからな。今の状況に不満なんて言えるはずもなく。


 妙な考えが起きる前に、僕は頭を振って家を出た。

 徹夜のせいか、馬鹿なことを考えてしまう。

 ふざけたこと、考えるな。




「下村君、おはよー」


「おはよー」


「おはよう文人」


「おはよう」


 学校に着くと、クラスメイトが挨拶をしてくる。

 それに逐一返事。


 仕事で恨みを買いまくってる分、学校でまで恨みは買いたくはない。


 なるべく平等、見下さず、親切に。

 それが僕の学校でのモットーだ。


 ……まぁ、見下すってのも変な話だけどな。


 ぶっちゃけ、僕らはこの学校でぶっちぎりでクズなんだし。


 殺人鬼なんだから。

 人殺しのくせに、そうでない人を見下すとか。


 わけが分からない。

 むしろ見下される側だ。僕らは。


 教室に入って。


 自分の席についた。

 鞄を机に引っかけ、座る。


 ふぅ。


 いつもなら本を開きたいところだけど。

 今日はちょっとやめておく。


 徹夜明けの脳みそで読書しても、どれぐらい身になるのか分からんし。

 今日は帰ったら即眠るか。


 今日は良く眠れそうだ。

 寝る前に、疲労回復効果のあるもの食べなきゃな。

 ……豚肉と梅干がいいんだっけ?


 などと、考えながら机の上で指を組んでじっとしていたら。


「下村君、おはよう」


 ……同じクラスの千田さんが話しかけてきた。


 正直、他人と話すのは億劫なんだが、無視するのは感じ悪い。


「おはよう千田さん」


 会釈した。


 ちょっと幼い感じのおかっぱの少女。千田さん。

 彼女とはちょっと、以前に徹子関係で揉めて、気まずかったんだが、彼女自身がその原因の当の徹子といつの間にか仲良くなってて。

 アイツ仲介で一緒に先日海に行ったんだ。


 その際、また色々あったんだけど。

 幸い、気まずい雰囲気を解消するという目的だけは達成できて。

 こうして普通に話が出来るくらいまでは回復した。


「病院はもう行った?」


 一応聞いておく。


 その先日の海だけど、海に人間を餌にしているレネゲイドビーイングが攻めてきて。

 そいつを、僕らファルスハーツの敵対組織UGNのエージェントと一緒に退治したんだけど。

 その際彼女、そのレネゲイドビーイングが発したワーディング……非オーヴァードを行動不能にするエフェクト……で気絶させられてて。

 その出来事のつじつま合わせで、「記憶が一部ぶっ飛んだ」という設定で騙すことになった。


 その嘘のサポートのために、ファルスハーツの息がかかった病院を「脳関係のトラブルの名医が居る」と称して、紹介した。

 一応そこの先生には「一時的な記憶の混乱です」で誤魔化し通してくれとお願いしたのだけれど。

 どうなったのだろうか?


「うん、行ったよ。問題ないって」


 彼女は笑った。

 良かった。無事に誤魔化せたようだ。


 レネビ襲来時に直前まで一緒に居たせいで、目覚めたときに病院に一緒に担ぎ込まれてないことの矛盾を説明するために、そういう嘘を吐かざるを得なかったから。

 やや不安だった。


 可能な限り実際の行動に即した嘘を吐いたんだが、どうしても作り話が混じるからね。

 そこに気づかれない保証は、無いわけだし。


「良かった。心配してたんだ」


 まあ、これは本心。

 心配していたという内容が、彼女の考えているものと違うのだけれど。

 彼女の身を案じて、じゃなく、上手く誤魔化せるか、だから。


 そう言ったら、彼女は少し黙った。


 ……うーん。

 どうも彼女は僕に好意を持ってくれてるらしいってのは、さすがに僕にも分かるのだが。


 その気も無いのに思わせぶりなことを言うのは正直罪悪感がある。

 僕は生涯恋人を作ったり、結婚する気は無いんだ。

 人殺しのクズのくせに、そんなことをする資格は無いからね。


 だからまぁ、この状況で口説き文句めいたことを言うのはさすがに罪深い。

 だって相手の気持ちに責任を持つ気が無いんだから。


 ……とはいえ。

 この状況で、これ以外何を言えと言うんだ?


 前に、徹子にも棘のある言い方で非難されたんだが。

「とんでもないタラシにおなりあそばした」とかなんとか。


 ……しょうがないだろ!


 だったら


 勘違いしないでくれ、単に君の体に異変があるのではないかと心配だっただけだ、なんて。

 妙な言い回しで釘でも刺すのか?


 それ、すごい自意識過剰で感じ悪いだろ。

 だからしょうがない。


 でも。


「英語の課題、やった?」


 あまりこの空気を維持するのも良くないと思ったんで。

 早々に話題を切り替えた。


 今日の午後イチの授業が、英語で。

 前の授業の最後に、課題で「ここまで培った英語力で、日常の様子を作文してこい。ノート1頁分でいい」って宿題を出された。

 それの発表が今日なんだけど。


「うん、やったよ……あ」


 頷いて、彼女。

 何かに気づいたらしい。


 口に手を当てて、焦っていた。


「どうかした?」


 だから、一応聞く。


「……辞書、忘れてきちゃった」


「……先生にバレると説教されるね」


 僕らの英語の担当教師は「辞書も持たずに授業に臨むとはなんたることか!」って、辞書を持ってきてない生徒を見つけると必ず叱る。

 この学校で、かなり意識高い系の教師だ。


 熱心なのは良いとは思うんだけどね。

 厳しすぎる気がしないでもない。


 でもま、心当たりはあるから助け船は出しておこう。


「……C組は午前中に英語あったはずだから、借りて来れば?友達居ないの?」


 徹子のクラスだから、一応時間割は把握してる。

 何で必要になるか分からないからね。


 彼女、一瞬思案し。


「……1人、その辺ちゃんとしてそうな子が友達で居るかな」


 僕の提案が役に立ったらしい。

 良かった。


「じゃ、借りてきなよ。昼休みにでも」


「うん」


 早めに気づけて助かったよ。下村君。


 彼女は僕にそう礼を言った。




 そして放課後。

 窓から夕陽が差し込んでくる。

 やっと帰れるよ。


 今日は帰ったら食事して風呂入って即寝てやる。

 それ以外ない。


 そんな想いを抱えながら、僕は帰ろうと思い、玄関に向かっていると。


「下村君で合ってるよね?」


 廊下で。

 呼び止められた。


 女子の声だ。


「何?」


 正直早く帰りたかったんだが。

 振り返る。


 そこには多分話したことが無い女子が居た。

 セルメンバー以外の女子の顔は良く見ないから、話したことが無い子の名前は良く知らないんだよな。


「そうだけど?」


「ゴメンね、ちょっといいかな?」


 ペロッと舌を出して、片手で拝んでくる女子。


 髪は長くて三つ編みしてて、四角い眼鏡を掛けてる。

 背丈はまぁ、女子の平均かな。


 特に太って無いけど、ガリガリってわけでもない。

 普通の子。そういう印象の子だ。


 ここで無下にすると感じ悪いから「いいよ」と答える。


 彼女は話を切り出した。


「今日、下村君のクラスの千田さんが、私のところに英語の辞書を借りに来たよ」


 微笑んでいた。彼女は。

 いや、ニヤついているのかな?


「あぁ、千田さんが言ってたのは、キミなんだ?」


 心当たりってのが彼女なんだな。


「そうそう」


 何だか嬉しそうだ。


「単刀直入に聞くけどさ、千田さんと付き合ってるの?」


 ……続く言葉にはちょっと度肝抜かれたが。

 徹子との仲を疑われることはあっても、それ以外の女子との関係を疑われることは無かったから。


 まぁ、最近確かに千田さんとの会話は増えてるかもしれない。

 言われてみれば。


「いや、付き合ってないけど?」


 即答気味で答えた。

 迷うことでは無いし。


「あらら。仲良さそうに感じたのに」


 彼女はそれを聞くと、何だか残念そうだった。


 ……何でさ?


「……残念そうだね?」


「そらま、千田さんとは友達だしさ」


 そう言って


「あと、実は勝手に下村君と繋がりあるんじゃないかと疑われて、下村君のマル秘の個人情報を教えてくれないかとかいう子が結構来るんだよね」


 私、図書委員で図書室の司書役してるから、本繋がりで下村君と個人的に仲がいいんじゃないかって勝手に想像されて。

 読書ばっかりしてるらしいじゃんか。下村君。


「全く、話したことなんて無いのにね。おかしいよね」


 そう、彼女は言った。


 しかし、マル秘って。


 ……そんな個人情報を他人に聞きに行くなよ。

 僕に聞きに来い。僕に。


 まぁ、教えないけどさ。


 ……こええな。この学校の女子。


「……犯罪の臭いがするんだけど」


 正直に今の話の感想を言うと。


「だよねー。ストーカーに片足突っ込んでるよねー」


 彼女は笑っている。


「でも、ここで千田さんと付き合ってる!って話になったらさぁ」


 そういう子に「彼、もう売れちゃったから狙っても無駄だよ」って言えば全部シャットアウトできそうじゃん。

 そうなったら楽で良いからさ~。

 結構、そういう子ってしつこくて。


 ……なんとも気持ちのいい子だな。

 笑い方でそれが伝わってくる。


 そういや、名前聞いてないな。


「ゴメン、名前知らないんだけど?」


「私?」


「うん」


 自分の名前を聞かれるとは思ってなかったみたいだ。


「下村君だったら全校生徒の名前覚えてそうな雰囲気あったから、知ってると思ってた」


 ……僕は何だと思われてるんだ?

 学校の定期テストの順位だって、わざと10位前後になるように調整してるのに。


「んなわけない」


「そっかー」


 残念、という風に言い。


 彼女は名乗る。


「私は道本徳美っていうの。C組」


「まあ、千田さんの友人やってるから、そこ繋がりで関わるかもだから、名前くらい覚えておいてよ」


 彼女はそう言って、爽やかに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る