第7話 貰い火

★★★(佛野徹子)



 その日はフツーだった。


 フツーに起きて、フツーに朝ごはん食べて。

 フツーに登校。


 教室に入るときに、あいも変わらず挨拶をほぼガン無視され、無視されたことを無視して自分の席に着くアタシ。


 ちょこーん、とそのままお行儀よく座って、授業開始を待っていたら。


 アタシのしばらく後に、道本さんが教室に入って来た。


 ……千田さんの友達だ、って分かってから、ちょっと彼女の動向を気にするようになったんだよね。

 まぁ、迷惑掛かるから「友達になろうよ」なんて言ってないけど。

 それに、拒否られても傷つくし。さすがのアタシでも。


 で、見てて思うんだけど。


 彼女、最近ちょっとおかしい。


 なんだかボーっとしてるみたい。

 何か、普段の生活でトラブルでもあったんだろうか?


 学生してる場合じゃない。

 そんな雰囲気、伝わってくるんだよね。


 気にはなったけど、声を掛けて「どうしたの?」なんて聞ける関係でも無いし。

 しょうがないので見守るだけに止めてたんだけど。


 彼女、とぼとぼと窓際の自分の席まで歩いて行って。


 席について鞄を机に引っかけて。

 鞄の中から、辞書や筆記用具を机の中に移し替えようとしたときだった。


 彼女、何かに気づいた。


 どうも、机の中に何か入ってたみたい。


 出してる。


 A4の紙だった。


 彼女、それを見て。

 わなわなと震えてた。


 ……なんだろ?


 その震え方に、何か尋常じゃないものを感じた。


 そして、彼女がA4の紙から顔を上げたとき。


 アタシと、目が合った。


 その瞬間だ。


 彼女、メッチャ怒り出した。

 目を吊り上がらせて、憎悪剥き出しの顔で。


 アタシの方に直進してきた。


 その剣幕に、クラス連中も反応する。


 何が起きたの!?って感じで。


 そしてアタシの方は、何でキレられてるのかわかんなくて。

 彼女が接近してくるまで動けなかったよ。


「佛野さんでしょ!?」


 彼女、自分の中で沸き上がる憎悪を声に存分に込めていた。

 理由は分からないけど、それがハッキリと分かる。

 そんな声でアタシを睨みつけ、糾弾口調でそう言いながら。


 A4の紙を突き付けて来た。


 そこには新聞記事が印刷されていて。


 その内容が分かった瞬間、肝が冷えたね。


『竜征会会長宅で大量殺人』


 ……こないだ仕事にかけて、皆殺しにしてやったヤーさんたちの記事じゃん!

 何で?どうして?


 ハッキリ言って、メチャクチャ動揺。

 だって当事者だもん。間違いなく。


 この事件の実行犯本人なんだし。


 その新聞記事が何で道本さんの机の中にあるのか。

 そしてなんでその記事を見て、道本さんが怒っているのか。


 あまりにも唐突で。

 理解できなくて。

 わけがわからなくて。混乱して。

 メチャクチャ動揺した。


 それが良くなかったみたい。


「……やっぱり、あなたなのね?」


 声が冷えて。


 道本さん、腕を振り上げて来た。

 平手だけど、殴ろうとしてきた。


 避けてもいいんだけど、避けられるんだけど。


 これ、避けるべきなんだろうか?


 それをアタシは頭の隅で冷静に考える。


 ここはあえて殴られて、彼女を落ち着かせた方がいいんじゃ?

 そう思ったんだけど。


 その手が、他の女子に止められる。


「道本さん、落ち着いて!」


「どうしたの!?」


 焦り顔の他女子が、彼女に数人群がって、止めに入って来た。


「放してッ!放してよッ!」


 彼女、暴れながら、泣いていた。

 怒りながら泣いていた。


「佛野さん!アンタでしょ!!!」


 A4の紙を突き付けながら。


 これを自分の机に入れたのはお前だろ。

 そう、言いたいのかな……?


 ……そんなこと、してないよ!


 そもそも、何で道本さんの机にその記事があるのか、それで何で道本さんがそこまで怒っているのか。

 そこから分からないんだし!


「知らない!!アタシ、そんなの知らないって!!」


 必死で否定した。

 だって本当に知らないんだもの。

 関係はしてるけど、知らない!


 でも。

 アタシの「関係はしてるけど」って気持ちが、外に出てたんだろうね。

 取り乱してたから、そのときのアタシ。


 信じてもらえなかったよ。

 まぁ、元々アタシ自体が評判最悪なのもあるんだろうけど。


「嘘つけ!お前しか居ない!」


 道本さんはクラスメイトの羽交い絞めを振りほどいてアタシを殴り飛ばしてやろうとしてるのか。

 暴れまくって。

 フーフー言いながら、アタシを非難する。


「どうせネットに私の家の個人情報を書き込んだのもお前だろ!!卑怯者!!」


 ……それこそ、全く身に覚えが無いよ!

 そんなこと、したこと無いから!


「そんなのやってないってば!!誤解だって!!」


 全力で否定する。

 アタシは直接的な殺しはやるけど、そういう陰湿なことはしたこと無い!

 直接的に本人の前で言う勇気が無いから、安全圏から、そうやってこっそり後ろから撃つようなことして満足するなんて。

 いくらなんでも醜すぎる。

 さすがのアタシもそんな嫌疑だけは掛けられたくない!


 そこに、千田さんがやって来た。


 千田さん、A組なのに。

 声が響いたのか、何事か!?って思って、来てくれたのか。


「どうしたの道本さん!?」


「こいつが!!こいつが!!」


 新聞記事のコピーを振り回しながら、涙ぐんで怒りの声をあげる道本さん。


 千田さん、何があったのかまだ理解できてないみたいだけど。

 道本さんがアタシに怒り狂ってることだけは分かってくれたみたいで。


「道本さん、私、何があったのか理解できてないけど」


 千田さん、アタシを見て、言ってくれた。

 穏やかに、落ち着かせるように。


「佛野さんは、道本さんがそこまで怒るようなことはきっとしない人だよ。ぶっ飛んでる人だけど」


 ……ちょっと引っかかる言い方だったけどさ。

 フォローしてくれたんだよね。

 ありがとう。千田さん。




 結局。


 当然だけど、完全に納得はしてくれてなくて。

 ……いや、単に直接暴力に及ぶのを思い留まる程度には落ち着いただけかな?


 終始、道本さんに怒りの籠った目で見られ続けた。

 午前中。


 さすがにちょっと痛かった。

 恨まれる覚えのない子に、いきなり恨まれるのはさすがにキツイ。


 昼休みに入ったとき。


 教室を飛び出して、文人にメッセージをFHのスマホ型端末で送った。


『相談したいことがあるから、学校終わったらアンタの家に行っていい?』


 そしたらすぐに返信が


『いいよ』


 ……文人、ありがとう。

 こういうとき、本当に頼りになる。


 ……でも、一応、言っとこう。


『ゴメン。今回ちょっと相談内容重いから、ゴハンは作れないけどいい?』


 道本さんの事を相談したいんだ。彼と。

 一緒にゴハン食べて和気あいあいって雰囲気じゃ無いから。


『いいよ』


 またすぐ返信が来た。


 ……彼には迷惑かけてばっかりだよ。

 ゴメンネ。




 放課後。


 コーヒーショップで時間を潰してから。

 文人のマンションに行った。


 時間を潰すためにコーヒーを飲んでいるとき。

 頭の中で文人に話す内容をまとめておいた。


 分かりやすく話さないといけないからね。


 時間を潰してから行ったのは、彼と一緒にマンションに入るところを学校の子に見られたら、彼が望まない状況になっちゃうから。

 彼が誰とも付き合わないって言ってる手前、それはまずかろうってことなんだよ。

 まぁ、ファミレスでだべってるのはよく学校の子に見られてるんだけどさ。

 そこはまぁ、友達だとは言ってるし。ギリ許容。


 マンション入り口に立って、部屋番号を押して呼び出す。


 数秒後、繋がった。


『はい』


「来た。開けて」


『あいよ』


 ロックが解除され。

 自動ドアがガーッと、開く。




「……いらっしゃい」


「ども。おじゃまします」


 彼に迎え入れられて。


 相変わらず何も無い、彼の部屋に入った。


 テレビ無しパソコン無しゲーム機無し。


 本棚があるだけで、壁にはポスターの一枚も貼ってない。

 カーテンまで無い、無い無い尽くし。


 ひとり質素倹約の令部屋。


 彼らしいよ。


「……で、相談って?」


 テーブルにまで案内されて。

 紅茶で良いか?と言いつつ、彼の方から切り出してくれた。


 それでいい、と返事した後。


「実はね……」


 アタシは今朝あったことを説明した。


 同じクラスの道本さんが、竜征会壊滅の記事を見て、泣きながら怒って、アタシを殴ろうとしてきたこと。


 そして彼女、ネットに個人情報を書き込まれているらしいことを。


 それを聞きつつ。

 ティーパックを取り出して、二人分の紅茶を淹れながら。


「そうか」


 コポポポ、と電気ポットからお湯を急須に注ぎ。

 二人分の紅茶を淹れる。


 そしてカップをアタシと自分の方に置いて。


「まずは、ネットの方を調べよう」


 ……だよね。

 アタシもそう思った。


 彼はそう言うと、自分のFHのスマホ端末を、テーブルの端っこに置いてるスタンドみたいなものにセットした。


 すると。


 空中に、立体映像でモニタのようなものが。

 そして彼の前に、同じく立体映像でキーボードみたいなものが現れる。


 ……これが、彼の部屋にパソコンが無い理由ね。

 この立体映像、両方とも本物と変わらない性能、使い方が出来るの。


 立体映像のキーボードキーに触れると、立体映像のモニタにその文字が打ち込まれる。


 どのくらいすごい技術か分かんないんだけど、この通り。

 パソコンと比較しても、ほとんど遜色ない使い方ができるわけ。

 このFH端末。

 世界的犯罪組織の超テクノロジーだね。


 ……しかしまぁ、ゲームの類は無理だけどね。さすがに。

 でも彼、それはやんないし。


 だからパソコン要らないの。


 その立体映像キーボードと、コードレスマウスを駆使して、彼は調べてくれた。

 こういうの、彼、すごく得意だから。


 アタシがやって見当違いの結果を出すより、彼にお願いした方がより正確なことが分かるはず。


 ものすごい速さで文字を打ち込み、目を走らせながら調査する彼。

 時折、紅茶を飲むんだけど、その仕草が本当に様になってる。


 ……相方の欲目で見ても、やっぱ、かっこいいよ。

 頼りになる、凄い人。


 そしてしばらくして。


「……なるほど。大体分かった」


 紅茶のカップを手に取り。

 飲み干してから彼は言う。


「……道本さんだけど」


 一拍、置いた。

 アタシを正面から見つめながら。


 そして続いた言葉に、アタシは絶句した。


「彼女、竜征会会長の竜山寅吉の孫娘だ」


 え……?

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