第9話 崩壊への序章

★★★(道本徳美)


 幼い時に、滑り台で遊んでいるとき。

 近所の友達が、お正月の話をしていて。


「あたし、お正月におばあちゃんの家に行って、遊んできた!」


 って言ってて。


 おばあちゃんって何だろう?


 聞いたことのない言葉だった。


 だから、私はその近所の友達に声を掛けて


「おばあちゃんって何?」


 ただ、意味不明の言葉だったから。

 私はそれだけの気持ちで、聞いたんだ。


「ねぇねぇ」


「何?徳美ちゃん?」


 その近所の友達……同年代の女の子。

 彼女は笑顔で反応してくれた。


 私はそのまま、純粋に疑問に思ったことを口にする。


「おばあちゃんって何なの?教えて?」


「おばあちゃんはおばあちゃんだよ」


 徳美ちゃんには居ないの?

 って続けられた。


 結論から言うと「居ない」

 というか「知らない」


 私は自分の祖父母という人物に、会ったことが無かった。

 それを自覚した、最初の出来事だった。


 彼女は拙い表現力で、おばあちゃんを説明しようと一生懸命だった。

 今思うと、ママのママだよと、そう言いたかったんだと思う。


 まあ、当時の私は彼女と同じように理解力が限定的だったから、そういう的確な説明をされても理解できたか怪しいと思うけど。


 でも、この近所の友達にはおばあちゃんというものが居て、私には居ない。

 その事実だけは理解できたので。


 何だか自分が酷く惨めに思えて、羨ましくて。


 幼児だから、ワガママで、感情制御が出来ないから、その近所の友達を殴ってやりたくなった。


 でも、さすがにそんなことをしたら、パパとママに叱られると刷り込まれていたので、我慢し。

 そこから走って、泣いて家に帰った。


 私は両親が大好きだった。


 大好きだったけど。


 パパは、私が悪いことをすると、酷く叱った。

 そしてママも、それに関しては何も言ってくれなくて。

 庇ったりしてくれなかった。


 だから私は、叱られることを恐れるあまり、他人とあまり接触するのを避けるようになってしまう。

 他人と関わると、叱られる要因が増えてしまうから。


 大きくなってからは多少マシになったけど、小学生時代なんか、ほとんどぼっち。


 まぁ、それが辛いとはあんまり思わなかったんだけどね。


 本があったから。



 私のパパは、県内のそこそこ大きい会社の会社員で。

 ママは音楽の先生をしていた。


 両親共働き。

 二人ともそこそこ稼いでいたので、お金はある方の家だったと思う。


 両親の仲はとても良くて。

 よく「結婚は人生の墓場」って言うけど。

 正直「どこが?」って思ってて。

 結婚することにはマイナスイメージは全くなかった。


 中学生になって、そろそろ男女交際、って話が周囲で聞こえるようになってきたときも。

 ステータスとして男の子と付き合うのは、何だか意味が分からなくて。

 付き合うならそのまま結婚が視野に入る人が良い。

 そう思っていた。


 その判断基準は、ママの言葉で


「物事を判断する基準が自分と近い人が良いよ」


 両親は趣味がバラバラで、一緒に同じ趣味を楽しむっていうのが無かったから。

 それでも仲良しの両親。

 説得力あると思ったし、何よりママの言葉だから。


 私の中でそれは絶対に正しい言葉になったんだけど。


 どうやったらそういう人が見つかるんだろう?

 大人になると分かるのかな?


 そうこうしているうちに、彼氏いない歴=年齢のまま、高校生になってしまった。


 ……本が好きで、パパの書斎から持ち出してきた本を読んでるだけで楽しかったから、自分の人生詰まらないって思ったことは全くなかったけど。

 このまんまでいいのかなぁ?

 他の子みたいに、彼氏を作る努力ってやつをした方が良いんだろうか?


 ……でも、彼氏は別に欲しくないんだよね。結婚はしてみたいけど。

 誰かの彼女ってステータス、そんなに良い?

 上のランクだとかそういうのも理解できないし。

 自分にとって良い相手だったら、それでいいんじゃないの?


 でも。

 周りの皆は違う基準で恋人探してるみたいだし。

 他の女子に自慢できる素敵な男の子を彼にしたい!って。

 ……だったら折角努力しても、それでは私にとって斜め上の結果しか出てこない気がするなぁ……。


 そんなことを、図書委員に立候補して司書役をやらせてもらいながら、毎日考えていた。


 図書委員の仕事は楽しくて。

 部活動はやってなかったから、これが私の部活動だった。


 司書役はほぼ率先してやらせてもらっていた。


 本の管理だとか、貸し出しの記録だとか。


 誰がどんな本を借りて行ったかだとか、図書室内に誰が入り浸っているとか。

 見てるだけで楽しい。


 楽しかったんだけど。


「道本さんって、下村君と仲良かったりするんじゃないの!?」


「道本さんって、下村君の親友なんだよね!?」


 ……いや、私、下村君知らないから。


 なんだか、同じ学年に読書家で勉強出来て、見た目も良くて運動神経も良いって言う「え?それどこの光源氏?」みたいな男の子が居るらしい。

 私は知らない間にその男の子の親友設定がされていた。


 理由は「読書好き」ってカテゴリー。

 なんて安直な……


 で、その男の子の攻略のための相談がちょくちょく来るようになって。

 恨まれないようにいなすの、結構骨で。


 正直、辟易していた。

 別に下村君の親友でも無い上に、彼氏の居たことが無い私に何を言えというのか。

 無茶ぶりにもほどがある!


 そんなある日。


 千田さんっていう、わりとよく図書室を利用する女の子にまで相談されてしまった。

 で、まぁ、この子ならいいか、と思って、ちょっとグチ。


 本を男の子の攻略のアイテム扱いされるのが不愉快だったんで。


 千田さん相手だったら、彼女普段読書習慣あるし「千田さんは普通に本読む人でしょ」ってフォローできるからね。

 で、話してみたら、色々話が弾んで。


 友達になった。


 あまり友人を作ってこなかった私だから、嬉しかったな。


 彼女との話は楽しかった。

 最近の「ライトノベル」ってやつは全く読んで無かったんだけど。

 話を聞くと、古典作品に通じる展開があったりして。

 あぁ、最近のだからって、昔と断絶してるわけじゃないんだなぁ、って。

 新しい発見で、面白かったり。


 千田さんの方も、私の話を退屈せずに聞いてくれて。


 友達っていいな、って思えた。


 やっぱ、彼氏要らないや。

 恋愛は、結婚する時だけでいい。


 友達と話すだけで充分楽しいし。




「ゴメン、道本さん、英語の辞書貸してくれない?忘れてきちゃった」


 ある日の昼休み。

 千田さんが私のクラスに来て、英語の辞書を借りに来た。


 私のクラスは午前中に英語の授業が終わったんで、貸すには全然問題無かったんだけど。

 よく、分かったね?


 ……まさか、置き勉してるような人間だと思われてる?私?


「……よく分かったね?C組午前中に英語だって。……私、置き勉してる人種だと見込まれてた?」


 机の中から辞書を取り出しながら、確認を取る。


「んなわけないじゃん」


 即答。

 ほ、一安心。


 聞くと、同じクラスの下村君が「C組は午前中英語だから、昼休みにでも借りてきなよ」って言ったから、来たらしい。


 ……別のクラスの時間割、把握してるのか。下村君。

 どんな男の子なんだろう?


 あとさ。


 ……今、何気に、下村君と英語の辞書のことで会話したとか言わなかった?

 それ、だいぶ親密になってるように聞こえるんですけど?


「下村君と仲良くなれたの?」


 一応、聞く。

 そもそも、千田さんと仲良くなった切っ掛け、下村君案件だしね。

 気にはなったから。


 そしたら。


「んー、まあ、前よりは仲良くなったかな?」


 そんな答え。

 で、表情。


 ……乙女の表情だよねぇ?


 ……付き合ってんの?

 でも、そういうことがあれば、噂になって聞こえてくると思うんだけどなぁ。

 彼、人気あるみたいだし。


 ……一応、本人に確認をとってみようかな?

 この際だから、下村君という人物をこの目で確認してみよう。


 友人の彼氏かもしれないんだし、一度実体験で人物を把握しておくのは大事なんじゃない?

 何かトラブったときのために。

 リアルで人となり、知っておけば的確なアドバイスできるかもしんないじゃん。


 そこで、放課後に突撃してみることを決心した。




 放課後。


 司書に行く前に、A組前を見張る。


 リアル下村君は見たことは無いんだけど。


 曰く、身長が高く。


 曰く、スラっとしてて。


 曰く、目つきが鋭い。


 らしい。


 多分、見たら分かるでしょ。

 そんな男の子がポンポンいたら、H高校はどんなイケメン養殖所よ?って話だし。


 で、見てたら。


 ガラッ。


 A組教室の引き戸が開いて、出てきた。


 どうみても下村君。


 あれが下村君で無いなら、H高校は(以下略)


 第一印象は「え?光源氏?」

 頭のてっぺんからつま先まで「ちゃんとしてる」感じで、パリッとしてて。

 凛々しい感じ。

 目付きは鋭いけど、怖い感じじゃない。


 ……話によると、性格もいいらしいんだよね。

 うん。これはモテるわ。


 私は噂に納得してしまった。


 ……まぁ。


 私はイケメンを眺めるために見張ってたわけではないので。

 早速、行動を開始した。


「下村君で合ってるよね?」


 私は彼に声をかけた。



 話してみると、チャラい感じが無くて、真面目そうだった。

 こんだけ見た目が良いなら、遊びまくってるんじゃ無いの?

 そう、思いそうなもんだけど。


 そういう雰囲気は全然ない。


 ……そういや、昔私に見当違いの相談を持ち掛けてきた子は「下村君は誰とも恋人にはならないって言ってる」って言ってたっけ。

 理由は……何なんだろうねぇ?


 男の子って、告白されたらとりあえずお試しで付き合ってしまうもんなんじゃないのかな?

 フリーだったら、って前提条件つくけど。


 そう、昔読んだ本に書いてたんだけどなー?


 気にはなる。気にはなるけど。

 さすがに、そんなこと聞けないよねぇ。

 男の子相手にも、セクハラは成立するしね。


 で。


 彼との会話で、別に千田さんと付き合ってるわけじゃないって話と。

 私の名前を彼に伝えることに成功した。


 ……いや、別に彼を狙ってるってわけじゃなくてね?

 ちょっと興味あったから。


 私、学術書ってあまり読まないからさ。

 もっぱら、古典系統の本ばかり。


 そういう本を好んで読む人の考え方に興味あったんだ。

 新しい世界、増えそうじゃん。




 そして、その次の日の夕方だったかな。


 パパ、ママ、私の三人で、夕食でテーブルを囲んでいた。

 夕食時に、私の家は国営放送のニュース番組にチャンネルを合わせる習慣がある。

 CMが無いからこっちがいい、って理由。


 その日の夕食は、コロッケ。


 コロッケと、みそ汁と、ゴハン。

 あとおひたしがついてきた。


 食事はゆっくり食べなさい。

 適正量で満足するためにはそれが重要だ。


 子供の時からそう躾けられてるんで、その通りに食べていた。

 ママのご飯はいつも美味しい。


 ニュースを聞きながら、食べる。


 いつもならテレビなのに画面見ないで、音だけでニュースを聞いてるんだけど。

 そのときは、思わず画面を見てしまったね。


 何故って。


 パパが、箸を止めて、食い入るようにテレビ画面を見つめていたから。

 良く見ると、ママも見ていた。


 こんなこと、ちょっと記憶にない。


『竜征会会長宅で、構成員の遺体が大量に発見され、その中には竜征会会長のものも……』


 パパとママが目を奪われるニュースって何なのか?

 だから、私も見た。


 凄惨な内容のニュースを、淡々と読み上げるスーツ姿のニュースキャスター。

 そしてテレビ画面には『竜征会会長宅で大量殺人』って文字が大きく映し出されていた……。

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