第8話 どの面下げて

★★★(下村文人)



「道本さんが……あのクソジジイの孫……?」


 イメージがおっつかないか?

 そりゃね、戸惑うだろうよ。


 僕だって戸惑ってる。


 でも、おそらくこれは事実なんだ。


 彼女、この間僕らが皆殺しにしたヤクザどもの親玉の孫なんだよ。


「本当なの?」


 徹子はめったにこういうことは言わない。

 基本的に僕の事を信用してくれてるからだ。


 それぐらい、信じられない事なんだろう。

 表情だって固まっている。


 あの、知的で大人しそうで、善良そうな彼女が。

 あの、凶悪で邪悪な老人の孫だなんて。


 信じられないか?

 だよな。

 気持ちは分かる。


 でも。


「本当だ」


 断言口調でそう言った。

 ここはハッキリ言うところだからだ。


「根拠はいくつかあるが、大きなところは4つ」


 今、邪悪の血族が残っていた。竜征会会長には子供が居る。

 と晒し物になっている名前が道本徳雄みちもととくお

 これが、道本さんの父親の名前と一致。


 そして道本さんの父親。

 戸籍を調べてみたが、父親不明。ようは私生児ってことだ。


 で、3つめ。

 写真を勤め先のサーバーに侵入して、入手したんだが、顔がかなり似ている。

 親子で通るレベルだ。竜山寅吉と。


 そして最後がお前の話。これが一番大きい。

 彼女、言ったんだよな?卑怯者、って。嘘吐きじゃなく?


 書かれていることが出鱈目だったら、お前のことを「卑怯者」じゃなく「嘘吐き」って罵ると思うぞ?


 そう、根拠を列挙したら、相棒は納得してくれた。


 考え込む表情をし、落ち着くためか一口紅茶を飲むと、カップをテーブルに置いて口を開く。


「……晒し物になってんの?」


「ああ」


 話が次の段階に進む。


 今、彼女の父親は、ネットで晒し物になっている。


 始まりは「祝!クソヤクザ竜征会皆殺し!」というスレッドが立ったことだった。

 某大手匿名掲示板で。


 そこに、竜征会の連中が死に絶えたことを嘲笑うコメントが殺到。

 中には本当にヤツらから被害を被った人々も居ただろうが、多くは便乗して竜征会を叩き、悦に浸りたいだけの連中。


 そこに燃料として、僕が投下した連中の最期の様子をまとめた音声データの話も使われていた。


『何が任侠だよw信頼も何も無いじゃんwスゲー笑えるw』


『殺さないで~、だってwヤクザのくせに肝っ玉ちいせえなぁw』


『もっと笑えるデータ無いの?あったらクレメンス』


『ヤクザをころしてへいきなの?wwww』


 ……無論、それをとやかく言うつもりは無いんだがね。

 それを見越して、仕置の一環で利用したのが他ならない僕なんだし。


 安全圏で、凶悪ヤクザの連中を叩けるとあって、コメントが殺到。

 スレッドは大賑わいを見せていたんだが。


 あるとき、新しい燃料が投下された。


『死んだ竜征会会長・竜山寅吉には、息子が一人居る。そいつはH県でぬくぬくと会社員として生活している』


 名前と勤め先込みで。


 そして


『H商事って結構いい会社だよな?』


『やっぱ、竜征会の力で就職したのか?』


『じゃあH商事って竜征会のフロント企業?』


『許せない!』


 ……という感じで、残った悪を滅ぼせとばかりに、叩く矛先が変わった。

 H商事っていう会社と、道本徳雄という個人に。


 そこまで語って聞かせると、徹子は


「……えっと、意味分からないんだけど?」


 理解できない、って顔で僕を見た。

 ……そうだろうな。お前はそういう奴だよ。


「道本さん、関係ないじゃん」


 親は選べないんだし、何故親がクズだからって子供もクズだって決めつけるのよ?

 名字違うんでしょ?あのクソジジイを嫌悪してるからそうなのかもしんないじゃん!


 ……自分の生まれで自分が欠陥品だと思い込んでるお前が言うと説得力あるわ。

 お前はそういう奴だよな。


「だよな。僕もそう思う」


 徹子の言葉に僕は同意。


「実際、お前みたいなことを言ってる人間も居るには居たが」


 暴力団関係者ってレッテル貼られて、それで終了だ。

 甘えるな、だとさ。

 掻き消されるんだな。


 ……そのあたりの流れを教えると。


 徹子は黙りこんで。


 しばらくしてから、口を開いた。


「……あのさ」


「何だ?」


 声が苛立っている。


「それ、どうにかなんないの?法律的な事で?」


「ならん」


 残念だけどな。


「どうして!?それ、違法行為じゃないの!?」


「違法行為だけど、取り締まるのは無理」


「何で!?」


 ……おいおい。

 何か忘れちゃいないか?


「……違法だからなんでも取り締まれるなら、僕らの仕事無くなってると思わないか?」


「……!」


 究極、法律は何の効力も持たないんだな。

 破ることに正当性を感じてる連中の前では。

 法律を作ることで何でも取り締まれるのであれば、世の中から差別も暴力も何もかも当の昔に消えている。

 法律ってのは真摯に守る奴が存在しないなら、そこでは機能しないんだ。


 そんなの、身に染みて分かってるはずじゃないのか?

 特に僕らは?色々な意味で?


 犯罪者の僕らが言うことじゃ無いぞ?


「そりゃ、誰かが通報したり訴えたりしたら連中は負けて、報いは受けるかもしれないけど」


「当然全員じゃ無いし、生き残ったのが『悪のくせに法律を悪用して歯向かってきた。許せない』って、さらに猛り狂って同じことの繰り返しだ」


 語りながら、僕は調査の過程で読んだスレッドの一部を見せた。


「……良い書き込みがあるよ。ちょっと見てみ?」


 徹子が、立体映像モニタを覗き込む。


 そこには、こう書かれていた。


『犯罪者の家族ってだけで辛いはずなのに、叩くのはやめろ。それに、彼がH商事に就職できたのが竜征会の力だって何故言えるんだよ!?』


『逆に聞きたい。


使のに説得力ゼロ。偽善乙。道本の家族様?ひょっとして?』


 ……すげえだろ?

 こういうのが溢れてるんだぜ?


 目を見開き、表情が固まってる徹子の横顔が、何だかおかしかった。

 いや、笑うつもりは無いんだけどな。


 ……知らなかったか?

 まぁ、お前こういうの見ないもんな。


 普段、忙しいしな。

 お前は、色々と。


 こいつらを論破したり、説得するのは無理。

 言葉が通じないから。

 それを理解せざるを得ないやり取りだ。


 だから、「どうにもなんない」んだ。


 そう、僕がこの事態のたちの悪さ、どうしようもなさを伝えると。


「……アタシらのせい、なのかな?」


 ポツリ。


 俯いていた徹子が、そう呟く。


 僕は言った。


「まぁ、根本原因はそうだな」


 僕らが竜征会を潰さなきゃ、こうはならなかった。

 それは事実だと思うよ。


 でも。


「……これは言い訳に聞こえるだろうけどな」


 言って聞かせるように、ゆっくりと。


「仮に警察が連中を一人残らず逮捕して、全員刑務所から一生出てこれない状況にしたとしても、やっぱり同じことが起きたと思うぞ?」


 ……これじゃダメか?相棒?

 僕だって、こんなの狙ったわけじゃないんだよ。



★★★(佛野徹子)



「気にするな。こんな仕事してればこういうこともあるさ」


 彼の家を出るとき、文人はそう言った。

 ホントに、何でもなさそうに。


 彼なりにアタシを元気づけようとしてくれてんだね。

 それは伝わって来たよ。


 でもアタシは。


 一人、家路につきながら。

 ぐるぐる、考える。


 身体はオートモードで帰宅し、思考だけ進める感じ。


 そういえば、彼は言ったっけ。

 養成所で、今の生き方を決めるときに。


 元UGNのクソ外道を二人で協力してぶっ殺してやって。

 こんなヤツ、殺されて当然だ、って言うアタシ。

 そして彼はそれに同意してくれた。

 でも。


『……僕らが殺されて当然だと思った相手は、殺していいのか』


『すげえな。僕ら、神様だ』


 続けてそう、言われたんだよね。

 こんなの、ただの殺しであって、正義でも何でもないってさ。


 ……あれは、こういうことも含んでいたんだろうね。

 人間、生きていれば沢山の人と関わるし。

 人が増えれば種類も広がる。

 そいつの本性に気づかないで関係を持ってしまった人もいるかもしれないし。

 そいつが外道に堕ちる前に繋がり合った絆が、まだ生きているということだってあるかもしれない。


 だったら。


 そいつを殺すことで、こういう事態が、何でもない普通の人が地獄を見ることだって起きるかもしれない。

 そういうことを。


 ……アタシ、本当に想像力足りないなぁ。

 嫌になるよ。


 文人の相方、ずっとやってんのにさ。

 もうちょっと、賢くなりたいよ。


 とても辛かった。

 ……辛かったけど。


 ……それでもアタシ、竜征会を丸ごと仕事にかけたことは全く後悔して無いんだよね。

 思い出すとまだゾクゾクする。

 連中の悲鳴や泣き叫ぶ顔を思い出すと、笑ってしまう。


 ホント、終わってるよね。


 だからアタシ、やるんだと思う。

 同じようなことが、これからも起きるかもしれない、って分かっていても。

 死ぬまで、ずっと。


 だってもう、止められないんだよ。

 一回、味わってしまうと、もう、止められないんだよ……。


 憎悪を、恨みを、解放して、晴らすって快感は。




 そして。

 それからだけど。


 学校の雰囲気が、ちょっと変わって来た。


 正確に言うと、道本さんの周りが。


 多分、アタシに激怒して口走ってしまったことで、誰かが調べちゃったんだね。


 自分の家族の個人情報がネットに書き込まれているって。


 ……文人と同じレベルの技術が無くっても。

 本気で調べれば、そりゃ、その程度の情報、多分誰でも見つけられるし。


 その情報の精度って、学校と言う環境下で話されるレベルじゃ、そんなに高いレベルは要求されないよね。


 だから、表立っては誰も言わなかった。言わなかったけど。

 バレてしまったんだ。道本さんの秘密。


 別に「ヤクザの孫」「犯罪者の親族」なんて罵られこそしなかったんだけど。

 避けられるようになった。

 明らかに、孤立していったんだ。道本さん。


 ……気の毒だったけど、アタシにはどうしようもない。


 手を差し伸べることもできないし、励ますこともできない。

 どの口が言うんだ、ってもんだよ。

 さすがにそんなふざけた真似、出来ないよ。


 誰か、なんとかしてあげてくれないかな……?

 引き金になったアタシがそんなことを考える資格は無いのかもしれないけど。


 そう、思わずにはいられなかった。

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